鏡面
コラ、××!
また、○○と喧嘩したん? アンタら兄弟は、ほんま、仲悪いなぁ。
え? ○○がウザいから?
言い訳は、よしなさい。弟は、兄のことを慕うのが仕事やから。
……でも、あんたの言うことも、ばあちゃん、分かるで。
ばあちゃんにもな、弟がいたからなぁ。これは、あんたのとおちゃんも知らんが。
ばあちゃんの田舎はな、ほんま、なんもない所で、畑と山ばっかりだった。あんたの好きな、テレビもゲームもない、退屈なとこやったんやで。
でもな、ばあちゃんの弟は、なぜか鏡が好きやった。いっつも、お母ちゃんの嫁入り道具だった鏡台の前で、じっと鏡を見てたんよ。
なるしすというんか? それとは、ちゃうなあ。
鏡の中の自分が、本当の自分と全く同じ動きするのが珍しゅうて、変な顔したり、片足で立ってみたり。もう五歳だったのに、引っ込み思案だったからな、外で遊ぶの苦手で、退屈しのぎだったんやろ。
ある時、学校から帰ってきたばあちゃんに、弟が走ってきてな。鏡の中の自分が、手ぇ上げるのが、一瞬だけ遅れたんゆうんや。
ばあちゃんは学校で、鏡がどうして映るのか習ったからな、そんなことありえへんって知っているのに、「そおか、すごいなあ」てな、話を合わせてたんよ。
そんで、数日に一度、弟からの報告があってな。まあ、どれも、鏡の奥の自分が少しだけ遅れてたっていうもんやけどな、弟が興奮して話すから、ばあちゃんも、ニコニコしながら聞いてたんよ。
その内、弟は、鏡の中に国があるかもしれへんって言い出して。そこはみんなあべこべで、自分も明るい性格で、友達がたくさんいるかもなあって話してて。そん時ばあちゃん、なんて言ったかなあ。もう、思い出せへんわ。
そん日は、収穫期の真っ盛りで、ばあちゃんの親はずっと田んぼにいてな、学校に帰ったらばあちゃんが、洗濯したり、晩飯作うたりしなあかんかったんよ。
大変やなあ、友達と遊びたいなあと思いながら帰ってきたらな、弟が、いつもより興奮した様子で、「ねえちゃん、ねえちゃん」って走ってきたんよ。今までより、ずっとすごい発見をしたってな。
ただ、ばあちゃんは忙しゅうかったから、「あんた、うるさいで、あっち行っとき」って、追い払ったんや。弟は、ばあちゃんに厳しいこと言われたんの初めてやったからな、寝しょんべんした時みたいに、わあわあ泣きながら、鏡の部屋に戻っていった。
ばあちゃんはそのまま、洗濯したり晩飯の準備したりしとったら、家の中が妙に静かなのに気付いてな。弟のいるはずの部屋に行ってみたら、誰もおんかった。
弟の名前を呼びながら、家じゅう探しても、どこにもおらん。外に出たかと思たんが、草履は、三和土の上にある。でも、裸足なのかもと、親の田んぼに行ってみたけど、そこにも来ていなかった。
親もばあちゃんの話聞いて、青くなってな、近所の人も、駐在さんも集めて、みんなで弟のこと探したんよ。
でもな、結局、弟は見つからんかった。
……ばあちゃんはな、思うんよ。弟は、自分が見つけた鏡の国に行ってしまうたんやないかって。
草履が家にあったんや、そうとしか思えへん。誰にも、言えんかったけどな。
ばあちゃんは、ずっと後悔してる。あん時、弟に、優しくしてあげてたら、こんなことにはならんかったってな。
今でもな、夢で見るんよ。最後に見た、弟の顔を。鏡の中の弟に、手ぇ引っ張られて、その鏡面に、吸い込まれていく弟の姿を。
だから、あんたも弟は大切にせな。
いつ、どこに行ってしまうか、分からんで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます