第2話 斎藤優佳

 ああ……なぜだ。どうしてこうなった。

 せっかく今日は良い休日を過ごすはずだったというのに。


 く、まじで何なんだ。いや、ほんとに。


「ねー兄貴ー。何かご飯作ってよー。お腹減ったー」


 そう言って、我が家のアパートの床に寝転びながらこちらを向く彼女、名は斎藤優佳。

 俺より四つ年下の大学生で、外見は母親譲りの美人といったところだろうか。


 いつも出掛ける時は化粧することを欠かさないようだが、今日に関してはすっぴんで来たようだ。


 まあこいつ、何もしなくても可愛いからな……。

 く、兄妹なんだから、その顔面の三割を俺に分けてほしいものだ。


「ねえちょっと、聞いてる?」

「……我が妹よ。その気持ちは分からんでもない。俺も昔、四日間ほど断食する時期があったからな。うん」

「は? そんな話どうでもいいから、とっとと朝ご飯作ってくんない? まじそういうの、イラつくから」

「ハイ、申し訳ゴザイマセン」


 いや、何で俺が謝らなくちゃいけないんだと思ったそこの君。

 その感覚は大事にしろよ。

 きっと後々、誰かさんのために役立つだろうからさ。うん。


「えーと、優佳は何が食べたいんだ?」

「ふつーに白米とスクランブルエッグと温かいお味噌汁でいーよ」

「おお……素朴だな」

「え、なに。じゃあ私がいつもレストランで頼む高級料理、作ってくれる?」

「い、イエイエ! 滅相もゴザイマセンっ!!」


 く、親父がお袋に逆らえないように、兄である俺も妹に逆らえないというこの現実。

 まじでどうにかならんのか。


 まあ、うちの家庭は『お袋≧妹>>>>親父=俺』というなんともまあ酷い構図だからな。

 こればかりは仕方ないとしか言えんな。

 うん。きっとそうだ。


「というか、その前に一つ聞きたいことがあるんだが」

「なによ?」

「どうしてお前、俺の住んでるアパートに来てるんだ?」

「明日、ロケでモデル雑誌の撮影があるから。できるだけ近場に居た方が移動時間少なくて済むでしょ」

「あー、なるほどな。確かに実家からだと遠いし……っていやいや。それだったら夜来れば良くないか? 何もこんな朝早くからこっちに来なくたって――」

「うっさい。毎年、兄貴が正月しか帰ってこないのが悪いんでしょ」


 俺の発言をピシャリと止め、横たえていた体に弾みをつけて起き上がる。


 スラリとした体。そして後ろ髪はピンクの輪ゴムで縛るポニーテール姿は、俺が学生時代によく見たやつだな。


 ってかこいつ、まじスタイル良すぎないか。ほんとに。

 お兄ちゃん、嫉妬しちゃうぞ。


「ところで兄貴。今、ここの近くのBarで働いてるってママから聞いたんだけど、マジなわけ?」

「お、おう。あの芸能事務所で六年近く働いてたんだが、案の定クビになったからな」

「ふぅーん。ま、その件についてはもう前々から知ってるけど。あの有名な芸能プロダクションも色々といざこざがあるってことよねー」

「まあ、そう考えるのも無理は無いな」


 そもそも、俺があの事務所からクビになったのも社長の息子、井上秀太という男が原因だからな。

 イケメン俳優のくせして、毎日ホテルに女連れ込んでるという噂も聞くし。


 まあ、当時はの奴にもしつこく接触してきたからな……。

 あいつも心底嫌そうな顔もしてたし。


 たしか、俺が無理やりあいつの取り巻きを抑えたんだっけ。

 もうその辺は日常茶飯事だったから記憶の欠片しか残っていないが。


 井上が俺のことを悪く言ったのも、おそらくそこら辺が原因の可能性が高いだろう。


 んで、俺が無事に事務所から追い出せば後はあっちの好きなようにできるというわけだ。


 まあ、当初は俺にとってはなんとも気味の悪い出来事だったが、今となっては冷静になれてる。


 クビになったらなったでそれまでの話。

 俺があいつのマネージャーである期間は守ってやったが、今はそういうしがらみは無い状態だ。


 つまり、今の俺は自由。エデンであることに間違いなしということだな。うん。


「今頃、兄貴が担当していた女優も悶々としてるんじゃない?」

「さあな。そんなことより、もう俺はマスターと一緒にあのBarで一生働くと決めたからな。正直、芸能界がどうなろうと知ったこっちゃない」

「ふぅーん、そっか。……ま、それならイイケド」

「ん? 何が良いんだ?」

「――っ! し、知らないっ。少しは自分で考えたら?」

「え、お、おう」


 うーむ。どうやら俺は女心をあまり分かっていないらしい。

 なんか優佳の機嫌も悪くなってるし……。


 普段からBarで接客をして対人スキルはかなり上がっているはずなのだが、妹に対してはどうやらまだまだのようだ。



 って、それよりも朝飯、早くしないとな。


 今日は本来の予定から崩れることになりそうだが、ここは一先ず、腕をかけて最高に美味しいスクランブルエッグを作ることとしよう。




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