第33話 ご機嫌な蜜柑

 あー。やっとサイン会終わったよー。

 ほんっとに疲れた。


 会場の人数超えてたんじゃないの。あれ。


 ふふっ。でもでも。

 蜜柑を応援してくれる人がたくさん居てくれて嬉しかったなー。


 おまけに撮影会もサービスでやっちゃったしっ。


 私みたいな可愛い人とこうして触れ合えるのって特別だろうしね。


 まあ、途中から秀太先輩が参入してきてからはもっと人が集まって大変だったけど……。


 やっぱり、あの人って彩夏先輩と同じくらい影響力のある人なんだなーって改めて感じた。


 だから、ちょっとだけ見直しちゃったかな。

 ちょこっとだけ。


 いつもは稽古サボってあまり真面目にやらない人だったから、第一印象は良くなかったけど……。


 さっきのリハでかなりの実力者だって分かったし、そこそこやれる人なんだって関心したよ。


 ふふ。でも。

 蜜柑の目は誤魔化しが効かないから。


 あの人は流石に無いかなー。やっぱり。


 いくら実力があるからといって、女の子に対して強くアタックしすぎだし。


 蜜柑のことを一番気にしてるのはとっくに知ってるんだけどー。


 流石にちょっとね……。


 評価としては地獄の果てから一段階上がったか上がっていないかぐらいだから。

 大して変わらないんだけど。


 あの人の悪行は噂で結構耳に入ってきてるし。


 ま、いずれにせよ。

 蜜柑とは一生相容れない男かなっ。ふふ。

 残念でした。


 でもまあ。

 この後から始まる本番さえ終わればもう会うこともないろうし。


 今日ぐらいは我慢して、あの人にもサービスしてあげても良いかなと思う。


 最後の別れぐらいはしっかりと挨拶もしないといけないし。


 打ち上げにも、もちろん参加しないといけない。


 それに、かなりの実力者集まりで、色々と縁は繋いでおきたいしね。ふふっ。


 だけど……。

 一つだけ懸念点がある。


 それはもちろん、この蜜柑が今最も気になっている男。大介先輩。


 今日、ちゃんと見に来てくれるだろうか……。


 この蜜柑があれだけ強く誘ったら絶対に来るはずなんだけど。

 万が一って時もあるから。


 ちょっと不安なんだよねー。


 わざわざ特等席のやつ渡してあるし。

 多分大丈夫だとは思うんだけど……。


 まあ。

 来なかったら来なかったで後からが残ってるから、別に良いんだけどさっ。


 それに、知り合いの中で、今一番情報持っているのはこの蜜柑だけだろうし。


 彩夏先輩じゃ、この情報は絶対に手に入っていないはずだ。


 ふふ。ほんと、可哀想な人だなーって思うけどこればかりは仕方ないよね。


 これもきっと、運命の力ってやつだよ。


 彩夏先輩はあの人を六年間も傍に置いておきながら、結局最後の最後まで仕留めきれなかったわけだから。


 ふふっ。ちょっとだけ申し訳ないけど、流石に蜜柑の勝ちかな。

 こればかりは。


 ま。あの人を私の手駒として確実に扱えるようになったら、流石に教えてあげても良いんだけど。


 それまでは、もうしばらくね。


 って、あ。

 なんかさっきから妙に視線を感じると思ったら……。


 秀太先輩。

 しかも、目線が合った途端、こっちに近づいてくるし。


 さっき話したばっかなんだけどな。


 まあ、今日の蜜柑は一番機嫌が良い日だから、特別に許してあげるけど。


 こういう機会。もう二度と無いんだからね。


 だからこそ。

 感謝して拝むぐらいはしてほしいかなー。


 この可愛い蜜柑がわざわざ時間取ってあげてるんだから。


 でもまあ、相手ぐらいはしてあげるよ。

 ちょっとだけ面倒くさいけど。ふふっ。


「なー蜜柑。もう一度確認なんだが……今日の夜、打ち上げに参加するんだよな?」

「ふふっ。もー。何回も言わせないでくださいよー。さっきも付き合うって言ったばかりじゃないですかー」

「く、くく。なんか随分と機嫌が良さそうでつい戸惑っちまったからな。ここは一応再確認しとかねえと」

「まーた何か企んでるんですかー? ダメですよー。女の子にはちゃんと優しくしないとー」

「そんなことは蜜柑が一番分かってるだろ。俺が善良な人間だってことを。それに、本当は俺の事が好きで好きで仕方が無いんだろ? 実際の所はどうなんだ? ん?」

「だーかーら! そうじゃないって言ってるじゃないですかー! まあ、今日のリハではしっかりとやっていましたしー。ちょっとだけ惚れちゃった部分があるのは確かですけど」

「おいおい。まだツンデレを貫き通す気か? もう勘弁してくれよぉー。俺をここまで我慢させたのはお前が初めてだぜ? 蜜柑」


 そう言って、気持ち悪い笑みを浮かべながら、こちらにねっとりとした視線を向ける秀太先輩。


 相変わらず、本音を読み取ることが出来ない。


 それに、蜜柑に対して何がしたいのかもさっぱり……。


 ほんと、なんなのコイツ。

 まじで笑えないレベルで冗談キツいし。


 というか、前々から思ってたけど。


 そんなに蜜柑ってツンデレに見える?

 こっちが完全に引いてるの、分からないかなぁ。


 秀太先輩って、思ってたよりも意外とバカなのかも。


 ま、どーせ今日で最後なんだし、何をされたところで蜜柑は動じないけど。


 ここはそれとなく適当に流して、話に付き合ってあげるしかないかな。うん。


「秀太先輩ったら嫌だなー! 私にツンデレ属性は無いって前にも言ったじゃないですかー!」

「くく。そうだな。そーゆう所もお前らしい。やっぱ彩夏と同じ、俺が認めた女だけのことはあるぜ」

「えへへ。先輩に認められるなんて何だかくすぐったいですねー。そんなに褒めても蜜柑からは何も出ませんよ?」

「良いんだって。この後、打ち上げに参加してくれるだけでも十分だ。だから、絶対の絶対に出ろよ? 分かったな?」

「はーい! もちのもっちでーす! 秀太先輩も一緒に楽しみましょーねっ! 劇も打ち上げも!」


 はあ。本当に疲れる。

 さっきのサイン会と握手会よりも数十倍……。


 あんまり好きじゃない人と会話なんてするものじゃないよね。

 余計体力使うし。


 それにしてもなんか……。


 今日の秀太先輩。

 いつもと比べてなんか大人しい気がする。


 普段からボディタッチばっかしてきて、もっと過激に絡んでくることも多かったのに。


 今回は、やけに少ない気が……。

 今は私と絡んでるからあんまり分からないだけかもしれないけど。


 何というか……。

 というか。


 劇が終わった後に、何かを機に爆発するような予感がプンプンと匂ってくる。


 蜜柑の悪い予感が当たらなければ良いけど……。


 んー。

 ま、これ以上考えても仕方ないか。


 念のために、一応予防線ぐらいは張っておこうかな。

 うん。念のために、ね。



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