かつて神童と呼ばれた俺(現在は冴えないナンパ)が、かつて大嫌いだと言って泣かせた地味幼馴染(現在は完璧美少女)に再会して一目惚れしたら。〜今更好きだと言っても、もう遅いですか?〜
ゆきゆめ
第1話 リスタート
「あ、すみません。こちら落としましたよ」
7月の日差しが照り付ける駅前で、ハンカチを落とした黒髪少女の後ろ姿に声をかける。
今日はナンパをするためブラついていた俺だが、そこまでは邪な気持ちなど一切ない親切心。
それもそのはず、まだ顔を見ていていないのだから当然だ。
ここ一年でナンパ(失敗率100%)の経験値だけはレベルマしている俺からすれば、女性の後ろ姿だけを見てナンパするのは非常にリスキーと言える。
意気揚々と気合を入れて声をかけてしまったが最後、そこにいるのは世にも恐ろしいクリーチャーかもしれないのだ。
まったく、思い返すだけでも忌々しい。
だから、この瞬間まではまだ善行の一環。
「あっ……」
「え……?」
少女が振り返ると同時、お互いの顔を認識してそれぞれに声が漏れ、瞳を見開いた。
口をぽかんと開けた少女の感情は読み取れないが、俺のは単純な驚きだ。
なぜって、彼女が美しかったからに他ならない。
見たところ、年は俺と変わらないくらい。高校生だろう。
正面から見たその顔立ちは端正に整っているが、どこか子供っぽいあどけなさを残しているのが可愛らしい。
後ろ姿からでも十分に窺えていた長く伸びる黒髪は麗しく艶やかで、風になびくのを見ているだけで心が洗われるようだ。
ペールトーンの淡いワンピースは夏らしく爽やかで、清涼感を生み出している。
シンプルながらもまとまったファッションが清楚な雰囲気を醸すと共に、大人っぽい色気をも演出し、もはや芸術的にさえ思えた。
手足はスラっと伸びていて、ゆったりとした服の上からでも主張を忘れない胸元からもそのスタイルの良さがありありと感じ取れる。
俺は思わずごくりと、生唾を飲んだ。
間違いない。
これは、当たりだ。
一目惚れなんて言葉は信じちゃいないが、もしこれがそうだというのなら頷くのも致し方ない。
「……っと、このハンカチ、キミのだよね。落としていたよ」
お互いに黙ってしまっていたことに気づいて、俺は今となっては手段に変わろうとしている本来の目的を思い出す。
しかしハンカチを差し出しても少女は、俯きがちに黙ったままだ。
「あの? どうかした? もしかしてキミのじゃなかったかな? それとも具合悪いとか?」
落とすところは確かに見たのだが……。
そこでようやく、少女はふと我に返ったように顔を上げる。
「あ、い、いえ、大丈夫です。ハンカチ、ありがとうございます。助かりました」
ハンカチを受け取った少女はやんわりと人好きのしそうな笑みを浮かべたが、その後一瞬だけ考え込むように瞳を伏せる。
「……そっか。…………ないんだ」
「え? 何か言ったかな?」
「いえ、なんでも。それより、ハンカチを拾っていただき本当にありがとうございました」
少女は再度、丁寧に頭を下げる。
一瞬だけ暗い表情を見せたように思えたのは気のせいだったのだろうか。
「では、これで失礼しますね」
「あ、ちょ、ちょっと待ってっ」
背を向けようとした少女を慌てて引き留める。
危ないところだった。集中しなければ。
今は、ナンパだ。
俺はこの夏を絶対に可愛い彼女と過ごすんだ。
「なんでしょう?」
「あーえっと、その……」
少女は快く足を止めてくれたのだが、不思議と言葉が出てこない。
一年のナンパ経験はどこへ行ってしまったのか。これでは普段の口下手な自分と変わりない。しどろもどろに、鼓動だけは早くなる。
クソ。この機を逃したくはないのに。
「どうしたんです? あ、もしかして」
まごついていると、少女は少し悪戯な笑みを浮かべて上目遣いにこちらを見つめる。
慌てているはずなのに、そんな顔も可愛いなと思う悠長な自分が苛立たしい。
「もしかして、私をナンパしようとしていたり?」
「ふへ?」
時が止まった気がした。
そんな俺を見て、少女は一歩身を引く。
「あ、いえ。ごめんなさい。冗談です。そうですよね、そんなわけないですよね……あはは。忘れてください」
俺の反応を、見当違いと受け取ったのだろう。
自嘲するように、引きつった笑みを浮かべる。
しかしそれこそ、勘違い。
俺はまさに今、彼女をナンパしたいのだ。
こんな誘うような発言をされて黙っていられるほど、ナンパ小僧のお行儀はよくない。
このチャンス、絶対にモノにしてやる。
「あーその、もし良かったらなんだけど。こ、これから一緒にお茶でも……どうかな」
「え……?」
驚く彼女に、俺は精一杯の笑みを向ける。
するの彼女は少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、「いいですよ」と小さく頷いた。
「お、おお……っ」
マジかよ。
やった。ついに俺の一年間のナンパ努力が実を結んだのだ。
感動に打ち震えるとは、まさにこのことを言うに違いない。
だけど、この時の俺は知らなかった。
浮かれる俺をよそに、少女はその完璧な微笑みの裏で高笑いしていたことだろう。
この瞬間、彼女による俺への復讐が始まった。
なんてことはない偶然と、神さまのくだらない思し召しによって、俺たち幼馴染は再会を果たしてしまったのだ――――。
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