復讐


 突然押しかけてきてすみません。どうしても、お願いしたいことがありまして。

 こんなところにわざわざやってきたのは、深い理由があります。いや、大変でしたよ。電車やバスを何度も乗り換えて、その上山道を長いこと歩いてきましたからね。


 ああ、すみません。そんなことはどうでもいいですよね。では、本題に入りましょうか。

 その前に、少々僕の学生時代について聞いてもらえますか? ……興味がないのは分かっているので、手短にまとめますが、とても重要な部分ですので。


 小学校を卒業後、僕は私立の中高一貫の学校に入学しました。学費も偏差値も高いところでしたが、小学校ではいつも一人でしたから、心機一転、新しいスタートを切りたかったのです。

 四月半ばまでは、上手くやっていました。数人でしたが、友達も出来ました。ですがあの日、僕にとって最大の不運が起きました。


 給食時間にシチューが出ていました。僕は配膳されたお盆を、自分の席に運ぼうとして、途中で転んでしまったのです。そして、給食の中身は、丁度前から歩いてきたとある女子にかかってしまいました。

 胸にべったりとシチューが染みついて、牛乳の甘い香りがしてきます。僕は「ごめん!」と頭を下げて、そっと彼女の顔を窺いました。相手は笑って、「いいよ」と言ってきたので、あまり怒っていないのだなと、ほっとしました。


 それが、勘違いだったのです。あともう一つの過ちをあえて挙げるなら、一度しか謝らなかったことでしょうか。

 次の朝、教室に入ると、僕がシチューをかけてしまったあの女子とその友人たちが、僕の机の上でたむろって喋っています。別にそれくらいは気にせずに、自分の友達と喋っていようかと思ったのですが、彼らは僕と目を合わせてくれません。可笑しいと思っているうちに、始業のチャイムが鳴りました。


 その後も、女子が喋ってくれなくなる、なのに、目線だけはやたらと感じる、そして、廊下を歩いているとやたらと肩にぶつかってくるなど、地味な、でも確実な嫌がらせが続きました。

 僕はその日まで知らなかったのです。シチューをかけられた彼女が、女子どころか、男子にも影響力を与えられる人物だという事を。そして、彼女がずっと根に持つタイプだという事も。


 席を離れている間に、ノートがズタボロに切られる。使用前の体操着をゴミ箱に入れられる。雨の日は必ず傘を盗まれる。……それらは、まだ可愛いものでした。

 朝から放課後まで女子トイレに閉じ込められる。授業中、先生に指名された時に正解を言ってしまうと、後ろの席の子がボールペンで首筋を刺してくる。床にこぼした牛乳を舐めさせられる……最終的に、僕へのいじめは来るところまで来ていました。


 —―退屈そうですね。あまり、こういう話には興味がないのでしょうか?

 分かりました。重要なのは、このいじめがクラス替え後も高校に進学してからも、合計六年間続いたこと、無理に私学に通わせてもらっていたので、親に転校したいなどとは言えなかったこと、それだけです。


 卒業後は大学に進学したのですが、僕は完全に人間不信になっていました。誰かと下手に関わるよりも、ずっと一人でいいと諦めていたのですから。就職後も、会社と自宅以外はほぼどこにも行かないような、そんな生活です。

 しかし、僕をいじめていた同級生たちは、正反対でした。SNSを見てみると、彼らのキラキラとした生活が浮かび上がってきます。どの写真も、僕のいじめのことなど忘れたかのような笑顔で、写っていました。


 それなら、調べなければいいのにと追うかもしれませんが、何というでしょうか、こんなに酷いことをしていたのだから、天罰が下っていないかなと思って、覗いてしまうのです。結果は、彼女たちの楽しげな毎日が続いているだけです。

 彼女らへの怒りと憎しみ、そして、今の自分への劣等感……それらが、日ごとに積み重なって、僕はそれへの解消方法を編み出しました。それは、彼女たちを呪う事です。


 ですが、正しい呪い方など知りません。まあ、あの頃は呪いなんて信じていなかったので、呪いと称した、独自のストレス解決方法のつもりでやっていました。

 やっと興味を持ちましたね。やり方を詳しく説明しますと、SNSから彼女たちの写真をプリントし、対象以外を切り離します。次に、ハサミで、手と足を切り落とします。それから、画鋲で、心臓や脳といった急所以外の体のどこかを突き刺します。最後に、頭を切り離す、それで終わりです。


 出来るだけ長く、じっくり苦しませてあげたいとイメージから、そんな回りくどいことをやっていました。美しく着飾って、きちんとメイクをした状態でカメラに目線を向ける彼女らが、この手でだんだんと汚らしく、矮小になっていく様は、とてもスカッとしました。

 僕が呪った対象者は、いじめに関わった同級生全員です。ただ、男女比だと女子が多いですね。そして、一番数多く、念入りに呪ったのは、きっかけとなったシチューをかけられた女子でした。


 ……それを、十何年繰り返しました。僕も、彼女も年を取りました。ただ、一番違うのは、彼女は結婚し、娘を生んでいたことです。それでも、僕の憎しみは変わらず、彼女を呪い続けました。

 先生は、一年前の事件を知っていますか? あ、知らない。まあ、こんな環境ですからね、世俗のことは耳に入ってこないのでしょう。


 はい。お察しの通り、シチューをかけられた彼女は死にました。自宅のベッドの上、僕が繰り返していた儀式の通りの傷をついて、死んでいました。

 ニュース番組で一番最初に紹介されるまで、まさか自分の呪いが効果を持つなんて、思いもしませんでした。きっと、僕が写真にやった通りに傷つけられていったんだなと思うと、笑いが止まりません。


 偶然なのか必然なのか、彼女が死んだ時、家には彼女以外に人はいませんでした。そして、家の窓の鍵が開いていたのです。警察は、そこから犯人が侵入したと目星をつけていたのですが、物的証拠は全く見つけられずにいました。

 仮に、彼女が僕をいじめていた過去が知られても、高校卒業後の彼女と会ったことのない僕は、きっと怪しまれないでしょう。そんな優越感に浸りながら、彼女に関するニュースを見ていると、顔を隠した状態ですが、彼女の娘がインタビューに答えていました。


 「犯人をこの手で殺してやりたい」―—中学生になっていた彼女の娘は、怒りに震える声で、そう言い切りました。そこで、僕はやっと、とんでもないことをしでかしたことに気付いたのです。

 自分が彼女を呪い殺してしまったことに対してではありません。僕は、彼女の娘から復讐される可能性がある事を、考えついてしまいました。まさか、僕にたどり着くわけがないと思うのですが、名前や顔を知らなくても、呪う方法があるのかもしれません。


 もちろん、僕も対策を講じました。彼女の娘も、彼女と同じ方法で呪おうとしたのです。しかし、娘に対する恨みがないためなのか、手応えらしきものが全くありません。

 いつ、何が起こるか分からないので、すれ違う人どころか、家の中での物音にも恐怖を感じます。このままだと、自分の寿命が縮んでしまいそうです。


 だから、ここに来ました。呪術のエキスパートである貴方なら、彼女の娘からの呪いの返し方も知っているのではないかと思ったからです。

 お願いします。彼女の娘から呪われる前に、僕のことを、守ってくれませんか――



























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