第5話 幼い告白

 昔、俺にはモテ期というものがあったように思う。

 周りの同年代より少しだけ聡く、身体の成長も早くて運動もできた俺はそりゃあもう天狗になっていた。


 誰より勉強ができた。

 サッカークラブでは上級生でさえねじ伏せた。


 神童などと持て囃され、大人にだって負けることはないと思っていた。


 そんな世間知らずのガキ大将が、同年代の女子には思いのほか好評だったのだ。


 だから異性との交友関係に悩むことなどなかったわけなのだが、それが恋愛となると話はべつだ。

 あの頃は色恋になど興味はなかったし、男友達と遊んでいる方が楽しかった。

 どれだけの女子が寄ってこようと、追っ払っていた。


 要するに、多くの人間がそうであるように、女子たちの方がちんけな俺なんかより精神的な成長が早かったのだろう。

 しかしそれでも、ずっと俺の隣にいようとした女が一人いた。


 それが、高峰聖良たかみねせいら

 幼稚園の頃はそれこそ仲睦まじく、毎日一緒に遊んでいたのだろう。

 だけどあの頃の俺にとってはやはり、彼女も煩わしい存在だった。

 なにせ聖良はドン臭く、頭も悪くて、顔だってとても可愛いとは言えなかった。

 一緒にいると、そんな聖良と俺が付き合っているんじゃないか、などとクラスメイトに囃し立てられるのがすごく嫌だった。

 だから俺は気づけば、聖良と距離を取るようになっていたんだ。


「ま、待ってよ、なつくん。私も一緒に行きたいよ……」

「付いてくんなって。どっか行けよおまえ」


 そう言って、突き放した。

 だけど聖良は一向に俺から離れようとしない。


「なつくんっ、今日は一緒に、遊んでくれる?」


 そんな彼女がウザったくも、追い払いきれない日だってたまにはある。


「…………ちっ、仕方ねえな。みんなが来たらどっかいけよ?」

「うんっ、なつくんと遊ぶの久しぶりで、うれしいっ」


 聖良は感情をはっきりと伝えてくる。


「がんばれ、がんばれ。なつくん、がんばれ~っ」

「いやおまえも手伝えよっ。てかなんで俺が砂遊びなんか……」


 文句を垂れながらもペチペチと砂を固めて、砂の城を建設する。


「だって私がやったらなつくんの邪魔になっちゃうよ……」

「楽しくないだろ。そんなことしてても。何も意味ないし」

「ううん。たのしいよ。私、なつくん応援するの、好き。サッカーのときだっていつも、たくさん応援する。応援、だいじ」

「……ふん」

「えへへ……」


 やっぱり素直な聖良は柔らかに笑って、俺は渋々と手を動かす。聖良といると、こんなことばかりだった。

 本当に、何が楽しいんだか。

 でも非情になりきれなくて、結局聖良といることを許してしまう自分に嫌気がさした。聖良と遊ぶ時間を、悪くないとも一瞬でも思ってしまう自分にもだ。


 そんな日々が続いて、苛立ちは募っていった。


 ある日、聖良がこんなこと言った。


「なつくん、私、私ね、なつくんのことが好きだよ……っ! なつくん、大好き……! ずっと一緒にいたい……!」


 拙くて、あまりにも幼い告白。

 しかもそれは、友達みんながいる前で。


 もちろん、途端に辺りは大騒ぎだ。

 散々に茶化された俺は、恥ずかしいやら怒りが湧いてくるやらで、聖良の手を取ると無理やりに引っ張ってその場を後にした。


「な、なつくん……待って。待ってよ……! 走るの、早いよぉ……おてて、痛いぃ……」

「っ……くそっ」

「きゃ……っ」


 手を放すと、聖良は勢いのまま躓いてすっ転んだ。

 闇雲に走って辿り着いたのは、子供の間でも一度は話題に挙がったことがある近所の告白スポット。


 恋人岬。

 

