第20話 修羅場(Level1)

 さて。まずは状況を整理しよう。

 俺は今日、休養日でぐーたら生活を送るはずだった。


 普段の仕事の疲れを癒すための貴重な一日だ。

 これを逃せば、次の一週間を耐えることは不可能といっても過言ではない。


 だからこそ、休日という日を存分に楽しむこのスタイルを崩すわけにはいかなかったのだ。


 しかしながら、そんな甘い夢は一瞬で壊される。

 どこぞの小悪魔……影山蜜柑というこの国でも有名な女優が来たせいで早朝から叩き起こされたのが一つの要因だ。


 もうこれだけでも疲労感が半端ではないというのに、更に追い打ちをかけるかのように距離間を詰めてくる彼女。


 そこで、質問は上限二つまでという鬼の条件を付け渡された。


 また、その条件を達成するためには彼女の空腹を満たさなければいけなかったため、ソイツの分の朝食まで作るハメに。


 そして、ようやく評価がおりた所で、その小悪魔と情報共有を行っている最中だったのだが……。


 今度は、なんともまあ悪いタイミングで別の最悪な人物がやってきてしまった。


 いや。最悪というべきか、いつものことなら最愛と言う所なのだが……。

 この状況ではそう言わざるをえないだろう。


 俺の妹——斎藤優佳が来てしまったのだから。


「ちょっと兄貴。そんな所に突っ立ってたら中に入れないんだけど?」

「お、おう。いやしかし待て優佳。こんな朝早くから急にどうしたんだ」

「は? え、なに。可愛い妹が来てあげてるってのに用事がないと来ちゃダメなワケ?」

「い、いや。そんなことは無いんだが……」


 ま、まずい。

 これは非常にまずいぞ。


 いや、なにがヤバいかって。

 俺がこんな早朝に部屋で女性と二人きりの所を妹に見られたら……。


 うん。想像しただけでも先の展開が分かってしまうな。

 いわゆる予知夢ってやつだよこれは。


 いや、しかしこの状況を乗り越えるには一体どうしたら――。


「あれー? 大介先輩、こんな朝早くから他の女性と約束でもしてたんですかー? やらしー」

「は? え、どうして女? し、しかも貴方ってあの女優の……?」


 うん。終わったな。

 これは完全に終わった。


 というか、君は君で何でそんなにすんなりと登場できるんだ。

 せめて俺に少しぐらい猶予をくれても良かったんじゃないか。


 いや、でもこれは完全にこの小悪魔を家に入れてしまった俺のミスだな。


 うん。仕方ない。

 ここは断腸の思いで自分の身を切るしかないということだろう。


「えーと。まずは色々と誤解を解きたいから中で話を――」

「ねえオニイチャン? コレハドーユウコトナノカナ?」

「いや待て優佳。これには様々な事情があってだな。コイツと俺は芸能時代からの知り合いだったんだ。お前には言ってなかったかもしれんが、コイツはあの水瀬ともよく仕事してたから」

