第16話 頑張るから
「今日はごめんなさい。あんまりお礼になりませんでしたね」
遊園地の帰りがけ。気づけば辺りは夕日に照らされていた。
「いやまぁ、俺から始めたことだし。べつにいいよ」
俺の絶叫系アトラクションに連れまわしたことに始まり、かき氷、お化け屋敷。そしてその後も、意地を張り続けるようなデートだった。
しかしそれだけに、偽りのない時間だったように思う。
幼馴染の高峰聖良。クラスメイトの篠崎聖良。ナンパで知り合った篠崎聖良。
そのどれとも違う、お互いの今と昔が混ざり合っているような時間だった。
「それなりに楽しかったぜ?」
「そうですか。……それなら、良かったです」
聖良は少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
「「あっ……」」
並んで歩く二人の手が、触れ合う。それと同時に、ぴたりと目が合って、時が止まったかのようだった。
だけどそれも一瞬だ。
「す、すみません」
「ああいや、うん。べつに。……あ、あー、そーいえばおまえ、あんなにスイーツ食べてよかったのか? あんなに食べたら太――――」
――――グキャッ。
足元で嫌な音がした。
見れば、聖良の足が俺の足をグリグリと踏んでいる。
雰囲気に負けた結果、俺は地雷を踏み抜いていたらしい。
「何か、言いましたか?」
「い、いえ、なんでも……」
ちょっと心配してみただけなんですよ?
だって聖良が日々の努力によってそのスタイルを維持しているんだとしたら、結構な食事制限をしているんだろうと思ったから。大好きなスイーツも、普段はあまり食べないのだろうと思ったから。
「もうっ。凪月さんといるんですから、その日は私にとって特別、なんですよ? だから、いいんです」
聖良は俺の足を解放すると、少し足早に歩き出した。俺は足の痛みを気にしつつもそれを追いかけ、再び隣に並ぶ。
もう、肩すら触れ合わない。腕を抱くようなこともあるわけがない。
適切な距離を測り直した俺たちは会話もそこそこに家路へついた。
それからおよそ、二週間。
テスト、そして球技大会が間近に迫っていた。
今日も今日とて、テスト勉強の合間に聖良のサッカー指導をしている。
サッカーの指導という明確な理由が生まれてしまったこともあり、ついでにテスト勉強をすることも多く、聖良と過ごす時間は格段に増えてしまっていた。
「こんな感じでどうでしょう」
「おー、上手くなるもんだな」
「ふふん。そうでしょうそうでしょう」
得意げに胸を張る聖良。
「そうだなぁ。偉い偉い」
「な、なんですかその子供をあやすような言い方はっ」
聖良は最初こそ匙を投げたいレベルのセンスのなさだったが、一週間が経った頃にはコツを掴み始め、その後はグングンと俺の技術を盗んでいった。
要するに、聖良という人間は最初の飲み込みが悪く、物事に対する瞬発力がないだけなのだ。だからこそ、それが特に顕著に現れていた幼少期は俺や周りから鈍間と思われていた。普通の子供が簡単に出来ることが、聖良には時間をかけなければ出来なかったのだ。
しかしじっくりと教えてやれば理解力がないわけではなく、むしろ思考力は高い。コツを掴めばこの通りだ。
「ていっ」
聖良の蹴ったパスが綺麗な弾道を描き、右足へ打ち込まれる。トラップすると、バシッと綺麗な音が鳴った。
女子にしてはしっかりと体重の乗ったパスで、コースも完璧。
初期の酷さを思えば、涙もちょちょぎれるというもの。
「いい感じいい感じ。次はシュートやってみようか。強いシュートじゃなくていいから、コース狙えよ」
素人だらけの女子の試合だ。
力強さは必要ない。
インサイドキックでまっすぐに、正確な軌道を描いたボールが蹴れるだけでも脅威となる。
キーパーなどいないも同然の試合ではゴールネットを揺らすことができる。
ドリブルやトラップ技術については本当に最低限の基礎だけを。
後はパスとシュートのコントロールを重点的に鍛えた。
そして何よりも足でボールを操るという行為それ自体に慣れること。
聖良に教えたのはそれだけだ。
それだけだが、何度も言うように女子の試合では十分すぎる。
あとはもみくちゃになるであろうフィールドで、どこにボールが零れるか。零れたボールをどれだけ自分のチャンスに変えることが出来るか。
多少の運はやはり絡むだろうなといったところだ。
「ほれ」
「あ、ありがとうございます」
休憩に入ると、聖良にスポーツドリンク入れた水筒を手渡す。
夏も真っ盛りであるため、水分補給は欠かせない。そこら辺は、一応コーチしている身の俺がしっかり見ておいた方がいいだろう。
当日に体調を崩したなんて言っても笑えない。
「完璧だな」
「そうですか?」
「ああ。男子の試合に混ざってほしいくらいだ」
「それは遠慮したいですね。汗臭そうです」
「今、ウチの全男子が泣いたからな」
「じゃあイヤらしい目で見られそうなので」
「それは女子の試合を見に行く男子すべてがそういう目でみてるから安心しろ」
「なんか当日に仮病が発生するような気がしてきました……」
「それはやめろよ……」
付き合った俺のキモチも考えてくれると嬉しい。この暑い中、ウザったい女に、付き合っている、俺の。
「凪月さんも、そういう目でみているんですか?」
「は?」
「イヤらしくてスケベでえっちな目」
「い、いや俺は……」
「ん?」
わざとらしく顔を近づけてくる聖良。
なんでこいつ汗かいてるくせにこんないい匂いすんのもうマジ意味わからん近い近い近い。
「そ、そりゃあまあ、みるんじゃねえのぉ!? 球技大会なんて男子にとってはそのためにあるようなもんだっての!」
ぶっちゃけた。
「そうですか。じゃあ頑張らないとですね」
「あ?」
「凪月さん――――いえ、せんせーの視線を独り占めする活躍をしますので、お楽しみに」
聖良が力強い笑みを浮かべると同時に心地よい涼風が吹いて、俺たちは2人ならんで腰を下ろしたのだった。
「せんせーも頑張ってくださいね、球技大会」
「いや俺は頑張るも何も」
どうせ負ける予定の男子サッカーである。
むしろ聖良を育てることで女子サッカーを戦えるようにした俺は、それだけでも称えられるべき存在ではなかろうか。
「応援してますから」
「はぁ……」
やっぱりやる気とか、ないよなぁ。今更。だから、応援なんていらない。
さっきも言った通りだ。
テスト後の疲れを女子の健康的な体操着姿で癒す。
俺にとって球技大会とは、そのためのイベントなのだ。
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