夜通


 —―D? おーい、起きろー。Dくーん。このまま寝るのかーい?

 あ、やっと起きた。どうする? 寝るなら布団貸すよ? あ、勉強する。偉いけど、無理しないでよ。


 コーヒー? それが最後だよ。え、まだ飲むの? 一日四杯は、身体に悪いと思うなぁ、医者の卵のとしての忠告だけど。

 ああ、君も医者の卵だけどね。……分かった、下の自販機に買いに行こう。僕もついてくよ。


 僕? 正直、全然眠くないな。だから、コーヒーは大丈夫。

 うん……。なんというか、信じられない話だけど、僕、寝たことなんだよ。


 いや、不眠症ではないと思う。生まれつきだから。本当だよ? 両親と祖父母とで、寝ない赤ちゃんの僕を、付きっ切りで世話していたんだって。

 多分、障碍みたいなものじゃないかな。脳のどっかにバグがあって、「眠る」って機能が動かなくなっているってイメージ。いや、ちゃんとした検査を受けたことないから、僕の所感なんだけど。


 辛い……と思ったことは、正直ないんだよね。だって、一度も寝たことないから、睡眠の素晴らしさがよく分からなくて。気持ちよさそうな寝顔を見ると羨ましいなぁと思う事はあるけど、多分、イケメンを見て、こんな顔に生まれたかったみたいな、諦め半分の憧れ、みたいなことだと思う。

 その代わり、すごく暇。寝落ちした親を横目に、一人遊びしていたけどね、それも尽きてくるんだよ。パズルとかでも、集中すると一晩で終わっちゃうし。


 だから、同世代の子よりも言葉を覚えるのは早かったよ。うちはテレビやラジオも通っていなくてね、本を読む以外暇を潰せるものはなかったから。

 みんな、僕のこと天才だって言っているでしょ? いや、確かに医学部で数少ない現役生だけどさ、それは頭がいいからっていうよりも、夜にやることなくて、勉強するしかなかったからなんだよね。つまり、努力の結果だよ。


 あ、だけど、医者を選んだのには理由はある。僕の出身地はすごく山奥の田舎だから、病院はあったけれど、設備も医者の腕も十分じゃなかったんだ。

 小学生の時に、母が結核になってね。……うん、確かに珍しいけれど。いや、流石にあのお医者さんも、結核と肺炎を間違えたりはしないと思うよ、たぶん。


 まあ、そんな場所だから、結核の特効薬なんてなくてね、手術をすることになったんだ。それで、命はとりとめたけれど、後遺症が残ってしまった。いつも咳き込んでいて、時々血を吐く母を見ると、いたたまれなくてね。

 母だけじゃなく、僕の地元では、医療が十分じゃないせいで苦しんでいる人がたくさんいたんだ。破傷風とか、コレラとか、梅毒とか、こっちではあまり名前を聞かない病気も、まだまだ蔓延っている。僕は、そんな状況を変えたかったんだ。


 とはいえ、どんな病気や怪我にも対応できるようになるためには、並大抵の努力じゃ足りないとは分かっているけれどね。眠れない夜の間、ひたすら勉強して、すべての医療知識を手に入れるつもりで頑張っていくよ。

 でも、そんな僕だから、眠りの大切さを誰よりも分かっている。僕は、医者になるという目標が出来たから、それに向けて慢心しているけれど、毎晩毎晩眠れぬ夜を過ごしていたら、いつかどっかで可笑しくなっている気がするんだ。


 ……あ、部屋に戻ったら、寝るの? その方がいいよ。布団は元々お客さん用だから、遠慮なく使って。丁度良い時間で起こすから。

 でも、そのコーヒーは? あ、くれる? ありがとう。でも、僕にはあまり必要ないんだけどな……。






















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る