第17話 宣戦布告
テストもいよいよとなったとある日。
突如ネット上から始まったそれは、生徒の間でまことしやかに広がり始めていた。
『なあなあ聞いたか?』
『何が?』
『ほら、転校生の篠崎聖良。彼女が二年の青山とデートしてたって話』
『はあ!? マジで!?』
『マジマジ。ふたりで遊園地だってよ。裏掲示板で流れてた。他にもふたりきりで歩いてたって目撃情報多数』
『うっわマジかぁ俺狙ってたのになぁ。……てか、青山って誰よ』
『さあ? 俺も知らね』
『そんな目立たないやつに持ってかれたのかよぉ。意味わかんねえなもう』
『ほんそれなぁ。しかも夏休み前よ夏休み前。玉砕覚悟で告白、儚い夢だったぜ……』
『球技大会とか、男子的には篠崎さんにアピールするためのイベントだったのにな。もうおじゃんよおじゃん』
『それなー。受験の苦しみを癒してくれる美少女彼女、どっかにいねえかなぁ』
その噂は当然、この夏休み前に彼女を射止めたいと考えていた男子生徒たち全員の耳に入ったことだろう。
『なあ、そこの二人。その話、ちょっと詳しく聞かせてくれないか』
彼の知らない場所で、彼女さえも想定しないシナリオが動き始めていた。
◇
「失礼する」
それは、全てのテストが終わり放課後を迎えた直後だった。
教師がいなくなってクラスメイト全員の緊張が弛緩し、今まさにパラダイスが始まろうかというところ。
堂々たる勢いで2-Aクラスの扉を開くと同時に教室へ押し入ってきた男子生徒によって、教室は静まり返った。
「え? え? なに?」
「あれって
「あ、知ってる! イケメン! 残念じゃない方!?」
「あ、それちょっと傷つくなー……」
ひそひそ話す女子たちの会話で胸にナイフを受けている霧島は放っておくとして、その小早川先輩とやらの方を見てみる。
なるほどイケメンだ。身長はめっちゃ高い。サッカー部というだけあって筋肉もついていて、ひょろくない。むしろ筋骨隆々。顔立ちも鼻が高く、瞳もキリリと鋭い。一目で自分、そして他生徒との格の違いを思いしった。もって生まれた美形と言ったところか。
そんな男が、こんな後輩の教室に何の用だろう。
女子はともかく、男子の方も帰るに帰れずなんだなんだと不満声が上がり始めている。
まぁ、俺には関係ないか。
戸惑うクラスメイトを代表して、まずは七瀬が先輩の前に出た。
「ちゃお、センパイ。突然何の用ですか? テスト後だよ? みんな疲れてるんだよね」
開幕、緊張から解放されたはずだったクラスメイトの言葉をやんわりと代弁していく七瀬。
そうだそうだもっと言ってやれ。イケメンは死すべし。お呼びじゃねえんだよ。
「ああ、七瀬か。いや、俺としては後輩の放課後を邪魔する気などなかったのだが……」
全員が着席してしまっている教室に気づき、少しだけ視線を泳がせる小早川先輩。
「いやあそれは無理でしょ~? センパイにあーんな意気込んで入って来られたらさ~? 後輩としては、そういうもんだよ~」
「そ、そういうものか」
「そういうものですにゃ~」
おちゃらけている七瀬だが、目があまり笑っていない。
彼女としてもテストから解放された最高の瞬間を邪魔されたのは不服だったらしい。
イケメンに甘くない我らが委員長、素敵。
「それは、すまなかった。皆、楽にしてくれ」
小早川先輩は素直にクラスへ頭を下げる。
「俺が用があるのは、
「は……?」
ホッと一息したクラスに再び、緊張が走る。
だれ? そいつ、みたいな。いや、さすがにないか。ないよね?
「だれ」よりは「なぜ」か。
いや、みんなして俺の方を見ないで。
聖良でさえも、不思議そうにこちらを見ている。
あんなイケメンな先輩と面識とか、一切ないんですが!?
