第9話 水瀬彩夏の休日

 タワーマンションの一室にて、私、はある友人を迎えていた。


 今日は久々のオフで、二週間前ぐらい前に彼女と電話して調整したのだが、お互いに忙しく、中々時間が取れないことも多々あるといった所で、少々遊ぶ日が延長してしまったのだ。


 特に、こっちは今秋から始まるドラマに向けて撮影中だし、芸能関係者からのインタビューやら何やらで色々と忙しいし。


 それに、向こうも有名なモデルさんだから全国各地巡りまわって休む時間も無かったのだろう。

 まあ、たまに居酒屋とかBarに行って飲んでいるというのはよく聞くけどね……。


 うん。だけど、今回は久しぶりにゆっくり話せるから……ふふ、けっこう気が楽といえば楽よね。


 いつもいつも、仮面被って色んな人と話すの、正直うんざりだし。

 だから、たまにはこういう友達とリフレッシュするのも良いわね。ふふ。


「彩夏ちゃーんっ! ふふ、遊びに来たよーっ!」

「久しぶり、唯奈。元気だった?」

「うんうんっ! 元気元気っ! あ、でもその前にお邪魔します……かな?」

「ふふ、そーゆう水臭いことは言わなくて良いわよ。もうお互い友達なんだし、気を遣わないの」

「えへへ、でもでも。彩夏ちゃんの家に遊びに行くのは初めてだからさ……。ちょっと緊張しちゃうのは仕方ないじゃんっ」

「……もう。あなたってちょっと変な所があるから可愛いわね。また前みたいに頭撫でたくなっちゃうし」

「むーっ。そういう彩夏ちゃんだって抜けてる所があるくせにぃー」


 そうして、唯奈はぷくっと頬を膨らませて私にジト目を向けてくる。

 ふふ……そういう所が可愛いのよ、あなたは。


 事務所内にも一応、仲良くしている女優さんはいるにはいるけど……こういう明るいタイプは中々居ないものね。


「わー! 彩夏ちゃんの部屋、広ーい!」

「まあ……1LDKだから、一人暮らしする上ではちょっと広いけどね。タワマンだからセキュリティも万全だし……って、あなたの家もこのぐらい広かったじゃないっ!」

「えへへ……まあそうだけどさっ。でもなんか、親近感湧いて嬉しいじゃんっ♪」

「ここで言っておくけど、私はあなたほど部屋は散らかってないからね。そこは一緒にしたらダメよ」

「もー、それは分かってるよー! この前、私の家に遊びに来た時はいきなり掃除から始めちゃう彩夏ちゃんだもん。余程綺麗好きなんだなって思ったからびっくりしちゃったよーっ!」

