第18話 燻る

 球技大会はテストの翌日、全授業を返上して行われる。

 午前は女子の部、午後は男子の部だ。

 バレーボールが体育館で、サッカーがグラウンドでそれぞれ競技をすることになる。

 自分が競技に参加しない間、どちらの応援に行くかは自由。

 俺は一応指導した身として、聖良の参加するサッカーを観戦するつもりだ。

 実際多くの生徒にとって応援に身が入るのは本命競技であるバレーボールなのだろうが、そっちは七瀬の率いる2-Aが危なげなく獲ることだろう。

 バレーボールの決勝はサッカーの決勝後に行われる午前の目玉となので、その時だけ顔を出そうかという程度である。


「ねえちょっと、青山、霧島」


 午前中、女子の部が始まるため生徒たちが移動を始めた頃。

 教室を出ようとした俺と霧島は七瀬によって呼び止められた。

 他のクラスメイトは、聖良も含めてすでに教室を後にしている。


「あんたらさ、やる気ないでしょ」


 相変わらず軽い雰囲気で、痛いところをついてくる。

 それもこれも、七瀬が俺たちのことを十分に理解している証拠だ。


「まぁ、そうだねぇ。特に頑張る理由もないし」


 霧島はポリポリとらっきょうを摘まみながら覇気なく答える。


「青山は? センパイにあんな発破かけられて、それでもダメ?」

「いや、俺には何も関係ないし。ぜんぶ見当違い。俺がやる気を出す理由ななんてどこにもない」

「ふーん。……なら、どうして聖良はセンパイの宣戦布告を受け入れたのかしらね」


 意味ありげに呟く七瀬。

 知るかよ、そんなこと。

 俺が聞きたいくらいだ。

 聖良の考えることなど、今更考えたって仕方がない。

 俺が負けて、聖良はあの小早川先輩のものになる。それだけ。それを承諾したのは他でもない聖良だ。

 彼氏持ちでありながら、まったく何を考えているのか。


「まぁ、それはいーんだけどさ。あたしとしてはどーでも」

「意外と薄情な」

「だって聖良って、あたしの助けがいるような人間に見えないもの。あんたが勝手に腐るのはどうでもいいし」

「ちょっと七瀬さん? 俺の扱い酷くない?」

「ふん。救えないバカのことなんて、あたし知らなーい」


 なんだか、いつもより七瀬の当たりが強い気がする。

 何かしただろうか。俺は先日の書記をやらされた件のお礼を未だ求めていないぐう聖だというのに。

 それともそれは、七瀬なりの挑発でもあったのか。


 七瀬は宣戦布告のことは置いておいて、と語り始める。


「あんたたちみたいなバカはさ、こういう機会にアピールするしかないの」

「あ?」

「アピールって?」


 霧島とふたり、クエスチョンマークが浮かんだ。


「体育祭でも文化祭でもそうだけどさ、バカな男子がやる気になってくれるのって有り難いもんだよ。そう言うときの男子って、格好いいもんだよ」

「はあ……」

「そして、女子ってね、意外とそう言うときの男子をちゃんと見てるんだよ。頑張ってる姿に、きゅんときたりしちゃうものなんだよ」

「そういうもんかねぇ」


 そんなことを言われても、文化祭の出し物ならともかく、球技大会や体育祭じゃ活躍できる人間は限られている。

 それこそ、今回で言えばサッカー部主将である小早川先輩のためにサッカーがあるようなものだ。

 どんなにやる気を出そうと、俺たち脇役はピエロにしかならない。


 煮え切れらない返事をする俺たちにしびれを切らしたように、七瀬はその手を振り上げる。


「もうっ、カノジョ欲しいあんたが、こんな大舞台を盛り上げないでどうすんの! 今日はあんたのための舞台でしょう!?」

「いてっ……!? 叩くなよ……っ」


 俺の文句も聞かず、七瀬は次に霧島へ詰め寄る。


「霧島も! あんたの顔はらっきょうでプラマイゼロなんだから! こんな時くらい、いいとこ見せてよ!」


 背中を叩かれ、バシッといい音が鳴った。


「うわっ。やっぱ痛いとこつくねえ七瀬ちゃん」


 それぞれを一回ずつ引っ叩いた後、我らが委員長で、腐れ縁の一人である彼女は今一度俺たちの前に仁王立ちする。

 

(ん……?)


 その時、ふと気づいた。

 七瀬の息が少し乱れている。

 こんな、俺と霧島を叩いただけで……?


「おい、七瀬――――」

「――――色々考えたけどさ、あんたらを焚きつける方法とか、あたしには分かんなかった。だからさ、あとあたしが言えるのはこんだけ」


 俺の疑問は当の本人によって遮られる。再度口を開く暇を与えてはくれない。

 それから七瀬はふっと力を抜き、眩しいくらいの笑顔を見せた。


「あたし、目一杯応援するからさ。声出すからさ。だから、たまには見せてよ! あんたらの格好いいとこ! そして、見せてやってよ。あたしの親友二人は、こんなに格好いいんだって!」


 七瀬はこちらに背を向け駆け出すと教室の戸に手をかけるが、再度こちらを振り返る。


「獲るよ、四冠。絶対だから。あんたたちなら、3年のセンパイにも負けないから」


 強く、念を押す。

 それはまるで自分を鼓舞するかのようで。

 そして、まるで俺たちに勝ってもらわなきゃ困るかのようで。

 最後の、悪あがきをしているかのようで。

 散々に言いたい放題言った七瀬はもう一度こちらへ笑いかけると、体育館へ向かった。


「どうする、大将? 七瀬ちゃんはああ言ってたけど」

「さあなぁ……なんとも」

「そっかぁ。僕はけっこうやる気になったけどねぇ。ま、それで勝てれば苦労もないけれど」

「それなぁ」


 生返事をしながら、俺はグラウンドへ向かった。

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