因果


145:名無しの都市在住


 まずは、次のぬいぐるみの画像を見てもらえませんか?

 これを見たからと言って、何か呪われるとかはないので、安心してください。私も、何度も目にしていますし、実際に触ったこともありますが、特に異変は起こっていません。


   【一体のぬいぐるみだけが写っている写真】




146:名無しの都市在住


 私は、遺品整理の仕事を二十年ほどしています。

 その依頼内容は、身寄りのない人の遺品整理が殆どですが、ごくたまに、夜逃げした家を整理することもあります。


 六回、夜逃げした家を片付けました。

 その全ての家に、このぬいぐるみがあったのです。




147:名無しの都市在住


 このぬいぐるみを意識したのは、三回目の夜逃げの後片付けをした時です。

 相手は、様々なギャンブルに夢中になって、個人では抱えきれないほどの借金を抱えた、ボロアパートで一人暮らししている男性でした。私がその家に足を踏み入れたのは、彼が姿を消して、半月ほど経ってからのことです。


 家には、殆ど物がありませんでした。その人は、ギャンブル以外の趣味はないと言われていたので、家電も白物以外はテレビとラジオだけです。それも、公営ギャンブルを見聞きするための物でしょう。

 よって、片付けもスムーズに進みました。ただ、殆ど空っぽの押し入れの中に、このぬいぐるみが入っていたのです。


 どこかで見たことがある、と咄嗟に思いました。ただ、それがどこだったのかが思い出せません。

 きっと、テレビかおもちゃ屋でだろうと思い、特に気にせず、袋の中に入れました。




148:名無しの都市在住


 事務所に帰ってから、回収した物の写真を撮ります。取りに来る人がいるのかどうか分からないのですが、念のためです。

 ぬいぐるみも写真を撮った時に、前もこんな風に写真を撮った気がしたのです。自分が担当した遺品整理の写真のファイルを捲ってみると、同じぬいぐるみの写真を二葉見つけました。


 その二つのぬいぐるみがあったのも、夜逃げした家からでした。

 そして、私以外の人が映した写真を調べても、このぬいぐるみは、夜逃げした家に残っていることが分かりました。




149:名無しの都市在住


 これまで、ぬいぐるみが見つかった家の共通点は、都内で家主やその家族が夜逃げしたこと、それだけでした。

 一軒家やマンションやアパートの一室でその家賃も異なり、一人暮らしだったり、家族だったりと、様々です。


 夜逃げの理由も、別々なんです。借金苦が多いのですが、事業の失敗や、配偶者のDVのせいもありました。

 また、周囲から見ると何の問題もなさそうなのに、突然いなくなってしまった、というケースも一件ありました。今でいう、人間関係リセット症候群なんでしょう。





152:名無しの都市在住


 <<150、151

 確かに、夜逃げの理由が不明だと、外出先で事故や事件に巻き込まれた、または神隠しに遭ってしまった、そんな理由も考えられると思います。

 ただ、そうではないと言い切れるのは、夜逃げした家には独特の特徴があるためです。


 一番分かりやすいのは、貴重品が無くなっていることです。財布や免許証はもちろん、通帳、印鑑、貴金属が無くなっている場合もあります。

 また、室内が綺麗というのも挙げられます。前々から覚悟をして、準備をしていたのでしょう、何かをやりかけているということはなく、コンロの上の鍋を開けたら腐った料理が……というのは、夜逃げの家で遭遇したことがないです。




153:名無しの都市在住


 さて、このぬいぐるみですが、六回手に取って見ても、これがどこのキャラクターなのか、どこで売っているのか、分からないままです。

 画像検索をした方は気付いたと思いますが、これと同じぬいぐるみはネット上に出てきません。作りがしっかりしていますし、六体も見つかったため、手作りではないだろうとは思うのですが、タグが付いていないので、制作会社名も不明のままです。


 子供のいる知り合いを中心に、色んな人にこの写真を見せたことありますが、皆さん初めて見たと言っていました。

 このぬいぐるみを知っている人は、全くいません……。「全く」というのは、同業者は知っていたからです。




154:名無しの都市在住


 ある時、私の職場にアルバイトが入ってきました。その人は他の県から上京してきたのですが、珍しいことに、地元でも遺品整理の仕事をしていました。

 不器用なので、前と同じ仕事をするのがいいんですよと、新しいアルバイトは話していました。


 しばらくして、そのアルバイトと夜逃げした家を担当することになりました。場所は、普通のマンションの一室、家族構成は母子家庭、失踪した夫の借金を地道に返していたのですが、耐えかねて逃げ出してしまったそうです。

 足を踏み入れて、一通り室内を見回しながら、あのぬいぐるみがあるかどうかを探しました。この時は見つからなくて、ほっとしたのを覚えています。


 私とアルバイトとで、子供部屋を片付けていました。私に背を向けて、おもちゃ箱の中身を片付けていたアルバイトが、「あれ?」という声を挙げました。

 何かまずいものが見つかったのかと、私は振り返りました。……アルバイトが持っているのは、あのぬいぐるみでした。


 どうしたのと訊いてみると、このぬいぐるみをどこかで見たような気がするけれど、思い出せないと、アルバイトは苦笑しながら教えてくれました。

 私が、もしかして、夜逃げした家ではないかと確認すると、顔色をぱっと輝かせて、そうです、すっきりしましたと、不謹慎ですが、素直に笑いました。


 そのアルバイトの地元の名士が、突然夜逃げしたので、自分が片付けたのだそうです。地元の名士は大きくて立派な屋敷を構えていて、近所の人も夜逃げするほどの借金があったとは思えないと話していたらしいです。

 大学生だったそこの息子の部屋から、このぬいぐるみをアルバイトは見つけました。他にぬいぐるみは無かったので、きっと子供の頃から大切にしていたんだろうなぁと、切なく感じたと言っていました。




155:名無しの都市在住


 それとは別に、私がある県に一人旅に行った時の話です。

 有名な観光地も巡りましたが、お寺や神社なども回るのが目的でした。遺品整理の仕事をしている為、亡くなった人をどう供養するのかに興味がありました。


 人形供養をしているお寺にも行きました。そこでは、仏間にたくさんの人形やぬいぐるみが置かれています。手に取ることは出来ませんが、意外と近くまで行けました。

 その中に、例のぬいぐるみを発見しました。まさかと我が目を疑い、思わず、通りかかった住職さんに、訊いてしまいました。


 あのぬぐるみは、夜逃げした家から見つかったものですか、と――。住職さんは目を丸くして、そうですと答えました。

 守秘義務があるので、これ以上のことは教えてもらえませんでしたが、私には十分すぎるほどの情報でした。


 私は確信を得ました。

 あのぬいぐるみは、都内だけではなく、夜逃げした家ならば、どこにでも置いてあるものだと。




156:名無しの都市在住


 ただ、それから気になってくるのは、夜逃げした人たちが、どのタイミングであのぬいぐるみを手にしたのかということです。

 夜逃げを考えているから、何かに呼ばれるように、このぬいぐるみを得たのか。それとも、普通の生活を送っていたのに、あのぬぐるみを得たことで、歯車が狂い出したのか――。


 卵が先が、鶏が先かのような、頭の痛い問題です。

 由来を聞いてみたいのですが、当の本人たちは、どこへ行ったのかが不明のままです。


 一つ、私が断言できるのは、あのぬいぐるみが、夜逃げと関係があるということです。

 ですので、皆さんも、あのぬいぐるみには気を付けてください。どこかで売っていても、誰から譲られそうになっても、決して家に入れないように。


















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