「いや、それは単純にあなたの部屋の方が汚すぎるからでしょっ! もう……また時間があったらちゃんと掃除しているかどうか、抜き打ちチェックさせてもらいますからね」

「えへへ。大丈夫だってー。ちゃんとあれからしっかり毎日やるようにしてるからさーっ!」

「それ……ほんとに信じて良いのかしら」



 はあ……まったく。

 ほんと、世話のかかる子ね。


 でも、なんでかは分からないけど、彼女の顔を見るとこっちも元気になるのよね……。

 これも、周囲の雰囲気を一変させることができる唯奈の強みかしら。


 私も一応、これまで色んな役を演じてきたけど……。

 素でここまで明るい表情を出すのは、には無いし……。


 ほんと、そういう部分においてはちょっと嫉妬してしまうわね。


「唯奈、コーヒーと紅茶、どっち飲みたい?」

「うーん。私はコーヒーでいいかな。あ、でもちょっと苦めでお願いできる? あんまり甘いのは少し苦手で……」

「ふふ、いいわよ。でも意外ね。あなたって見た目的に甘いの好きそうなのに」

「あー、それ。皆からもよく言われるんだよねー。唯奈ってそんなに苦いの好きだったのーって、友達からも驚かれるしっ!」

「そうね。あと、掃除するのも嫌いってところかしら」

「もーっ! 彩夏ちゃん、一言多いよーっ!」


 ふふ。あなたにも、意外な一面はあるものね。

 まあ、私にもあるといえばあるけど……そこまで驚かれるようなことじゃないし。


 でも……やっと今日オフになって良かったわ。

 もうほんっとに疲れたから。


 だって、毎日早朝から晩まで撮影なんて、いくら慣れているとはいえ疲労は溜まるし。

 それに加え、半年前から新しく勤めてる私のマネージャーさんも、全然使えないし……。


 真面目なのは良いんだけど、緊急の時にあの人、弱い部分があるからこっちも大変なのよ……。


 まったく。

 ほんとしっかりしてほしいものだわ。


「あっ! ベッドの上にパンダさんがいるっ! めっちゃ可愛いじゃんっ♪」

「ああ……それ、数年前にから貰ったものね」

「へえ……? あっ。もしかしてー、その人。男だったり……?」

「……さあ、どうかしらね」

「え、ちょっと待ってよー彩夏ちゃんっ! 流石にそれだと気になり過ぎて夜眠れないよーっ!」

「べ、別に良いじゃない……。私に隠し事の一つや二つあっても。あなただって知られたくないこと、一杯あるでしょ?」

「むー……それは確かにそうだけどさー。ふふっ、でもそっかそっかっ! 彩夏ちゃんもこう見えて、意外と乙女なんだねっ♪」

「は、はあ? 何を言ってるの唯奈。私は別に全然乙女なんかじゃ……!」

「あー、すっごい照れてるーっ! ふふっ、彩夏ちゃん可愛いー!」


 って、ああ、もう。

 唯奈ってば……勝手にはしゃいじゃって……。


 無邪気な所はほんと、この私も見習いたいものだけど……。


 でも、

 確か、が撮影の休憩時間に、ちょっと近場のゲーセン行ってくるわって急に言い出したところから始まったんだっけ。


 その時は私も無理やり、変装してに隠れて付いていったんだけど……。

 ちょうど、私が見た時には小さい子供が彼の前ですごく泣いてて。


 居ても経ってもいられなくなった私は、間に飛び出して彼に怒ったのよね……。


 でも、恥ずかしいことにそれは全部、自分の勘違いだった。


 どうやら、その小さい子供はクレーンゲームというもので好きなぬいぐるみが取れなくて、泣いていたらしいのだ。


 でも、それを見た彼は「俺が取ってやるから安心しろっ!」なんて真剣な顔で言い出すものだから……こっちも心配になって見守ってはいたんだけど。


 確か、十回ぐらい挑戦して何とか取ったのよね……。


 それで、すぐに彼はぬいぐるみをあげて、子どもがすごく喜んでたのは今になっても鮮明に覚えてる。


 でも、その時からだろうか。

 私が、のことを明確に好意を抱くようになったのは。


 気づいたら、私もその子と同じ、が欲しくなっちゃって……我儘言って、同じものを彼に取らせて貰ったんだっけ。


 彼はすごく文句言いながらもやってくれたから、当時はすごく申し訳ない気持ちだったけど……。


 ふん。でも、今になってはいい気味だわ。


 それもこれも、全部が悪いんだから。

 私の気持ちも知らないで……。


 急に事務所から居なくなって、社長に聞いても他の芸能事務所に移ったって言って、それ以外に何にも教えてくれないし。


 一時期、ほんとに彼が移動したかと考えたけど……それも流石に無いし。

 だって、私の知り合いや友達に皆聞いても、何も手がかりが無いんじゃどうしようもないじゃない……。


 せっかくこの私が六年近くもマネージャーとしてこき使ってあげたというのに。



 ふん……なによ。ただのマネージャ―のくせに。



 私がこうして半年間、メンタル的に落ち込んでるのも全部、あなたが居ないせいなのよ……?



 だから、早く私の前に姿現しなさいよ……。









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