第2話 俺たち付き合ってますか?

「俺は柏原高校2年の青山凪月あおやまなつき。よろしくね」


 あらかじめリサーチしておいた喫茶店に招待し、簡単なドリンクの注文を終えたところでまずは自己紹介を始めた。


「凪月さんですか。ちょっと女の子みたいな名前で可愛いですね」

「よく言われる」


 昔はからかわれて、よくよく喧嘩に発展したものだ。今となっては美少女に可愛い名前と言ってもらえるとか最高の名前だ。母ちゃんありがとう。


「じゃあ、凪月ちゃん?」

「それはさすがに恥ずかしいかな」

「それではやっぱり凪月さんで」

「そうしてもらえると助かるよ」

「ふふっ」


 少女はコロコロと鈴を鳴らすように笑う。その所作一つとっても、気品を感じられる。クラスの大口を開けて笑う女子とは大違いだ。


「では、今度は私の番ですね」


 そう言って少女は居住いを正す。


「私の名前は、聖良せいら篠崎聖良しのざきせいらと申します」


 その名前聞いた瞬間、閃光に当てられたように昔の記憶がフラッシュバックした。ずっと忘れていた顔を思い出しそうになった。

 嫌な偶然もあるものだ。

 しかし、今はそんなことどうでもいいだろう。話題にすることでもない。


「せいら……か」

「どうかしましたか?」

「いや、べつに。美人は名前も可愛いなと思って」

「もう、お上手ですね」


 こほんと咳払いすると、少女は落ち着いた透き通る声で喋りで続ける。


「碧邦学園の2年生です。よろしくお願いしますね、凪月さん」


「同い年だったんだね」

「そうですね。私もびっくりです」


 それにしても、まさか碧邦学園の生徒だったとは。

 碧邦学園――――この地域では一番の進学校にして、お嬢様校と言っていい。

 美人が多いことでも有名。

 碧邦の生徒と合コンでも出来ようものなら、数多の男子諸君が食いつき、そのを席をかけた血で血を洗う闘争が始まることだろう。


 彼女はそんな碧邦でもトップクラスの美少女に違いない。


「私のことは聖良ちゃん、でいいですよ?」

「え? いやいきなりそれはさすがに……」


 ナンパ男(童貞)にはいささかハードルが高いように思う。


「私が呼んで欲しいんです。ほら、学園だとあまり気安い呼び方はしてもらえませんので」

「そうなんだ?」


 お嬢様校とはそういうものなのかもしれない。


「はい。だから、どうぞ?」

「じゃあ、まぁ、その、僭越ながら……聖良ちゃん」

「はい。聖良ちゃんです。ありがとうございます、凪月ちゃん」

「いやだから俺にちゃん付けはやめよう!?」


 軽やかにボケてくれた聖良ちゃんにツッコむと、彼女は楽しそうに笑った。

 こちらがナンパしたはずなのに、なんだか会話の主導権を握られているかのようだ。

 しかしナンパとはあまり話したがらない女の子も多い中で、警戒心もなく話してくれる聖良ちゃんはありがたい。

 少しばかり手玉に取られている様な気はするが、それは彼女も乗り気であることの証左だろう。そこへ俺も乗っかるだけだ。

 

 と、そこで店員がドリンク持って来た。


「お待たせしました。こちらアイスコーヒーになります」

「ありがとうございます」

「あ、どうも」


 店員に対しても愛想よく振る舞う聖良ちゃんにつられて、俺も取って付けたように言葉を付けてコーヒーを受け取る。

 そんな些細な彼女の態度にも好感を抱いた。


「何か他にも頼もうか。パフェが有名なんだよ」


 コーヒーで一息ついた後、メニューを取り出しスイーツのページを開いてみる。

 甘いものに目がないのは女の子のパッシブスキルだ。


 例にもれず、聖良ちゃんも嬉しそうに小さな両手を合わせた。


「わあ。とっても美味しそうですね」

「お店のおすすめはストロベリーパフェみたいだね。あとは夏季限定のピーチとか。定番はバナナかな?」

「むむむ。どれも美味しそうで悩みます……ちょ、ちょっと時間をもらってもいいですか?」

「いくらでもどうぞ。俺のも決めちゃっていいよ。味見し合おう」

「いいんですか?」

「うん」

「凪月さんは優しいですね。では、私は一番美味しいのを見極めてみせます」


 そう言って、張り切った様子でメニューとにらめっこを始める聖良ちゃん。

 先ほどまでは同い年とは思えない大人っぽいイメージの強かった彼女だが、今は何歳も年下に見えるような子供っぽさがあった。

 メニューの写真を見て瞳を輝かせる姿は可愛らしくて、いつまでも見ていられそうだ。

 それから結局、聖良ちゃんは10分以上もにらめっこを続けたのだった。



「ん~♪ 美味しい~♪ あまーいですね~♪」


 一言でいえば、それは天使の微笑み。

 ストロベリーパフェを小さく一口頬張った聖良ちゃんはお手本のように片手で頬を撫でながら見悶えた。

 その幸せそうな表情だけで世の男子は三日三晩飯いらずだろう。


「もしかして、普段あんまりこういうの食べない?」

「いえ、今は糖質を――――じゃなくて、そ、そうですねっ。普段はなかなか食べに来る機会もなくて……」

「そっか。じゃあ今日は思う存分に食べるといいよ。俺のピーチパフェもどうぞ」

「そ、それでは……」


 そう言って、聖良ちゃんは少し顎を上げて、小さく口を開ける。

 

「あーん」

「え?」

「だから、あーん、ですよ? ダメですか?」

「い、いや、ダメじゃないけど……」

「それなら、してほしいです。あーん」


 いいのか!?

 出会ってまだ何分だおい!? もう恋人ですか!?

 

 まあやるけどね!? 据え膳食わぬはなんとやら!


「じゃあ、あーん」

「あーん♪ こっちも美味しい~♪ 旬のピーチが瑞々しいですね♪」


「あーうん、そうね。うん。そう」


 思いきり間接キスなんですが、どうしましょうかこれ。

 聖良ちゃんが綺麗に舐めとったスプーンを見つめて固まってしまう。いかんいかん。これでは童貞もいいところ(童貞です)。


「それではお次は……はい、お返しです。あーん♪」


 聖良ちゃんは当たり前のように自分のスプーンでパフェを掬うと、こちらに差し出してくる。


 やっぱ俺たち付き合ってる!? 

 もう結婚目前だよねそうだよね!? 

 勘違いしていいんだよね!? ひゃっほー!


「それでは、いただきます……!」


 平静を装いつつ、パフェを頂いた。

 そのストロベリーパフェはめちゃくちゃに甘酸っぱくて、頭がおかしくなりそうだった。

 たぶん、法に触れるような劇薬が入ってたんだと思います。


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