第14話 その在り方

「で、こうなるわけか」


 球技大会の出場種目を決めた翌日の放課後。

 俺は河川敷にいた。

 手にはサッカーボール。

 そして目の前には案の定とでもいうのか、聖良だ。


「よろしくお願いします、せんせー」


 聖良は黒髪を揺らし、丁寧に頭を下げる。

 なんだこれ。まぁ美少女に教えを請われるというのは、感情としては悪くない。

 

「いや、俺に教えられることなんてほとんどないからな?」


 すでにお察しだと思うが、今日の目的は球技大会に備えて聖良にサッカーを教えることだ。

 昨日感じた聖良の笑顔のぎこちなさというのは勘違いではなく、サッカーなどほとんどしたことがない聖良はあの後俺に泣きついてきたのである。

 変なところで見栄っ張り。いや、七瀬の考えを読んだ上で、クラスで優等生のいい子ちゃんを演じている聖良にはあの受け答えしか存在しなかったのか。


「そんなこと言って、昔はクラブチームでブイブイ言わせてたくせに~」

「ブイブイて。その表現はどうなんだ。それに昔は昔。もう何年もやってないっての」

「それでも、初心者ではないでしょう? 基礎的なことで構いませんから、どうかよろしくお願いします。今回ばかりは少し、自分でどうにかするのが厳しそうなのです」


 聖良は誠意を見せるように、再度頭を下げる。

 確かに球技大会までの短い期間で、経験のないサッカーの練習を一人で行うのは無理があることは理解できるのだが、


「どうしてそこまでして練習するんだ? 言っとくが、七瀬は本気の本気でサッカーまで勝とうとしているわけでもないと思うぞ? 負けても全然構わない」


 むしろそれも、いい思い出というものだ。


「それは……もちろん、里桜ちゃんにああ言ってしまった手前というのもあります。でもそれは理由の一つでしかありません。小さな小さな、一つです。……一番は……」


 聖良は一瞬、躊躇うように口ごもるが、視線をこちらに据えてはっきりと言った。


「私には、手を延ばすと決めた星空がありますので。そこを目指して、私はずっとずっと、あの日から。自分を錬磨してきたのです。在りたい私で、在るために。球技大会で醜態を晒すなど、論外なのです」


 それは、目が離せなくなるほどの真っすぐな瞳。煌めきが増し続けるその瞳に、気を抜けば吸い込まれてしまうのではないかとさえ思った。


 勉強の時と同じ。それは本気の瞳。


「だから、お願いします。教えてください」


 再三、聖良は頭を下げる。


「……ったく、わかったよ。てか、べつに教えないとは言ってないだろ」


 居心地の悪い俺はガシガシと頭を掻く。


「あは。そうでしたっけ?」

「ああ、そうだよ。でも、……やるからにはみっちり教えてやる。覚悟しろ」

「はい♪ あ、でも根性論とかは暑苦しいのでやめてください。技術だけ、お願いします♪」

「あ、そう……」


 走り込みとかガンガンやらせて溜まりに溜まった恨みを晴らす気ですまん。

 まぁ、聖良を見る限り運動不足は感じない。日々、何かしらのトレーニングはしているのだろう。だから体力面に不安はない、か。

 残念。非常に残念だ。


「また、お礼しないとですね……」

「は? え、なに。また?」


 エロ写メ第二弾くるー!?


「さあ、それはどうでしょう? お楽しみに」


 焦らされたまま、聖良のサッカー特訓が始まった。



「て、てりゃぁ――――って、は、はにゃ……!?」

「おい大丈夫かー?」

「は、はい。だいじょうぶ……れす……」


 聖良の指導を始めてから、半時ほどの時間が経った。


 その僅かな時間でも、分かったことがある。


「も、もう一回お願いします……!」

「ほれ。しっかりボールを見ろよー目離すなー」

「は、はい……~~っ、きゃっ!?」


 見事、転倒。


(こいつ、センスねー……)


 今やっているのはトラップ練習なのだが、ボールを触るたびに一緒になって自分も転んで地べたを転がる有様である。


「も、もう一回! 今度こそ!」


 しかし、やる気だけはある。

 何度転んでも泣きごと一つ言わないで立ち上がる。


「あ、で、できた! できました! こんな感じでいいんですよね!?」


 そして少しずつ、本当に少しずつだが、成長してゆく。


 それは普段と違う、泥臭い篠崎聖良。

 それは絶対に人前で見せないであろう姿。

 その容姿も、勉強も、コミュニケーション能力も、何もかもそうやって身に着けてきたのだろうか。

 人は、時が経てば変わるものだ。だけどそれはほとんどの場合、自分が理想とする姿とはかけ離れていくということなのだろう。

 理想を形にするというのならば、それは成り行きではなく、自ら作っていくしかない。


 泥臭くとも、自分の運命は自分で掴み取る、か。

 聖良は努力のできる人間だ。

 至らない自分を、積み重ね続けた努力で覆い隠している。

 あの頃の彼女を知っている俺が思うのだから間違いはない。


 そんなこと、すでに分かっていたつもりだ。

 そして、彼女にそうさせたのが誰なのかも。


(それなら、その行動理由は……やっぱり……)


 俺はそこで思考をやめた。

 今は球技大会が優先だ。

 なぜだろう。そのやる気に応えることを、今はしたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る