「へえ。そうなんだ。で? どうしてオニイチャンがあの影山蜜柑と一緒にいるワケ?」

「そ、それはだな—―」


 そうして疑惑と怒りの目をむけてくる優佳。

 表情からして、相当ご立腹であることがすぐ窺える。


 さて、この先どう言い訳をしたら良いものか。

 素直に本当の事を言ったとしても、更に謎が深まるだけだと思うし……。


 く。神よ。

 どうか俺にこの状況から打破する力を与えてくれ。


「あれ、先輩って妹居たんですねー。ふふっ。なーんだ。ちょっと安心しちゃったっ!」

「いや、どこかだよ。というか、こうなった元凶はすべてお前の責任だろうが」

「もー酷いなぁーせぇんぱいっ。私ー、こう見えて結構周りから優しいって言われるんですよー?」

「さっきも言ったがお前の優しいは当てにならんからな? ってそんなことより、影山も一緒に妹の誤解を解いてほしいんだが」

「えー。それはどうしよっかなー? あ、たしかこの状況って、修羅場ってやつでしたっけ? ふふ、なんか面白そうだからこのまま続行しても良さそうな感じしますけどー」

「いや、まじでやめてくれ。そんなことしたらもう俺の胃が持たねえから」


 いや。もう本当に。

 勘弁してくれよまじで。


 く。しかも、コイツはコイツでこの状況を楽しんでやがるし。


 なんだよ、その余裕の笑みは。

 絶対におかしいだろ。どう考えても。


「ふふっ。仕方ないなあ先輩。ここは可愛い後輩である私に免じて貸し一つ、ですからねっ」

「お前に貸し一つなんてやるわけないだろ。また面倒な事になるに決まってるんだからな」

「もうっ。本当に大介先輩って素直じゃないんだから。まあでも、そういう所が好きなんですけどねー」

「その言葉は絶対に信用しないぞ……まじで」


 そういう騙しのセリフには引っ掛からないぞ俺は。

 心は鉄の魂で出来ているからな。


 あまり甘く見ると、いつか絶対にやられるし……。


 って、あ。やべえ。

 優佳がもうさっきより……。


 こ、これはご機嫌斜めというか何というか。

 俺たちの方をじっと観察して――。


「えっとー。大介先輩の妹さん……だよね? 名前は何て言うのかな?」

「さ、斎藤優佳ですけど」

「へえー! 優佳ちゃんって言うんだー! あ、私のことはもう知ってるとも思うけど影山蜜柑って言うよー。名前は好きに呼んでくれて良いからねっ?」

「じゃあ……蜜柑さんで。それで、兄とは一体どういう関係なんですか?」

「ふふっ。いきなりそれ聞いちゃう? もし、イケない関係だったら優佳ちゃんはどーする?」

「――ッ!! そ、それは! あ、兄は貴方みたいな人とは付き合ったりしません!」

「ふーん。じゃあ、蜜柑が先輩の彼女じゃないと思ってるんだねー優佳ちゃんは」

「あ、当たり前です。こう見えても兄はちゃんとしている人なので。わ、私を抜きにして勝手に彼女作るなんてあり得ないですから」


 おおう……。これはまた大胆なことを。


 というか、今思ったことなんだけど。

 俺って彼女作る時、妹に必ず話を通さないといけないのか……。


 あれ。そんなこと優佳と約束してたっけ……。

 いや、そんな話したことないぞ。たぶん。


「ふふっ。随分と妹に信頼されてるらしいじゃないですか。大介先輩」

「ま、まあ優佳ももう成人だしな。そのぐらいの年になればある程度の兄妹関係は築けているというか――」

「ちょっとオニイチャン? なにそんな偉そうなことを言ってるの? バカなの?」

「ハイ。スミマセンデシタ」


 そうして平謝りをするしかない俺。


 普段から兄貴としか呼ばないあの優佳が、片言ではあるがお兄ちゃんだなんて何年ぶりだろうか。

 ま、まあすげえ片言なんだけど。


 たぶんこれ。

 後からたっぷり説教されるパターンかな……。うん。


 未だに俺の事、睨みつけてるし。


「と、とにかく。貴方は一体兄の何なんですかっ」

「ふふ。もうせっかちだなー優佳ちゃん。蜜柑はただの先輩の後輩だよー。それ以上でもそれ以下でもない。これでオーケーかな?」

「だ、だからって。こんな朝早くから兄の家に居るなんて絶対におかしいじゃないですか!」

「えー。まあそれは先輩と私の仲だからとしか言いようがないかなー。優佳ちゃんにはちょーっとだけ、この大人の事情ってやつは分からないかもねー」

「わ、私だってもう大人です。何でそんなに秘密主義ぶるんですか? 女優のくせして、あまり優秀じゃなさそうですね」

「ふーん……。ちょっと挑発することだけが上手いのは褒めてあげるよ。でも、そんなことで私に勝てるとでも思ってるのかな?」

「何を言っているのかさっぱり分かりませんが、私の兄に悪影響を与えるような人は絶対に許しません!」


 ちょ、ちょっと待て。

 二人とも、少しヒートアップしすぎじゃないか?


 いや、君たち本当に初対面だよな。


 これはもしかして、あれか。

 絶対的に相性の悪い者同士が会話するとこうなってしまうということなのか。


 っていかんいかん。

 そんな思いに耽っている場合じゃねえ。


 ここで騒がれると近所迷惑だし、何せ犬の散歩している爺さん婆さん達がさっきからちらちらとこっちの様子を窺ってるし。


 だ、だめだ。とりあえず一旦止めさせないと。


「な、なあお二人さん。ここで話すのも何だし、ちょっと部屋の中に入って休憩でも――」


「「兄貴(先輩)は黙ってて」」

「……ハイ。スミマセン」


 うん。ごめんよ皆。

 俺にはこの二人を止めることは無理だわ。


 く。ここにもしマスターがいたらどう対処してたんだろうな……。

 今の俺じゃどう頑張っても無理っすよ……これ。


 って、ん?

 なんか影山の方から着信の音が――。


 こ、これはもしかして助かった……のか?


「って、あちゃー。マネージャーからだ。あーあ、もうちょっとここで潰したかったけど時間切れ来ちゃったかー」

「……電話に早く出た方が良いんじゃないですか?」

「うん。でも後から折り返しで入れるから大丈夫だよ。優佳ちゃんはこれから大介先輩とおうちデートでもするのかな?」

「は、ハア!? そ、そんな破廉恥なことするワケないじゃないですかッ! もう蜜柑さんなんて知りませんっ!」

「ふふっ。からかい甲斐があるのは大介先輩と似てるなー。ちょっとだけ可愛い所あるじゃんっ」

「ば、バカにしてるんですか……?」

「いやー全然? むしろ好感度アップだよー優佳ちゃんっ♪」


 そう言って妹の頭をナデナデしながら余裕の表情を浮かべる影山。

 それに対して、なぜか悔しそうに口元を噛んで涙目で睨みつける優佳。


 いや、なんかこれ。

 もう完全に姉妹だよな。


 俺の入る余地が無いというか。

 でも、何でかは知らないけどこれだけでは終わらないような……。


 い、いや。そんなことはないはずだ。

 彼女たちはもう大人だしな。うん。


 俺が何をやるまでもないのだろう。きっと。

 

「あ、先輩。次はで待ってますからねー! ふふっ。絶対の絶対に来てくださいよー?」

「え? お、おい影山。それはどういう――」

「ではではー。私はここでお先に失礼しますねー!」


 そう言って影山は意味ありげな笑みを浮かべながら手を振り、こちらの元から去っていく。


 おいちょっと待て。

 俺はまだお前に聞きたいことがあったんだが。


 あれか。これが勝ち逃げというやつなのか。

 なんかものすごい敗北感があるんだが。


 くっ。しかも結局、今日の収穫は俺にとってほぼゼロじゃねえか。

 

 ま、まあいい。

 これで残りの自由が確保されたわけだしな。うん。


 昼から存分に寝て、今までのことは全部忘れよう。

 きっとこれも夢だと思えば軽いもんだからな。


 まあ後は……妹のご機嫌を取るというミッションが残されているわけなのだが――。


「え、えーと優佳さんや」

「……なに」

「と、とりあえず部屋の中に入ります?」

「当たり前でしょ? 今更何言ってんの?」

「で、デスヨネー」

「さっきのこと。後でみっちりと聞かせてもらいますからね」

「……ハイ」


 うん。これはどうやら時間が長くなりそうだ。







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