第4話 最悪の再会
「ふふ。ふふふ。ふふっ、あはは。あははははは」
駅前の雑踏に、不気味とも思えるような少女の笑い声が響く。
「おい。なんなんだよおまえ。何がおかしいんだよ、おい!」
「ほんとに?」
「え?」
「ほんとにほんと?」
「なにが」
「ほんとにっ、本気でっ、気づかなかったんですか? 篠崎聖良が、高峰聖良だって!」
人が変わったように、聖良はにやついた笑みを見せる。
「あんなに一緒にいたのにね。あんなに遊んだのにね。ご飯も一緒に食べたのにね。でも、そうだよね。なつくんにとっては、その程度のことだよね。忘れていて、当然だよね。そうだよね。おバカで、おデブで、ブスで、地味だった私の――――告白なんて。忘れているんだよね」
「ん……なっ……! おまえ、やっぱり……!」
「そうですよ。私は高峰聖良。篠崎聖良がウソと言うわけではないんですが、でも、あなたにとっては高峰聖良です。あなたの大嫌いな、幼馴染です」
そんな、ウソだろ?
でも、否定しようとすればするほど、記憶の中の高峰聖良と目の前の高峰聖良がリンクしていく。
いくら可愛くなったとしても、綺麗になったとしても、その中に昔の面影を見つけてしまった。
特に、今の聖良は自分を偽っていない。
今ならわかる。さっきまでの笑顔がすべて、作られたものであったことが。
今目の前にいる女が、幼馴染だということが。
それなら、今日の俺はなんだ?
昔フッた女に、泣かせた女に、俺は一目惚れして、ナンパして、街を連れ歩いていたっていうのか?
聖良は最初からそれに気づいていた?
とんだ大まぬけの、道化野郎じゃないか。
「さすが、頭の回転は速いですね、なつくん。状況は理解できましたか? くす……自分がどんなに滑稽で、お笑いだったのかも」
「おまえ……」
「でも大丈夫。安心してください。私は変わりました。こんなに可愛くなりました。あなたのせいで。あなたのおかげで。今の私になれたんです。昔の私とは、似ても似つかない。だから、気づかなくても仕方がないんです」
相変わらずの笑みを張り付けながら、聖良は続ける。
「それで、どうでしたか?」
「あ? 何がだよ……」
「今の私です」
先ほど恋人岬でしたのと同じように、しかしまったく異なって見える憎たらしい表情で、聖良は上目遣いを寄せる。
「好きに、なっちゃいましたか?」
「そ、……そんなわけ……」
「え~、そうですか~?」
聖良は楽しそうに声を弾ませると、跳ぶように俺から離れた。
そして演劇でもするようにさらさらと、大げさな声音で台詞を吐く。
「出会った時、私に思いきり見惚れていたくせに?」
「それは……」
「すかさずお茶に誘って、あーん♪ に、とってもとっても緊張していたくせに?」
「………………」
「さっきは、抱きしめようとまでしてくれたのに?」
「………………」
何も言い返すことが出来なかった。
聖良を引止め、お茶に誘った時点で、いや、彼女に気づかなかった時点で俺の敗北は決まっていたんだ。
「ぜんぶ気づいてますよ、ぜんぶ。鼻の下伸びすぎ。いやらしい。ナンパをするならもう少し気を付けた方がいいのではないかと」
「ぐ……っ」
やめろ。これ以上喋るな。
今日の赤っ恥は甘んじて受け入れるから、さっさと俺の前から消えてくれ。
それとも、そこまで俺のことを恨んでいるとでも言うのか?
たかだか、子供の頃の告白くらいで。
「そうですね、たかだが一回、子供の頃に、フラれただけです。おバカ、おデブ、ブス、地味。――――大嫌い。たくさん酷いことも言われて、当時の私はいっぱいいっぱい傷ついて、あなたから距離をとるに至りましたが、それも、今は昔と笑いましょう。私は寛大です」
「だから、何だって言うんだ。謝れば気が済むのか?」
この場で土下座でもしろと?
