第15話 聖良式お礼(改)
「あ、凪月さんっ。ごめんなさい、お待たせしましたか?」
日が高く昇り始めた休日の駅前。
ナンパしたあの日と同じワンピースに身を包んだ聖良がこちらへ駆けてくる。
「めっちゃ待った」
聖良が指定した集合時間は午前10時。今は10時半だ。実に30分の遅れである。
「ですよね♪」
喧嘩売ってんのかコイツ。
先述の通り、俺がここに来たのは聖良の指定、もとい誘いがあったためだ。
サッカーの指導はまだ途中ではあるものの、そのお礼の先払いとのこと。エロ写メじゃないのか。残念――――いやべつにそんなことはないが。
しかし今の時点ですでに、ホイホイ誘いに乗ってしまったことを後悔し始めていた。
最近は真面目な姿も見ていたため忘れていたが、初手から遅れてくるようなやつに感謝のキモチがあるわけがない。
「なぁ、帰っていいか」
「そんなこと言わずに。今日はデートなんですから」
「は?」
「遅れて来たのも、デートならこうすべきだと判断したからです。だから凪月さんは、ううん全然待ってないよ、というのがテンプレートであり、正しかったのです」
「いや知らんし」
「とにかく、今日は私が誠心誠意エスコートしますので、お付き合いいただけますか?」
聖良はお嬢様のように、優雅にお辞儀する。
「今日の私は、あの日の聖良ちゃんです。お久しぶりですね、凪月さん♪ またお会いできて嬉しいです♪」
「は……あ……?」
また人格入れ替わってませんか? もしくは記憶が改ざんされている。
「また、聖良ちゃん、と呼んでくれますか?」
「いや、おまえ……何言って……」
「呼んでくれますか?」
「…………聖良ちゃん」
「はい、聖良ちゃんです」
圧に負けた。
そして、聖良ちゃんと呼ばれた彼女の笑顔はやはり天使だった。
今日は、そういう夢を見せる日。それが聖良式のお礼であるらしい。
罰ゲームの間違いではないだろうか。両者にとって。
「にへぇ……」
「え、なに、キモいんだけど」
「な、なんでもないです。は、はやくいきますよ、凪月さんっ」
突然ニヤけ始めた聖良がめちゃくちゃに可愛く見えて、それと同時に不気味だった。
「さあ、今日はここで一日遊び尽くしましょう!」
電車に揺られてやってきたのは、近くの遊園地。
天候に恵まれた休日だ。遊園地は家族連れやカップルたちで賑わいを見せていた。
「久しぶりだな、ここ来るの」
「そうなんですか? もしかして私や渚ちゃんと来たのが最後だったり?」
「ああ、よく覚えてないが、そうかもな」
少なくとも、七瀬や霧島とよくつるむようになってから来た覚えはなかった。ゲーセンやカラオケなど、もっと手軽な施設が常だ。
「そうですか。それなら今日は思い出参り――――ではないですね。今日の私は聖良ちゃんなので」
「ああ、やっぱそういう設定なのね……」
「設定? はて何のことでしょう?」
わざとらしく惚ける聖良。
今日はあくまで、ナンパされて本性を現す前の篠崎聖良、か。なるほど、よーくわかった。
友人以上、恋人未満の距離感で隣に並ぶ聖良と共に、俺は数年ぶりの遊園地へ足を踏み入れたのだった。
「まずはどのアトラクションに乗りましょうか。あ、私のおすすめではですね~……」
「よし、絶叫系だな」
迷わず即決する俺。
途端、聖良ちゃんの笑顔に影が差した。
「え、ちょ、な、凪月さん……?」
「いやあ俺、絶叫系に目がなくて。今日はもう全部乗るしかないよな!」
「あ、あの凪月さん? わ、私はその……め、メリーゴーランドとか観覧車とか……」
「俺の地味でノリの悪い幼馴染は絶叫系とか超苦手だったけど、まさか気の合う聖良ちゃんがそんなはずないよな! 俺と同じで絶叫系、大好きだよな!」
「な、凪月さ――――なつくん~~~~~~~~っ!?」
俺は戸惑う聖良ちゃんを引きずり、この遊園地で一番人気のジェットコースターへ向かったのだった。
ああ、楽しいなぁ、デート!
「ちょ、ちょっと待って……待ってくださいよぉ……凪月さぁん……」
いくつかの絶叫系アトラクションを回ると、遂に聖良が溜まらないと言った様子で音を上げた。
生まれたての小鹿ように足をプルプルとさせ、平衡感覚も怪しいようだ。
今さら言うまでもないが、聖良は絶叫系のアトラクションが苦手だ。特にジェットコースター。それは昔から変わっていなかったらしい。
「うぅ……怖かったぁ……寿命縮んじゃう……もぉヤだぁ……」
それにしても、少しやりすぎただろうか。
俺は振り向いて、後ろを歩く聖良に片手を差し出す。
「おい大丈夫か? 少し休むか?」
声をかけると直後、聖良はその手をガッシリとつかんだ。
「え゛?」
痛い。握力強すぎぃ!?