「え? 青山? 青山凪月? センパイ青山に用なの? え……ほんとに合ってる? 間違ってない?」
「大丈夫だ。間違いない。それで、青山凪月はどこにいるだろうか」
そんなことを思っている間にも、七瀬が疑問符を浮かべながらもさりげなくアイコンタクトを取ってくる。
対して俺は逡巡した後、静かに頷いた。
これ以上クラスメイトの放課後を邪魔してもらうわけにもいかないだろう。
俺に用があるというのなら俺が対応して、クラスメイトはもう解放。それが一番効率的だ。
俺の頷きを受け取った七瀬が先輩をこちらへ連れてくる。
さあ、みんなもう帰り給へ。俺という犠牲をしっかりと噛みしめてな……。
あっれー、誰も帰らないわ。なぜー? ちょっと、この状況でイケメンの先輩と話すような胆力はないのですが。七瀬にすべて通訳してもらいたい。
しかしクラスメイトに注目されるのも小早川先輩にとってはいつものこと、もしくはそういったことに頓着しないのだろう。
俺の前までやってきた先輩は堂々と口を開いた。
「初めましてだな。俺は小早川柊斗。キミは青山凪月で合っているか?」
「ああ、はい。まぁ、そうっすけど」
「なるほど。では、キミが……」
「あん?」
小早川先輩は俺をジッと見つめて、値踏みでもするように目を細める。
この人、あっち系の人だったりしないよな? 俺、もしかしてかなりのピンチなんじゃ……。
「キミが、篠崎聖良と交際しているというのは本当だろうか」
「……は……ぁ……?」
あまりに視覚外からの質問すぎて、咄嗟にまともな反応を返すことすらできなかった。
交際。つまりは付き合っているということだ。俺と聖良が恋人? そもそもこいつ、校外に彼氏がいるんだが。
「な、何のことっすかね。いや、マジで意味わからないんですが」
「それは付き合っていないということだろうか」
「はあ、まあそう受け取ってもらって構わないですけど……でも、なんで先輩がそんなこと気にするんですかね。どうでもよくないっすか、先輩くらいイケメンなら」
女なんていくらでもいるだろう。
「無論、篠崎聖良が好きだからだ」
「――――ぶふっ、は、はぁ!? いやあんた、何言って……!?」
キャーッと女子から歓声が上がる。
これではまるで公開告白。
いや、だってさ、
(聖良ならそこにいるんですけどおおおおおおおおおおおおおおお!?!??!)
俺の席の! 隣! そこにいるって!
そんなこと気軽に言ってよかったんですかね!?
内心慌てまくりの俺だが、威風堂々とでも言うべき先輩の佇まいを見ているとそれもバカらしくなってくる。
聖良に気づいていないのだろうか。いや、違うな。
あまりにも堂々たる姿で仁王立ちする小早川先輩。
少しだけ、この小早川柊斗という人間が分かってきた気がする。
きっとこの人にとっては、この場における外野など関係がないのだ。後輩の教室に何の配慮もなく押し入ったように。それがたとえ意中の相手であったとしても、今は標的である俺しか見ていない。
自分の目的のために動き、自分が言いたいことを言う。
言うなれば、圧倒的オレ様気質。王様根性。
生まれつきのイケメンにしてカーストの最上位でもてはやされる存在故に、それはもう空気読み合戦を得意としている陽キャですらない。
自分が絶対であり、それが正しく、万人に尊重される。
自分の成すことに恥ずかしいことなど、何一つない。
そんな生き方がまかり通るのが、彼と言う男のような気がした。
「はぁ、そうっすか……いやそうっすねそういうことですか。あー、それならなんですけど、もうひとつ、聞いていいっすか」
「なんだ?」
「どうしてせいら――――篠崎のことが好きなんですか? 先輩、篠崎と関りないっすよね?」
試しに聞いてみる。
その答えは一拍の間もなく返ってきた。
「無論、一目惚れだ。そして、初恋だ」
聞く人が聞けば、一瞬で恋に落ちてしまいそうな一言。
女子は惚れ惚れと目を細め、男子は呆れたように唾を吐いた。
その中で一人、周りとは違う反応をしたやつがいた。
「ぷっ――――くすっ……ぷふふっ」
そう、当事者であり現状外野に居座る女である。
「おい聖良」
「い、いえ、なんでも。ど、どうぞ……つ、続けてください……くすくす」
誰と誰を重ねて笑っているんでしょうねえ?
先輩も大概変人のようだが、こんな女やめた方がいいですよ、マジで。
「では続けようか」
「え、続けるの?」
この先輩のメンタルが分からないっ。
いや、そもそも俺とは精神構造がまったく異なるのだろう。理解しようとするのが間違いだ。
「あれはつい先日。引退をかけた試合に敗北し、帰ってきた日のことだ」
「マジで続けるのか。しかもべつに馴れ初めは聞いてない」
「まだ校舎では授業が行われていた。しかし俺たちの帰りに気づくやいなや、皆が俺たちを称えてくれた。窓から顔を出して賞賛の声を送ってくれた」
俺の呟きは一切耳に入っていないらしい。
でも、そういやあったな。そんな日。
「その中のひとりが、篠崎聖良だった」
はい?
聖良の方へ向いて俺は尋ねる。
「おまえ、そんなことしてたっけ?」
「はい。一応気になったので、顔を覗かせる程度ですが」
「そか」
俺はたぶん、我関せずで机に突っ伏していたな。
「ひっそりと顔を覗かせていた篠崎聖良はこちらに言葉こそかけてくれることはなかったが、一心に微笑んでくれていた。それを見て、思ったんだ」
なるほど?
