第18話 上限は二つまで

 早朝の出来事があってしばらくした後。


 俺は目の前でキョロキョロと周囲を見渡す小悪魔女優――影山蜜柑をじっと観察している。


 なぜ、とは聞くまでもないだろう。

 なんせ、この田舎のボロアパートにまでやってきて何をしでかすか不安で仕方ないからな。


 というか、なんでそんな部屋の隅々までチェックしているんだコイツ。


 あれか。お前は俺の家政婦か何かなのか。


 もう俺の脳のキャパシティはオーバーしちゃってるし……。

 一回部屋に上げたのは良いものの……この状況、一体どうすればいいんだ。


「ふーん……。先輩って結構汚い所に住んでるイメージがありましたけど、意外と部屋は綺麗にされているんですねー」

「まあ、一人暮らし生活は慣れてるからな。掃除とか洗濯とか、色々とやるべきことはやってるよ」

「ふふ。まあ、そうですよねー。さすが大介先輩。か弱い女の子を連れ込むだけのことはありますねー」

「おい。なんか最後の部分だけすごく語弊あるんだが……。お前が無理やりこっちに来たからだろ」

「えー、そうでしたっけー? 私、記憶力弱いから先輩が何言ってるか分かんなーいっ♪」


 く、このアマ。

 俺がまだ水瀬のマネージャーをやっていた時もそうだったが、前回会った時よりも更に増して悪魔になってやがる。


 いや、少し違うか。

 コイツは気を許した人以外には良い子ぶって仮面を被っている傾向にある。


 まあ、いわゆる水瀬のやつと似ているって感じだ。


 なんでこうも自分の本性を曝け出すことが悪と考えているのかは分からないが……まあ女優やっている人は皆そうなのかもな。


 普段たくさん演技やって、偽物の表情とか作っているわけだし。


 その代わり、裏ではストレス溜まりまくって八つ当たりする奴とか一杯いるけど。


 っていかんいかん。

 芸能時代の頃を思い出すと嫌な思い出しかないな。うん。


 こういうのはあまり良くないって聞くし。


「ところで大介先輩。私の方からも色々と聞きたいことがあるんですけど、その前にですねー」

「な、何だ?」

「私、こんな朝早くから先輩の家に来てあげたじゃないですかー?」

「いや、なにその上から目線……。というか、何か凄く嫌な予感がするからあまり聞きたくないんだが」

「最初から大介先輩に拒否権は無いんですよ? こんな可愛い女の子を家にあげるくらいなんだから、一つぐらい我儘言っても罰は当たらないですよね?」

「い、いやいや。落ち着け影山。俺はまだこんなところで死にたくない。頼むからあまり変な事はしないでくれ」

「ふふ、変な事、してほしいんですか?」


 そう言って、今度はじりじりとこちらに四つん這いになりながら詰め寄ってくる彼女。

 対して俺は、尻餅付きながらじわじわと後ろの壁に追いやられていく。


 え、なにこれ。

 早朝からほんとに怖いんだけど。


 しかも、妙にさっきから色っぽい顔をしてるし。


 え。これ、俺詰んだのか。

 詰んでしまったのか。

 色々と――。


「私、今すごーくお腹が減ってるんですよねー」

「……ハイ?」

「だーかーら。昨日の夜から何も食べてなくてー。今、超空腹だって言ってるんですぅー」

「……What?」


 何言ってるんだろうこの子は。

 ちょっと一瞬だけだけど頭真っ白になったぞ。


 って、それよりも普通にその体勢で言うセリフじゃないだろ。

 というか、絶対に故意にやったなコイツ。


 く、やっぱり女という生き物には信用ならないな。うん。

 これでまた改めて再認識させられた。


 俺の中で信頼できるのはやはりマスターと金田君だけだ。


 これだけは絶対に変わらない。そう、絶対にな。


「ちょっとー、先輩聞いてますー?」

「あまり誤解を招くような行動を取らないように気を付けた方が良いぞ、影山」

「あ、もしかして――エッチなこと想像しちゃったりしました? もう嫌だな―大介先輩! ふふっ」

「く、この小悪魔め……」


 いや、我慢だ。耐えるんだ俺。

 Barでの接客で培ってきたスキルをここで生かすのだ。


 どんなにムカつくことがあったとしても、心は冷静に。

 客の中でも、荒れた人に対して対応するなんてことは日常茶飯事なのだ。


 それに、ここで怒ってもただ体力を消耗するだけだ。

 俺のモットーである省エネが失われるとなると、それはもう自分ではない。

 おそらく他人だ。


 今日に関しては不可抗力だったけど……次からはこちらも練を練って対策を立てなければいけないな。うん。


「もし私の我儘を聞いてくれたらー。先輩が気になっていること、何でも答えてあげちゃうのになー?」

「……なんでも?」

「あ、でもー。上限は二つまでですからねーっ♪」

「いや、なんで二つなんだよ。そこは普通に無制限だろ」

「えー、この超人気な影山蜜柑ちゃんが先輩の聞きたいことを二つも答えてあげるなんて、超優しいじゃないですかー?」


 いや、むしろ鬼以外の何物でもないわ。

 それに、全然優しくねえし。


 く、しかしながらコイツ……まじで容赦ないな。

 さすが、あの影山蜜柑っていったところか。


 あの水瀬と普段からバチバチやり合う仲ではあったから……まあこういう会話の詰め方が上手いのは前から分かってはいたが。


 まあいい。

 とりあえず、俺もお腹減ったから、二人分の朝飯でも作るか。


 それで、聞きたいことを聞いたら即帰ってもらうことにしよう。

 そして、俺は夕方までぐっすり爆睡するのだ。


 うん。そうと決まれば善は急げだ。


 朝飯はまあ、適当に惣菜でも出しとけば――。


「あ、料理の腕前もちゃんと採点しますからねー、せぇんぱいっ?」


 うん。

 もう帰りたい。







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