 街としてはフィーチャーしたいようだが、たいして人がいることもない寂れた場所だ。


「痛いよぉ……なつくん……」

「おまえさあ、いきなり何言ってんだよ!?」

「ふぇ……なつく……ん?」


 泣きじゃくる一歩手前の聖良に、俺は容赦なく怒鳴り散らした。


「わ、私……私はただ、その……なつくんにコクハク、したくて……。好きな人にはそうするんだって、その、ご本で読んだから……」

「本!? 告白!? なんだよそれ! だからって今することじゃないだろ!? 笑い者にされたのは俺なんだぞ!?」


 子供の頃というのは、男女のペアでいるのが恥ずかしいもので。告白なんてものはその最たるものだ。

 自分はどんなことも完璧にこなせる。

 くだらない自尊心に呑まれていた俺にとっては、クラスでの自分の立ち位置が何よりも重要だった。


「ふぇ……だ、だって私……その、え、えっと、ね……私、今度、ね………………しちゃうから、もうなつくんといっしょにいられ…………」

「ああ!? 声ちっさくて聞こえねえって! もっとはっきり喋れよ!」

「う、うん……ごめん。ごめんね……その……その、ね、……うぇ、うぇぇぇぇん……」


 必死に言葉を繋ごうとしていた聖良だが、あの頃は気弱だったこともありついには泣き出してしまった。

 そこでやっと、頭が少し冷えた俺は聖良に駆け寄る。


 どんな暴君も――――いや、バカな子供も、女の涙には弱かったらしい。


「お、おい泣くなよ。泣くなって」

「うん。ごめんね、ごめんね」

「謝るな。もういい。もういいから。早く泣き止め」

「うん……」


 それから泣き止むまで、俺は聖良をあやした。


 泣き止むと、聖良は少し期待した様子で視線を向ける。


「なつくん、なつくん」

「なんだよ」

「お、お返事、まだ聞いてないから」

「はあ? 返事?」

「こ、コクハクの、お返事」


 まだ言うのか、コイツは。そう思った。

 ここで俺はもう一度、バカをする。


「わ、わたし、なつくんのことが好き。なつくんは? なつくんは、せーらのこと、好き?」


「ふ、ふざけんなよっ。お、おまえを好きとか、そんなことあるわけないだろ! おまえなんか、バカだし、デブでブスだし、その上地味子じゃん! どうやって好きになんだよ! おまえのことなんか、大嫌いに決まってるだろ!? っ、――――あっ、い、いや、聖良? 今のは……」 


 この時ばかりは、俺もやってしまったと、幼いながらに気づいたのだ。

 言うべきじゃないことを口走った。

 このときの俺が聖良に恋心を抱いていなかったのは事実だと思うのだが、あの年にしてはまともな考え方が出来る方であったはずの俺には、もっといい選択肢があったはずなのだ。もっと言葉の選びようがあったはずなのだ。

 しかしそのためには、心の成長が取り残されていた。


「ごべ、ごべんなさい……そ、そうだよね……なつくん……私のこと嫌いだよね……」

「い、いやそれはさ……」

「ごめんね、ごめんね……」

「だから謝るなって! くそ、めんどくせえなあ! お、おまえはその……あれだよ! 幼馴染ってやつだ! 母ちゃんがそう言ってた!」

「おさな、なじみ……?」

「ああ! だからその……好きとか、ちげえけど! でも……ああその……えっと、だからさあ!」

「なつくん……?」


 その後、自分が何を口走っていたかは覚えていない。

 聖良はずっとずっと、泣いていた。

 俺の言葉なんて、何一つ届いていなかったかもしれない。

 でも、必死にフォローしようとしたのだとは思う。それが何の役に立ったのかは知らないが、確かなことがただ一つ。

 この日からまもなくして、聖良は隣の小学校へ転校した。

 それだけ分かれば、俺には十分だった。


 当然のことながらそれ以降、連絡のひとつも取ったことがない。


 だから、だからさ。


『告白してみましょうか? あなたが、私に』


 ざけんな。出来るわけないだろ。資格がない。意味もない。

 そもそもおまえ、彼氏いるとか言い残しやがって。くだらない。 

 

 だから。

 だからさ。


 俺たちの間に、物語なんてあり得ない。


 ましてやラブコメなど、決してあってはならないのだ。


 

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