「おまえ、笑ってたの?」
「その時はたしか、雲がストロベリーパフェみたいな形をしていたので美味しそうで。少し顔が緩んでいたかもしれません」
「そか」
先輩の方、見てすらいないじゃん。
「思ったんだ。あの微笑みがあったら、もっと頑張れただろうにと。彼女の応援があったなら、もっと、肺がはちきれんほどに走っただろうにと。俺に足りなかったのは、間違いなくこれなのだと。愛する者のために、何があっても勝つ。その心意気が必要だったのだ――――」
もはやギャグかなと思っていた最中、何がきっかけか俺の中にシリアスが宿る。
「はっ。なんだよそれ。かっこわる」
「……今、何と言った。青山凪月」
思わず鼻で笑うように遮ってしまった俺が気に入らなかったのか、先輩はこちらに目を向ける。
「……いやべつに? なんでもありませんよ。ところで結局、何の用でしたっけ。いい加減飽きたので帰りたいんですが」
なんだか、その馴れ初めとも言えない戯言を聞いて無性に笑えてしまった。
試合に負けて引退が決まった日、微笑んでくれた聖良に恋をした、ね。
聖良の応援が欲しかった、ね。
要するに彼は、試合に負けた言い訳を女に求めたということだろうか。
大好きな女の応援があれば今度はいくらでも頑張れるって? 走れるって?
なぜだろう。虫唾が走る思いだった。
「ああ、そうだな。そうだった。引き留めてすまない」
基本的には温厚な人間なのだろう。それとも、そもそも、怒らせる人間がいないのか。小早川先輩は俺の失言に対して、案外気分を害した様子もなく、話を戻した。
「キミは本当に、篠崎聖良と付き合っていないのだな」
「まぁ、そうっすね――――」
今の話を聞いた後だと肯定するのは少しだけ躊躇う気持ちもあったが、実際問題聖良の彼氏はべつにいるのだから仕方がない。
聖良がクラスに彼氏の存在を話していない以上、雅史くんの存在を俺から話すこともできない。
だが、これで一件落着。
悪い人間とも思わないが、こんな面倒くさい人種とは金輪際関わりたくない。
そう思った時だった。
「えー? ふたりってほんとに付き合ってないのー?」
クラスメイトの誰かがそう言った。
「正直ガチだと思ってたよねー」
「あー私も、正直怪しいと思ってたんだよねえ。でも二人が隠してるのなら聞くのもアレかなって」
「俺も、掲示板見たし……」
「転入初日とか、なんか特に怪しかったもんな」
「彼氏いるかって聞かれたとき、篠崎さんも誤魔化してたよな」
「町で一緒にいるの、私実際見たしー」
「ここまできて隠す意味とかなくない?」
「ねー」
仲が良い故の発言の軽さ。誰か一人が言い始めれば、もう止まらない。
それもひとつの同調圧力というべきか。
きっと俺と聖良の関係については話してはいけないと、クラスの中で暗黙の了解のようになっていたんだ。あるいは、空気を読んだ七瀬がやんわりとそういう方向にもっていってくれていた……?
しかしそれは今、破られた。
俺の責任だ。聖良には彼氏がいるのを知っていながら、あまりにも一緒にいる時間が長すぎた。
距離を保てているなどと思っていたのは俺だけだったというわけだ。
悪意などない、クラスメイトの好奇心。聞かないことにより降り積もっていた、ストレス。
外野からしたら囃し立てたいことこの上ないであろうこの状況。
七瀬に助けを求めてみるが、諦めろとでも言うようにひらひらと両手を振られた。
「クラスメイトはこう言っているが、どうなんだ?」
「…………っ」
「決まりのようだな」
沈黙を肯定と受け取ったらしい先輩はそっと瞳を伏せた。
「それならば、俺は当初の予定通り宣戦布告させてもらおうか」
「宣戦……布告……?」
先輩は俺の鼻先にビシッと指をさす。
「篠崎聖良をかけて、俺と勝負してもらいたい。舞台は球技大会のサッカーだ。俺がキミに勝ち、優勝したのならば、篠崎聖良は俺がもらい受ける」
勇ましい宣言に、またしても女子からは歓声が上がった。
くそ、見せもんじゃねえぞ……。
何を意味わからないことをグダグダと……!
あまりにも思い通りにいかない。いい加減にイラつきは最高潮に達していた。
「……は。バカか。そんなもん、俺には受ける理由がないだろ」
前提として、自分の最も得意なフィールドであるサッカーで戦おうとか、ふざけているのか。どこまでも自分が主人公。自分が主役の舞台を生きていやがる。
「それに、それは俺たちが決めることじゃない。聖良を無視してんじゃねえ」
勝手に商品にされるなど、たまったものではないはずだ。
こんな何もかもが間違っている勝負、成立するはずがない。
「ふむ、そうだな。では篠崎聖良に聞こう」
そこでようやく、先輩が聖良を見た。
聖良に了承を取り付けようという魂胆か。
しかし見たところ、聖良は先輩に対する興味が微塵もない。お空のストロベリーパフェ以下だ。
こんな勝負、彼氏のいる聖良には微塵の利益もありはしない。話がこじれてゆくだけ。
すっぱりと断ってくれるだろう。
「どうだろうか。この男と男の闘い、どうか承諾してはいただけないか。俺は本気なんだ」
「あ、はい。いいですよ」
「そうか。感謝する」
「先輩も頑張ってくださいね」
っておいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!??!
なに安請け合いしてんのこの女ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!??!?
戦うの俺なんだけど!? ねえ!? なんで俺!?
「とのことだ。では明日、楽しみにしているぞ。青山凪月」
満足そうに頷き微笑むと、先輩は教室を後にしたのだった。
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