「そうですね。少し疲れたので、休憩しましょうか。あちらのお店の、かき氷でも食べながら」
ニッコリと笑った聖良と共に、かき氷屋台へ向かった。
「凪月さん、あーんがすごく、すごーく好きでしたよね。今日も、してあげますね♪ あーん♪」
「え、いや俺はべつに……あーんなんていらな――――むぐぅ……!?」
山盛りスプーンのかき氷が口の中へねじ込まれる、甘さの欠片もない。
冷たい。頭が~~~~っ!?
かき氷のシロップの味って実はぜんぶ同じなんだぜって無駄雑学を披露する暇もない。味など分からない。
「美味しいですか? 美味しいですよね? なにせ私があーんしてあげてるんですから。もっと食べたいですよね? ね? ね?」
「待って、今まだ頭。頭痛くて――――ぐっ……ごぽぉ……!?」
「楽しいですね、凪月さん♪」
喋る隙もなく、かき氷を必死こいて口の中で溶かしてゆく度に新たなかき氷が口内へ放り込まれた。
「はぁ、はぁ、はぁ……くそっ、てめぇ……」
結局すべてのかき氷を胃の中へ詰め込んだ後、ようやく俺は満足に息をすることが出来た。
「では次はどこに行きましょうか」
「ん、あー。そうだなぁ」
ちょうどすぐそこに居を構えていたお化け屋敷がお互いに目に入った。おどろおどろしい音楽が耳を澄ませば聞こえてきそうだ。
「ふむ。お化け屋敷、いいですね」
「お、お化け屋敷ぃ……?」
「え? あら? まさか。まさかまさか、昔は見栄を張って怖くないようなふりをしていたなつくんが、お化け屋敷が怖いなんてことはないですよねえ?」
なっ……コイツ……なぜ昔の俺がお化け屋敷を苦手としていたことを知っていやがる……!?
上手く隠していたはずなのに……!?
「な、なんのことかなぁ……!? 俺は今も、昔も……! お化け屋敷が大好きだが……!?」
「あら、そうなんですか……?」
「そんなことよりおまえこそ、お化け屋敷を嫌がって泣いてなかったかなぁ……!?」
「そ、そそそそんなことあるわけないじゃないですかぁ? もしそんな事実があったとしても、今は当然、お化けなんて怖くありませよ? そんなものが怖いのは小学生までですとも、ええ」
「そうかぁ、じゃあお互い問題ないなぁ……!」
「そうですね……!?」
威嚇でもし合うようにしながら、ズカズカと俺たちはお化け屋敷へ向かった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!??!?!」
「きゃあああああああああああああああああああああああ!??!?!」
悲鳴が響き渡る。
それは当然のように、俺たちのもの。
「な、なつくんどいて! 邪魔! わ、私が先に逃げるんです!」
「ふざけんなコラ! てめえ囮になりやがれ!」」
「いやぁ!? ゾンビが! ゾンビが追ってくるぅ!?」
「うおおおお俺の服掴んでんじゃねええええ!?!??」
見るに堪えない足の引っ張り合いが行われたことは言うまでもない。
お化け屋敷とか、今も昔もマジ無理だから。
それは聖良も同じだったらしい。
やっとの思いでお化け屋敷を抜けると、二人して汗だくで息を切らし、疲れ切っていた。
「ぜ、ぜんっぜんたいしたことなかったな!」
「そ、そうですね! お化けとかゾンビとか、結局そんなもの存在するわけありませんし!」
「だ、だよな! 怖がる方がバカらしいって!」
「ですよねえ!?」
2人して強がって、必死に胸を張る俺たち。高校生には高校生のプライドがあるのだ。
しかしそれも、限界だった。
「――――ぷっ。ぷふ、ふふふっ」
「な、なに、……ぷっ、笑ってんだよ……聖良……っ」
「だ、だってなつくん……っ、すっごい涙目……強がってるの、丸わかり……昔と一緒……! ふふ、ふふふふふっ……!」
「はあ……!? それを言うならおまえだって、昔と変わんねえ! お化け屋敷ぜんっぜんダメじゃねえかよ! はは。はははは!」
「それはぁ、……大丈夫かなぁって思ったんですよぉ……! もうっ、私たち、何年たってもダメダメですね……あは、あはははは!」
お互いに意地を張り合い、もはやデートの雰囲気などどこにもない。
ナンパしたあの日の篠崎聖良も、気づけば何処にもいない。
だけど、俺たちはいつまでも笑い合っていた。
それがなんだか無性に、楽しい気がした。
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