第13話 怪しい人影

 それから一週間。

 今日も今日とて、無事に仕事を終えることが出来た。


 先ほど、この店に初来日した四十代ぐらいのおっさんが妙に気に入ってくれたのも一つの収穫だ。


 きっと、このことは海外研修しているマスターにも後で伝わることだろう。


 でも、ここで満足してはいけないのも確か。

 自分の修行の道のりはまだまだ長いのだから、慢心しすぎるのは良くない。


 兵藤さんという厳しい人がいるおかげかもな。

 良い意味で気持ちが切り替えられているせいもあるかもしれない。


 マスターのように、賢く、強く、そして何よりお客さんに認められるようになるためにはやるべきことがたくさんある。


 そのためにも、色々と勉強していかないとな。うんうん。


 あ、ちなみに仲森君にはあの騒動があってから毎日、レモンサワーの作り置きをするようにしている。


 俺の謝罪というか、ほんの少しの気持ち程度だけれど、彼にも強く生きてほしいと思ったからだ。


 それに、あの時の兵藤さん……笑顔が怖かったからな。うん。

 本気で怒らせるとまじであんな感じになるんだってことを初めて知ったぜ……。


 あの仲森君の反応を見る限り、もう一段階上があってもおかしくなさそうだったし。


 うん。今度から俺もあの人の話をする時は気を付けることとしよう。


 これからも何があるか分からんし。

 その方が良いよな。絶対に。


「お、斎藤殿。今日はお疲れでござる」

「おー、金田君、お疲れ様」

「今日も無難に客を捌けたですな」

「そうだな。この頃、客の数が増えてるからより忙しくなってるし」

「ふっふっ、マスターもきっと喜ぶでござるだろうよ。拙者らの努力は無駄では無かったですしな」

「ふ、確かに。それに、兵藤さんが来てからもよく頑張っているよな、俺たち!」

「うむうむ! そうですな!」


 ふ、やはり金田君は優しい。

 俺の言ったことをちゃんと包み込んでくれる。


 もはやただの友達なんかじゃない。親友だ。

 本当であれば、この後、飲みに行きたいところだが……。


 く、生憎と深夜帯だから、ここの近所はどこもやっていない。

 というより、そもそも田舎地帯だからあまり店がない。


 非常に不便ではあるが、こればかりは致し方ないな。うん。

 ちょっと悲しいけど。


 って、あれ。金田君。

 急に深刻そうな顔して一体……。


 え。本当に何があったんだ。


 ま、まさか。

 また兵藤さんに何かされて――


「……そういえば斎藤殿」

「きゅ、急にどうしたんだ金田君?」

「先ほど……二時間ほど前だったでござるか。我が対応したお客で、を渡されたのじゃが……」

「お、おう……え? そ、それってまさか――」


 え、ちょっと待ってくれ。

 そのチケット……なんか見覚えがあるぞ。


 い、いや、これはあの超有名な劇団の観賞招待状じゃないか。


 し、しかも……え、と、特等席?

 え? こ、これは一体どういうことだ……?


 ま、まさか金田君。


「い、いや……これ。実は拙者にじゃなく、お主に渡してほしいと言っていたでござる」

「え? い、いやいや。ちょ、ちょっと待ってくれよ金田君。どういう意味かさっぱり分からないんだけど」

「し、しかも。このメッセージ付きの紙も渡してくれって言っていたでござるから……わ、我は知らないでござるぞ!」

「ちょ、ちょっと一旦落ち着こう。うん。ま、まずその人……どういう人だった?」

「わ、分からぬ……! く、黒いフードを被って……さらにはサングラスにマスクをかけていたから特徴がつかめなかったでござる!」

「お、俺って、多分そのときは確か裏方にいたから……ま、まさか――」

「い、いや、前に来ていたあの女ではないでござる。声と体格からして、男性でござったからな」


 な、なるほど。

 ということは、あのビッチではないということは確かか。


 うん。それは良かった。

 ちょっと安心した。


 もうああいう系の女にはあまり関わりたくなかったからな。うん。


 って、いやいや。

 そ、そんなことよりも。


 わざわざここのBarに来て、俺宛てにチケットとメッセージ?


 ど、どう見てもきな臭い雰囲気しか漂ってこないよな……これ。


 し、しかもこの劇団……。

 あの超有名な俳優やら女優やらが集まる、年に一度しか開催されないヤツじゃないか。


 た、たしか抽選でも倍率が三桁を超えるほどだったはず……。


 え。い、いやいや。

 どう考えてもこれはおかしい。うん。おかしすぎる。


 わ、わざわざ俺にこんなものを渡す動機が無いし。

 う、うん。きっと誰かの間違いだろう。きっと。

 そうに違いない。


「み、見ないのでござるか?」

「い、いや……家に帰ったら見ることにするよ。なんかすまんな。迷惑かけて」

「そ、そうか。な、なら良いでござるが……何かあったら連絡するでござるよ?」

「お、おう。心配すんな。こ、こういう手に引っかかるほど、俺も野暮じゃないからな。うん」


 多分、その人が酔っ払って金田君に渡してしまったからに違いないだろう。

 うん。絶対にそうだ。絶対に。

 

 それに、危ないと思ったら無視。

 そう、徹底的に無視だ。


 そうすれば、きっと何事もなく無事に終わるはず――



 

 


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