蠢動


 君は、どんな時に春が来たなって感じる? 桜が咲いたら? 春一番が吹いたら? 三月になったら?

 僕は、地面から春の始まりを感じるよ。と言っても、これは友達の受け売りだけどね。


 僕の出身地は、○○の田舎の方で、子供よりも大人、というより、老人の数が多い村だった。それで、村に住んでいる人は、みんな顔見知りだったんだよ。

 でも、ある冬の日に、僕は初めて見る子供と出会った。場所は雑木林の奥で、厚手のセーターを着たその子は地面に俯せになっていた。


 病気か怪我で倒れてしまったかと思って、僕は慌てて、その子を起こしてあげた。でも、その子は中性的でびっくりした顔で僕を見ていて、呑気に「どうしたの?」と聞いてきたんだ。

 「君が怪我したかと思って」と言うと笑って、「ただ、地面の音を聞いていただけだよ」と返した。「地面の下で寝ている動物たちや芽生える前の植物、卵のままの虫たちがゆっくりと動いているのが、ああしていると聞こえるんだ」と。

 言っている意味はよく分からなかったけれど、僕は妙にその子が気になってきた。でも、年齢を聞くと「大人になる前」って当り前のことを言って、名前も「秘密」と、性別も分からなかったけれど、「未分類なだけ」とはぐらかされてしまった。


 時々、その雑木林に行ってみると、いつもその子は俯せになっている。話しかけたら、反応してくれるけれど、相変わらず、教えてくれないことの方が多い。でも、自然のことに詳しいから、話はそのことが中心だった。

 ただ、ある時一度だけ、そのこの家に行ったことがある。学校に通っているの様子もないから、とても気になって、夕方に別れたふりをしてから、こっそり後をついて行ったんだ。

 

 その子は、雑木林よりももっと奥、いつの間にかできていた大きな洋館に入っていった。門を開ける人とか、執事やメイドみたいな人もちらっと見えて、あの子はお金持ちなんだ、と、妙に納得感があった。

 それを知っても、関係は変わらず、大体三年くらいはその子と会っていたかな。また冬の日に、俯せになっていたけれど、なんだか妙に元気がない。だから、理由を聞いてみた。


 「大人になるんだ」と、その子は言った。どう見ても、小学生くらいなのに。困惑する僕に、その子は優しく笑って、「うちでは今でも元服の年齢なんだよ」と教えてくれた。

 そういえば、十三祝いは昔の成人式だって聞いたことあったけれど、その子の家では現代でもそれに従っているらしい。ただ、暗い顔をしているのは、まだ子供でいたいとか、そんな理由じゃなかった。


 大人になると、その子は家の中から出られなくなる。大好きな自然の音を聴くことも出来なくなるのを、一番悲しんでいた。

 僕は、その子に同情していた。でも、何をしたらいいのか分からない。そんな気持ちを察したのか、その子がこちらをじっと見て、「君にお願いしたいことがある」と言い出した。


 ……僕は、家からシャベルを二つ持ってきた。次に、その子と一緒に、雑木林の一か所に穴を掘る。そうして出来た深い穴の中に、その子が俯せになると、堀った分の土を被せていった。

 「自然と一体化したい」―—その子のお願いの、具体的な叶え方がそれだった。凝った言い方をした自殺のように聞こえるけれど、僕は、その子の言う通り、死ぬわけじゃないと思っていた。その子の言葉や振る舞いには、そう思わせる力があった。


 その子が地面に埋まっても、村は静かだった。子供が一人、行方不明になったというのに、誰もそれを知らない様子だ。半年後に、その子の家へ行ってみたけれど、そこは更地になっていた。

 僕は、その子にしたことを後悔していない。だって、今も地面に俯せになると、自然の音とともに、その子の鼓動も聞こえるんだから。そして、教えてくれるんだ。もうすぐ春だよ、ってね。





















 

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