第7話 マスターの代理

「と、いうわけで。今日から約一ヶ月間、ここのとなった兵藤知恵だ。クク、覚悟しろよ? お前ら!」


 そんなこんなで翌日。

 開店の三時間前から俺たちは招集されたわけなのだが……。


 いや、まずは状況をしっかりと整理しよう。うん。


 昨日、金田君から聞いた所によると、どうやらマスターはフランスに一か月間、研修のお手伝いをしに行くらしい。


 なんでも、マスターの師匠……まあ俺にとっては大師匠になってしまうのだが、その人から若手の教育を頼まれたとかなんだとか。


 まあ、ドリンクメイキングとか実践的オペレーションといったBarのノウハウというものを伝授させるために、きっとマスターから教わった方が一番手っ取り早いという魂胆だろう。


 最初、聞いた時はちょっとびっくりしたが……よくよく考えればそんなに珍しくもないことだ。


 大師匠さんの気持ちもめちゃくちゃ分かるし、こればかりは致し方ないと思うしかないよな……。


 と、まあそういう理由で、今現在。

 俺達のマスターが不在ということで……が目の前に立っているわけなのだが。


 何だろう……この気まずい空気感。


 隣にいる金田君も、バイトの子も皆だんまりしちゃってるし……。


 なんか、俺がここのBarに勤める一年前ぐらいに、こんな感じで同じことがあったらしいんだけど。


 その時も、マスター不在の代わりにがここのBarの代理をやっていたとかなんとか……。


 え、その時に何があったの君達?

 それとも、平然としてる俺の方がなのか?


 って、金田君……顔に脂汗すごいし。

 それに、体もなんか……昨日に比べて震えてるし。


 バイトの子、仲森君もずっと視線を下に向けたまま動かないし。


 え、まじでなんなんだ。これ。

 すごく気味が悪いんだが。


「フフフ、なんだお前ら。つれないなー。せっかく久々にこの私が来てやったというのに……なんでそんなに怯えているんだ? なあ金田?」

「ヒっ……そ、そんなことは無いでござる! ぜ、全然、お、お忙しい中、来てくださってこちらとしては感無量でござる!!」

「くくく、そうかそうか。感無量か。ふふ、まあ当然だよな。この私が来たら、当然……ふふふふふ」


 あ、うん。でもなんか分かった気がする。

 この人、確かにヤバそうだわ。


 いや、だって。俺の危険感覚センサーがピコピコ鳴ってるからな。

 昨日から金田君があんなに怖がってのも、なんとなくだけどちょっと分かるな。うん。


 ってか、マスター……ほんとにこの人を代理にして大丈夫なのか?

 俺、今になって心配になってきたぞ……。


 ま、まあ。仕事が出来る人とは聞いたから、その辺はおそらく信用しても良いと思うのだが……。


「え、えーと。兵藤さんってマスターの知り合い……ですよね? 聞いた話だと、どうやら都会のBarで働いてたとか……」

「ん? 貴様……見たことのない顔だな? 誰だ?」


 あ。しかもこっち見てきた。

 いや、確かになんか怖いわ。いや、まじで。


 目つきがギランギランしてるし。もうそこらの猛獣と大差ないレベル。

 うん。いや、ほんとに。


 ってか、俺。

 この一か月間、本当にこの人の元でちゃんとやれるのだろうか……。



「は、半年前からここのBarに勤めている斎藤大介です。ま、まだまだマスターからは教わってないことも一杯あるので……未熟者ですが、これから一か月間、宜しくお願いします」

「ほう……? 貴様があの斎藤か。ふ、あのオッサンからはよく聞いてるぞ。接客業で客からの評価が高いとな」

「え、ええ。まあ、一応そうみたいですね……」


 く、こやつ。俺の事知ってたんかい。


 ってか今、マスターのことをオッサンと言ってたな……。

 まあ、確かに年齢的にはそう呼ばれても仕方ないかもしれないが……如何せん、許せぬ。


 で、でも、口が悪そうな人だけど、案外こういう人ほど几帳面なのかもな。

 こういうの、芸能界で働いてた時もよく居たし。うんうん。


 き、きっとこの人もそうに違いないはずだ。絶対に。


 じゃないとこれ、まじで最後まで持たないぞ……。


「ふ、まあいい。そういうのはこれから見ていけばすぐ分かるからな。とりあえず、お前たちにはこれから一か月間、私の指示の元できっちりと働いてもらう。もし逆らったらその時は――――フフフ、分かるな? 仲森?」

「――っヒ、ヒィっ!? う、うっす!! あ、足引っ張らないように頑張りますッス!!」


 え、ちょ。仲森君もさっきの金田君と反応が同じ……。


 って、兵藤さんがこういうことを言うってことは、この二人。


 過去に何かでもあるのか……?


 でも俺が見た所、皆すごく真面目だし、そんなに大事のトラブルは起こさないと思うけど。


 く、まあいい。

 これから約一ヶ月間。このアラサー女と嫌でも働かなくちゃいけないんだからな。



 マスターの店のためならば、俺は何だってやってやる……!





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