「いえいえ。謝罪なんて必要ありません。むしろ、今の私になれたことを感謝しているくらいですよ。おかげで、とってもモテモテです」
「じゃあ、おまえの目的は何だって言うんだ。なぜ今更俺に近づいた」
「うーん、今日のことは全くの偶然で目的も何もないのですが……でも、強いて言うなら……」
にやぁっと、聖良は唇を吊り上げる。
「告白、してみましょうか? あなたが、私に」
「は?」
「好きなんでしょう? 私のこと。好きになってしまったんでしょう?」
「だから、そんなわけねえつってんだろ!?」
たかが一日一緒にいただけで。
一目惚れなんて信じていないって何度も言ってる。
よしんば好きになっていたとして、ここまで笑い者にされて、好きのままでいるはずがない。
「――――ほんとうに?」
むにゅ――――と、右手が柔らかな感触に支配された。
「おま、なにして……っ!」
「ドキドキ。ドキドキ」
右手が聖良の胸に当てられている。
信じられないほどに柔らかいそれは、吸いつく様に俺の手を離さない。
「ドキドキ。ドキドキ。していますよね? どんどん早くなりますよね。好きですもんね。私のこと。分かりますよ?」
言われて気づく。こんな状況でありながら、興奮は留まることを知らない。鼓動は主張を繰り返す。初恋の鼓動を伝え続ける。
「ねえねえ、あのおにーちゃんたち何してるのー?」
「バカッ、見ちゃいけませんっ」
「――――っ!? い、いい加減にしろよ!?」
ギャラリーの存在に気づいて、慌てて手を放す。
「ふふ。夢中になってたくせに。どうですか? 気持ち良かったですか? 私の……」
「やめろ、それ以上言うな」
「いくら取り繕っても、隠せませんよ。なくなりませんよ。恋心って、そういうものです。勝手に心の奥深くを巣食い始めるくせに、そう簡単に排除できない。消えてくれない。たとえ、好きな人に笑われようと、傷つけられようと、ね?」
「…………っ」
「それで、どうでしょう? 告白してみては? まぁ、返事には期待しないで頂きたいものですが。あ、それともさっきの岬へ戻りましょうか? そこなら、期待できるかもしれませんよ? ほら、ジンクスって、あるじゃないですかぁ。私のキモチも変わるかも? あーいえいえ、フるなんて、一言も言ってませんがね? クスクス」
愉快すぎて仕方がないと言った様子の聖良の言葉を聞きながら、怒りに震えながら、それでも思い浮かぶのは今日一日のこと。
(あー、楽しかったなあ)
やっとカノジョできるかもって、本気で思ったんだけどな。
何度も見せてくれた笑顔が脳裏によみがえる。
(あー、辛いなあ)
でも、こんな結末を導いてしまったのは俺だから。
過去の俺が原因だから。
聖良を傷つけたのは、間違いなく、俺だったから。
俺には怒る資格すらもないのだろう。全面的に俺が悪い。昔の俺はそれほどまでに、クズだった。
「すまなかった。謝るよ、本当に。これで昔のことがチャラになるとは思わない。だけど、今日はもう……帰ってくれ」
「そうですか。はい。わかりました」
絞り出すように言うと、聖良は思いのほか軽い口調で、あっさりと引き下がった。
「いいのか?」
「もちろん。今日はやりすぎましたね。私も、ごめんなさい。…………ごめんね」
聖良はスッと頭を下げる。
その軽さが、逆に不気味さを醸し出しているようにさえ思える。
「最後に、凪月さん」
「なんだよ」
「私、今日はとってもとっても、楽しかったです。ありがとうございました」
「もういいって、そういうのは」
何を言われたって、もう信じられない。
「そうですね、言葉だけでは信じてもらえません。感情は伝わりません。だから、人間は行動するのです」
タタタッと、聖良はこちらへ駆け出す。
そしてその勢いのまま、俺の胸に両手をつく。
「――――――――ちゅ」
聖良は流れるように俺の頬へキスをして、
「それでは、また。告白、お待ちしていますね」
再び駅の方へと駆け出した。
と思った矢先、聖良は再度立ち止まっていやらしく笑顔を見せる。
「まぁ私、彼氏いるんですけど」
最後にそう言い残して、今度こそ聖良は改札へ消えた。
そうして、俺と幼馴染――――高峰聖良の最悪の再会は終わったのだった。
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