怒髪
あー、うん。そう。
結構、大変なことになってる。
私もね、軽率なこと言ったなぁ、っていうのは分かってるのよ。それで燃えちゃったのも。
けどさ、ちゃんと反省して、謝罪もしているのに、まだ怒られるのっておかしくない? 誹謗中傷も、それとこれとは別の話だし。
うん? 確かに、怖いとは思ってないかもね。
どちらかというと、怒っている……のかもしれない。あまり顔に出ていないけれど。
昔からそうだったの。怒りを表に出すのが苦手っていうか、そもそも自分が怒っているというのかも分かっていないっていうか。
普通の人が怒るようなことをされても、ピンとこないみたいな。怒りに鈍感なんだと思う。
小さい頃からね、そういう傾向があったの。お兄ちゃんにからかわれて、つねられたり、しっぺされたりしても、やり返さなかったし。
だけど、その後にね、お兄ちゃんに小さい不幸が起きるようになってたの。箪笥の角に足の小指ぶつけるとか、階段一段踏み外すとか、そういうの。
お兄ちゃん、意外とドジなんだなぁとか思うだけで、自分が関係しているなんて、全然気づかなかった。
そんで、決定的だったのは、小学三年の時。一瞬、いじめられてたの。
そんな大したことないよ? 昨日まで普通に接してくれていた、クラスの女子全員に無視されただけ。
何が気に障ったんだろうね。ただの気まぐれなのかもしれないけれど。
もちろん、ショックだったよー。ただ、その理不尽さに怒ってはいなかった。
でもね、次の朝、鏡を見てみたら、髪の毛が十何本か、逆立っているの。下敷きで頭をこすって、静電気を起こした時みたいに。
寝癖かと思って、すぐに直したんだけどね。そのまま、登校して。
そしたら、クラスの女子の半分以上が休んでいるの。なんか、怪我したとか、腹痛とか、風邪とか、そういう理由で。
来ている子も、手にたくさん絆創膏着けていたり、捻挫してたり。あとから、体育の授業で骨折したり、給食のスープをひっくり返して火傷したり。
私以外の全員に、不幸が起きていた。なんかあるなって思ったけれど、その時はまだよく分からなくて。
あの教室は呪われてるぞってなったけれど、しばらくしたら女子たちも普通に復帰して、何事も無いように生活していた。まあ、怖いからそうしたかったからかもしれないけれど。
次に起きたのは、中学生の頃。修学旅行で行ったホテルでね。
私と同じ部屋だった子の財布が無くなって。それで、なぜか私が疑われて。
正面から「盗ったでしょ」とかは言われなかったけれど、同じグループの子たちから、全員怪しむような顔で見ていて。というか、学年全体、先生まで疑っていたんだよね。
肩身の狭い気持ちで一夜を過ごして、朝、布団から起き上がったら、わっと周りの子が声を挙げたの。
鏡見たら、一束分、髪の毛が前みたいに逆立っていた。なんか嫌な予感がしたんだよね。
その日は、遊園地に行く予定だったのよ。みんな、ワーキャー楽しんでいて、まあ、取り越し苦労だったんだなぁと思っていたら……地震が起きて。
そんな大きいものじゃなかったんだけど、アトラクションは全部停止。しかも、貸し切りだったから、被害に遭ったのは、全員同じ学校の子で。
大変だったよ。何時間も観覧車やジェットコースターの上の方にいるって、怖かったんだろうね。
もちろん、大丈夫だった子もいたよ。私も、列に並んでいただけだったから、何ともなくて。
それで、無事だった子たちは先に帰ろうかって、空港行のバス二台で出発したの。そのバスが、高速道路で突然スリップして、横倒し。……私は、乗った人数が少ない方のバスに乗っていたから、また無事で。
私、鈍いと思っていたけれど、怒りをちゃんと感じていたみたいでね。その怒りを表に出さない代わりに、怒りの矛先を、呪っちゃうみたいで。
髪の毛が逆立った本数だけ、その相手を呪ってしまっているのかもしれないって気が付いた。一本だけだったら目立たないし、うちのお兄ちゃんみたいな小さすぎる不幸だから、違和感がなかったからかも。
私だって、好きで呪っているわけじゃないからさ、出来るだけ怒らないようにしていたのよ。アンガーマネジメントとか勉強して。
ただ……今回の炎上でしょ? 正直、ヤバいよ。
朝起きたら、全部の髪の毛が逆立っていたんだよね。調べてみたら、大人の髪の毛って、十万本くらいあるってね。
だから、十万人に、死ぬまでじゃないけれど大きな怪我したり、怖い思いをしたりするってことなんだよね。おっきい災害とか起こるのかな? 嫌だよね。
同情する気持ちはないけれど、ざまあみろって言う気持ちもないんだよね。そう言うのは、全部髪の毛と呪いで発散しているからかも。
なんか、こういうことが起きると、私にも怒りってあるんだなぁと変な感じがするんだ。怒りって、人間にとって、原初的な感情なのかもしれないね。
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