第4話 完全なる敗北

 カランカラン、とドアベルが鳴った時は来客の合図。

 この頃、接客にもだいぶ慣れてきたっぽいし。うん。


 俺の第二の人生、好スタートといった所だな。


 まあ、そろそろマスターに美味しいカクテルの作り方を教えてもらいたいのだが……。

 どうやら俺にはまだまだ早いらしい。


 って、それよりもあれ。

 この人、一昨日にも会った気が……。


「やっほー! 大介君っ! ふふ、また来ちゃったっ!」


 そう言って左手で口を添えて微笑みながらこちらを見る女性。

 黒のサングラスに綺麗な容姿ではあるが……。


 というか、何で名前呼びなんだ……。

 まあ、こっちは名札にフルネーム付けてるから好きに呼んでくれて構わないのだが。


 って、ああ。思い出した。

 あの超酒癖悪い人じゃねえか。


 せっかくここまで常連客と良い感じの雰囲気が出ていたというのに。

 ふ、まあいい。


 自分の内心を表に出さないのが俺の強みだからな。

 ここは整然と、接客業として当たり前の対応を取らねば。


「一之瀬様、先日はご来店ありがとうございます。カウンター席で宜しいですか?」

「うん、お願いっ」

「では、一番奥の席に案内します。こちらの席にどうぞ」


 そうしてカウンターの一番左側、丁度マスターがいる所の前に移動する。

 今日は予約も少なく、時間も深夜帯であるためそこまで混むことはないだろう。


 マスターもこの頃、材料の調達なりで忙しくしてたからな……。


「らっしゃいっ! 嬢ちゃん、今回で二回目だろ? 素直に来てくれてこっちは嬉しいぜ!」

「いえいえー! とんでもないですよ店長さん! ここの店、お酒とても美味しいですし、仕事帰りにぴったりの場所ですしっ!」

「ハハハッ! まあ、こんな町外れた所にBarがあるのも珍しいからな。よく常連客のサラリーマン達にも同じことを言われるぜ」

「えへへ、そうですかーっ! あーでも、ここって遅い時間帯でしかやってないんですよね?」

「まあそうだな。うちは夜の九時に開店して、そこから夜中の二時まで。他の都会に比べちゃ、これでもかなり短い方だけどな」

「ほほぉ……なるほどー」


 ここのBarは俺とマスターと、裏方で働いてる従業員二人のシフト制でほとんど切り盛りしている。


 田舎であるためそこまで建物も大きくないし、少人数制ではあるが、全然まわらないといった状況はほとんどない。


 まあ、客が混む時はかなり辛いけどな……。


 そういえば、芸能界でもスポンサーとか会場の手配とかで色々と働いてたな。


 六年近くやってきた身としては、いつ過労死してもおかしくないレベルではあったが。


 ふ、今となっては、もう自由に生かさせてもらってるぜ。

 社長さんよ。



「ねね、大介君。この前飲んだやつとはまた別のもの飲みたいからさー。またあなたのオススメ、教えてくれると嬉しいなー?」


 く、しかしこの状況。

 今回はマスターだけで逃げ切れると思ったのに。


 はあ……。ちゃんと節度のある人であれば喜んで引き受けるんだが。

 ってかこれ、裏にいる金田君に任せた方が絶対に良くないか。


 俺、もう疲れたーって言えば一発だし。

 うん。そうしよう。


 その方が役割分担できるし。何より俺ばっかり接客やっててもお客さん、つまらないだろうからな。うん。


 絶対にその方が良い。絶対に。


「あー、えっとすみません。俺はもうそろそろ小休憩に入るので、裏方にいる金田君に頼んで交代を……」

「むーっ。超可愛い女性がこーんなにおねだりしてるのに、そんな酷いことしちゃうんだー? ふぅーん?」

「え、えーと。この前みたく、俺が相手で泥酔しちゃうと困るので……」

「ふーん……あっ。もしかしてだけどー、私の事、お持ち帰りしたいってこと? もーエッチだなー大介君っ♪」


 いや、するわけないだろ。

 というか、今の会話でどうなったらそういう発想が生まれてくるんだ。


 え。もしかして、あれか?

 これが世間一般でよく言われてる、ビッチというヤツか?


 く、まじで何なんだ。

 そういえば芸能界にもコイツと似たような奴、いたな。


 名前は興味無いから、もちろん忘れたけど。


「坊ちゃん。たまにはこういう相手をするのも一つの勉強だ。ここは一度、試練を乗り越える時じゃないのか?」


 う……ま、マスター。

 そんなキツいこと言わないでくれよ。


 めちゃくちゃ良いセリフのように聞こえるけど、俺にとってそれは辛い以外の何物でもないんだぜ……?


「ふふっ。ほらほら。店長さんにも言われてるよーっ? この状況で君、断れるのかなー?」

「うっ……」

「あーあ。明日せっかくオフなのに、誰か今日、私の心を癒してくれる人はいないかなー?」

「くっ……」

「君が相手してくれないんだったら、もう私、この店には来ないかなー?」


 こ、このビッチめ……。

 マスターの前で俺が逆らえないように、ここまでわざと誘導しやがったな……。


 く、これはダメだ。敗北だ。

 完全なる敗北。

 もうこれは認めるしかない。このビッチの言いなりになるしかないな。

 うん。いや、まじで。


「はぁ……わかりました。じゃあ、謹んでお相手させていただきます」

「えへへっ、やった♪」


 そうして、なんやかんやでこの前と同様。

 二時間ほど付き合わされる羽目になったわけだが……。




 この時点で、俺は気づくべきだったんだ。



 目の前にいるこの女性が、であるということに……。






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