第6話 俺のターン
「おはよう青山」
週明けの朝。
クーラーの冷気がまだ行き渡っていない教室には着々とクラスメイトたちが集まり始めていた。
そんな中、自席で夏の暑さと先日の件もあって項垂れ尽くしていた俺に話しかけてきたのはクラスメイトであり友人のひとり、
穏やかで物腰柔らかく、いつも微笑みを浮かべる学年一のイケメンにして、らっきょうが大好物で常に食べ歩いているという学年一の残念イケメン。
顔だけでモテはするものの、キスに至る頃には女子の方から逃げていくのは言うまでもない。
「……うっす。相変わらず臭いな霧島。ちょっと離れてくれる?」
「あのねえ青山、開口一番それは僕だって傷つくんだよ?」
「だったらそう言われないように努力しような」
「それは無理かな。あ、青山も食べる? 食べてしまえば僕の匂いも分からくなると思うよ?」
「全力で遠慮する」
霧島はイケメンだからこそ奇行がギリギリ許されているのだ。俺が教室でらっきょうパンデミックを起こしていたら女子からの殺意は免れない。
「マスクしろマスク」
「はーい」
素直にマスクを装着する霧島。
これで口臭が抑えられるのは良いのだが、余計にイケメン度が上がって騙される女子が増えてしまうのが憐れだ。どちらにとっても。
「で? 今日はどうしたの? 朝から機嫌悪そうだけど」
「暑いからだろ」
「またナンパに失敗した? しかも今回はなかなかの大物を逃したとみた。けっこう本気だったのかな」
「うぐ……ち、ちげえよ」
「当たりかー。まぁまぁ、元気だしなよ。ナンパなんてわざわざ頑張らなくても、街へ出れば女性の方から寄ってくるんだから」
「黙れラッ狂」
「まぁ、僕の場合はそこからが問題なんだけどねぇ。どうしてみんな逃げちゃうのかなぁ。らっきょう、美味しいのに」
言いながらもたいして気にした様子ではなく、霧島はらっきょうを頬張る。
恋愛に興味がないわけでもないだろうが、同種のモンスターを見つけるまでは気楽にやるスタンスなのだろう。
きっといつか、お似合いのニンニク女とかが見つかるさ。
「あ、そうそう。失恋したての青山にとびきりの情報があるよ」
「失恋してない。が、なんだよ情報って。合コンでも組んでくれんの」
「今日、このクラスに転校生が来るんだって」
「転校生ぇ? こんな時期に? なんで?」
「さあ。詳しいことは知らないけどね」
季節外れの転校生か。
いかにもな展開だ。これで男子生徒の主人公枠がやって来るとかは勘弁してほしいが、美少女転校生であれば俺にも可能性がある。
嫌なことはさっさと忘れて切り替えたい。そのチャンスだ。
「あ、それあたしも聞いたわよ? けっこう噂になってるし」
「お、七瀬か。おっす」
「ちゃおちゃお~、青山、それに霧島も」
「おはよう七瀬ちゃん」
気さくに会話へ入ってきたのは
亜麻色の髪のハーフアップが特徴的なこのクラスの学級委員だ。文武両道、才色兼備、八方美人で我らが柏原高校のアイドル的存在でもある。
「で、女か? 女だな? 女なんだろ? そうだと言ってくれ。俺、七瀬ちゃん信じてる」
「え? なに? なんでそんな食い気味なのよあんた……」
「青山はまたフラれてご乱心なんだ」
「にゃーんだそういうこと……くだらにゃーい」
「くだらなくねえしフラれてねえ! そもそも、おまえらが枯れてんだよ!」
「なにおー? 枯れてませんー。あたしは、今の学校生活が充実してるんですー」
「けっ。はいはい。これだからモテモテのアイドル様はいいですね。作ろうと思えば恋人なんか一瞬だもんな。俺と違って余裕ですよねー」
「はあー?」
「事実だろ」
「ムカつくー。コイツ蹴り飛ばしていーい?」
七瀬がほどよく引き締まった美脚を振り上げる。
「まぁまぁ、落ち着きなよ二人とも。それって、七瀬ちゃんは彼氏作るよりも僕たちと一緒にいることを優先してくれてるってことでしょ? とっても嬉しいことじゃない」
「はあ!? ちょ、霧島!? あんた何勝手に解釈してんのよ!? そんなこと誰も言ってなーい!」
「赤くなっちゃってー。七瀬ちゃんは可愛いなぁ。青山もそう思うでしょ?」
「ん、あー、そうだなぁ。可愛い可愛い。俺たちの紅一点マジ感謝」
蹴られるのは嫌だし、苛立ちをぶつけてしまった節もあるので霧島の目配せに合わせる。
霧島とふたりで褒め殺し大勢だ。中学からの付き合いの俺たちはお互いの扱い方を心得ている。
「ふ、ふんっ。なによ二人して。都合のいいことばっかり。可愛くなーい」
七瀬は最終的に満更でもなさそうに真っ赤な顔で鼻を鳴らしたのだった。
「それでだいぶ話は逸れたけど、七瀬ちゃんは転校生についてどんなことを聞いたの?」
「あ、うんそれなんだけどね? 女の子よ、転校生」
「女キター! ひゃっほーい! 俺の時代だー!」
「うっさい」
「へぶしっ」
顔面にグーパンを食らった。
どうせなら蹴る方にしてくれ。パンチラチャンスあるから。
「転入試験がすっごい優秀だったってうわさよ」
「なるほど才女か。俺にピッタリだな」
「あと、まぁ……あんたの思惑通りみたいで癪だけど、美人だってよ? 事実かどうかは保証しかねるけど」
「はは。よかったね青山」
「ちょっと身だしなみ整えてくるわ」
「なにそれ。バッカみたい」
七瀬の罵倒を背に、俺はウキウキで教室を後にした。
人生には波があるという。
俺の場合、子供の頃、非常に不本意だったがモテ期があったように思う。
そこが上振れ地点。その後は至って平たん、緩やかな下降を続ける道のりだった。
それが先日、突如ゲージが振り切れるほどの不幸に出会った。
もう一度言うが人生には波があり、幸不幸はコインの表と裏のように一定の確率の中で巡り巡ってくるものだ。
だから次は、俺の元へ最高の幸運が舞い込んできて然るべきだろう。
感謝するぞ聖良。
おまえという不幸に再会したことで、結果として俺は幸運を引き寄せることに成功した。
もう会うこともないだろう。それがお互いにとっても最良に違いない。
未だ消えないこの感情もいずれは薄れてゆく。
絶世の美女である転校生が洗い流してくれる。
グッバイフォーエバー幼馴染。
俺の青春は、ここからだ――――!!!!
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