第22話 上機嫌の理由

 水曜日。

 ちょうど、週の真ん中といえば皆もそろそろ疲れが溜まってくる頃合いだろう。


 最近は週休三日制が導入される所が増えていると聞く。

 まあ確かに、普通のサラリーマンはこの日が休みとなれば二日頑張るだけで済む話だからな。


 そんな天国みたいな生活は自分にとってはあまり考えられない現実なのだが……。


 こういう飲食業界においては休みなしで働くのが当たり前。

 店の経営のこともあるし、客が離れないように毎日欠かさず営業する狙いもある。


 しかしながら、この閉店後の雑巾掛けはまじでキツいな……。

 これ、もうあの人が来てから何回目だよ。


 まだ年はそんなにいっていないはずなのに、腰に結構くるんですけど。

 あれか。金田君と仲森君が言っていたのはこの事なのか。


 いや、しかし兵藤さんはまだ何か裏があるはずだ。

 あれほど、彼らが彼女の事を恐れるぐらいだ。


 過去に、よっぽどの何かがあったのだろう。

 できれば俺も、それを早く知りたいのだが……いや。


 こういうのは知らない方が身のためって言うしな。


 うん。その時がくるまでは平穏にやり過ごすことにしよう。


 それはそうと――。


「か、金田君。仲森君がなんか……随分と機嫌良さそうだけど。何かあったのか?」

「うーむ。拙者もよく分からぬ。先週はあれだけ落ち込んでいたでござるからな。自分も気になるところでござる」

「そ、そうだよな。こんな急に明るくなるのはやっぱ不自然だよな」

「しかし……ここまで不気味なことは今まで無かったでござる。あの仲森殿の真意はいかなるものなのか」

「こればかりは本人から情報を得るしかないということか」

「フム。では我が聞くことにしよう」


 フンス、と鼻息を荒くしながらそう意気込む金田君。

 あれ。なんか結構乗り気なんだな。


 まあ最近、全然良いこと無かったし。

 これで俺達も少しは明るくなれる良い機会かもしれないしな。


 しかし、今日の仲森君。

 いつも以上に仕事張り切ってたな。


 前に兵藤さんから激怒されあんなに落ち込んでいたというのに。

 ここまで急変するだなんて、よっぽどの事があったのだろう。


 って、あ。

 仲森君がルンルン状態で床掃除を……。


 通常なら死んだような目をしながら明日は地球が滅びるといいですね、なんて嘆くぐらいなのに。


 一体どうしたっていうんだ。仲森君。


「お、斎藤パイセンと金田パイセン! さっきからそんな神妙な顔でこっち見てどうしたんスか?」

「仲森殿。我々から少々気になることがあってな。少し時間をとっても宜しいか?」

「あ、全然良いっすよ! でも、この掃除を終わらせないとまたあのババアに怒られちゃうんで……よければこの後三人で飲みに行きませんか?」

「お、拙者もちょうどその気分だったでござる! 最近、全然ゆっくり話す機会が無かったでござるからな! 斎藤殿は?」

「お、おう。分かった。自分もストレスばっかり溜まってるから。俺も参加することにするよ」

「ウッス。では、決まりっスね! 全部終わったら店の前でまた集合しましょう!」


 そう言ってまた上機嫌になりながら楽しく掃除をする仲森君。


 やはり、何かがあったのだろう。きっと。


 しかし、この後に飲み会か……。

 いや、別に明日も夜から営業だし構わないのだが。


 二日酔いとかしないように気を付けないとな。うん。

 帰ったら水をたくさん飲んでしっかりと寝ることにしよう。


 それに、この二人と一緒に飲むのは久しぶりだしな。

 いつ以来だったか……たしかまだマスターが居た時だったのは間違いない。


 まあ、ここ最近は覚えていないぐらい忙しかったのだろう。


 でもちょうど良い。

 この前から小悪魔の来訪なり妹の説教なりでこっちも色々とあったからな。


 金田君と仲森君にはぜひ俺の愚痴を聞いてもらいたいところだ。


「そういえば斎藤殿。今週の土曜日に有休を取ったらしいでござるな? 何か用事でも?」

「あ、ああ。用事っちゃ用事なんだけど……。できれば取りたくなかったというか」

「な、なぬ。あの斎藤殿のことだから拙者は店の事よりももっと重大な用があると思っていたのでござるが」

「い、いや。金田君。君も知っていると思うが、実はが原因で――」

「な――ッ!? ま、まさか斎藤殿。お主は自ら死に行くつもりかッ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ金田君! 大丈夫、俺は死なないから!」

「そ、そんなこと言われても。あ、あやつらに何をされるか分からないでござろう……?」


 不安そうにこちらを見つめる金田君。


 確かに彼の言う通りだ。

 あの小悪魔が何を企んで俺にあんなものを渡したのかは分からない。


 ただ、行かなかったら行かなかったで後から面倒なことが絶対に起こる。

 そう予感させるぐらいに、俺自身も成長できたということだろう。


 しかしながら、本当のところは行きたくない。

 芸能関係者の人だったらまだしも、一般人があんな特等席のチケットなんて持ってたらかなり目立つからな。


 まあ、兵藤さんにこの事はもう話してはいるのだが……。

 く、あの人もあの人で謎に面白がっていたし。


 その分、次の日は倍で働け、なんて言われたりもしたが。


「と、とにかく。なんとかやり過ごそうと思ってるから。そんなに泣きそうな顔をしなくても良いぞ?」

「う、うぅ……斎藤殿ぉ! せ、拙者はお主の命が取られないか心配でござる!」

「ま、まあ。何とかなるよ……たぶん。向こうも目立つようなことはあまりしないと思うし」

「さ、斎藤殿がそこまで言うのであれば、我もこれ以上無理強いはしないでござるが……気を付けて行くのだぞ?」

「おう。ありがとな、心配してくれて」


 うん。やっぱり金田君は最高だ。

 いや違う。もう結婚したいぐらいラブと言っても良いかもしれない。


 やはり女性よりも男友達。

 親友に限るな。こればかりは。


 って、いかんいかん。

 今はまだ仕事中だった。


 これを早く終わらせないと、せっかくの美味しいお酒が飲めなくなってしまう。


 く、しょうがない。

 ここはラストスパートをかけて全力でお掃除をすることにしよう。





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