第26話 クラスの闘い
ああー、このまま試合終わらねーかなぁ。
最初からわかっていたことだが、体力もたねーぞこれ?
思うものの、やはりそうはいきそうもない。
前半も10分ほどが経過して、明らかに形勢としては劣勢だ。攻め込まれる状況が続いていた。
未だ1-0のスコアを守っていると言っても、地力の差はでている。
「敵さんは大半が運動部。当たり前か」
受験生とはいえこの時期じゃまだ引退組も少ないだろうしな。
それでも失点を免れているのは小早川先輩の行動によるものだろう。
試合開始前ミッドフィルダーの位置についていた彼は、俺のシュートを見てセンターバックに下がった。
俺がどこからでもシュートを撃てると見てだろう。
ゴール前でキーパーさながらにドンと構えていやがる。
「まぁ、そう簡単に撃てるもんじゃないけど」
あれはマークもプレッシャーもなく、最高の集中力を維持していなきゃ無理な代物。
いい位置でフリーキックでも貰えればラッキーだが、それでも2回目は自信がない。
だから、小早川先輩がディフェンスについてしまったのは正直ツラいところ。
こちらにはあの鉄壁を崩して新たに点を獲る術がほとんどないのだ。
膠着状態。
しかし、やはり心理的に有利なのはこちら。
なぜなら俺が思う通り、このままスコアが動かなければ勝ちなのだから……。
「そのための策だって、急ごしらえだが用意した」
そろそろだろう。
俺はチームメイトたちにアイコンタクトを送る。
ここからがチームの闘い。
外野まで含めた、七瀬が創ったクラスの闘いだ。
「くるぞ沢城! トラップ際!」
「わかってる!」
ロングパスに対して、沢城が距離を詰める。
「……テニス部主将の江口先輩はトラップの際、8割の確率でボールが1メートルほど右へそれる」
「え?」
沢城の呟きに先輩は目を点にする。
「それは女子から貰ったデータでも、この目でもすでに確認済みだ!」
沢城はその小太りの身体に似合わない機敏さで、華麗にボールを奪取する。
「それ! 細谷!」
「うぉぉぉぉキタキタキタキタぁ! やっとオレの出番かぁぁ!!」
すかさずカウンターのロングパス。
それは全員で共有した、俺たちの攻めパターンだ。
待ってましたとばかりに走り出す細谷さん。
そしてボールを足元に収めると、小早川先輩のマークが詰めてくる前に、無理矢理にシュートを撃った。
しかし残念ながらシュートはゴールの枠を大きく外れ、プレーは一度途切れる。
「ちっきしょー!」
「おーけーおーけー。シュートまでいければ上出来だ」
一番怖いのは小早川先輩にボールを奪われ、相手のカウンターとなってしまうことだ。
そうならないために、細谷さんには少し無謀でもシュートで終わるように言ってある。
ゴールキックになれば、こちらも大勢を整えることができる。
そこから、試合の流れは変わった。
こちらの作戦が機能し始めたのだ。
試合に出場しないクラスメイトたちに集めてもらったのは、相手選手の情報。
今日の決勝までの試合に至るまで全て調べ込み、その技術の程やクセ、思考、行動パターンを出来うる限り暴き出した。
小早川先輩については、過去の試合にもできるだけ目を通した。
もちろん情報は足りていないし、時間だってなかったが、それでもいくらかの役に立つ。
「よしインターセプト。情報通りだ」
ディフェンスの飯塚が冷静にパスカットする。
よし。ボールを持てる時間も飛躍的に増えてきた。
この調子なら、勝てるかもしれない。
「すごいすごーい! みんな上手いじゃーん!」
ボールがラインを割り、スローインまでの僅かな時間。
浮かれ気味の声がグラウンドに木霊した。
クラスメイトのひとり、森園だ。
それに咲崎も続く。
「私たちの集めた情報、役に立ってるみたいだね〜」
「ほんと!? やったね!」
「いやアンタはほとんど何もやってないんだけどねぇ。寝てたし」
「知らない知らなーい」
おいおいとクラスメイトたちの間で笑いが起こる。
しかしやっぱり森園にとってそんなことは知ったことではなく、満面の笑顔でこちらへ叫んだ。
「みんな頑張れ〜! カッコいいぞ〜!」
それは純度120%の爽やかで甘酸っぱい応援。
「お、おう……」
「な、なんだこれ」
「なんか……」
「顔が、緩む……」
普段から応援され慣れてないチームメイトたちは皆一様に困惑を示しながらも……
「「「「でへへ♡」」」」」
やがてダラシない顔で鼻の下を伸ばした。
なにコイツら気持ち悪い……。
「おまえらデレデレしてる場合か!? 集中切らすなよ!?」
一喝する。
前半も残りわずか。
おそらく次がラストプレーだ。
相手のスローインはそこまで危ない位置でないとはいえ……
「ん……?」
ちょっと待て。
スローインのためにボールを持ったのは、筋骨隆々の先輩だった。
あの人は、たしか……ハンドボール部……?
彼はボールをがっしりと握ると、大きく大きく助走をとってゆく。
「お、おいおいまさか……」
今までの試合では一度もなかったぞ?
それどころか、ハンドボール部の彼がスローインをすることさえ……。
だが、可能性はある。
「————ろ、ロングスロー警戒! 自分のマークを離すな!」
咄嗟に叫んだ。
「ロングスロー!? って言われても……ど、どうすれば!? うおぉ!?」
「な、なんだなんだ!?」
しかしそれを嘲笑うかのように、相手選手たちは次々とポジションを入れ替えるかのようにゴール前を入り乱れる。
これではもう一人一人への指示なんて間に合わない。
そもそもロングスローへの対処なんて教えていないのだ。
これが目的か……?
いくらロングスローと言っても、それは蹴られたボールよりもずっと威力が弱いものとなる。
つまり、ヘディングシュートも上手く威力を伝えられない。
ロングスローの本当の目的は、ゴール前の混戦。こぼれ球を押し込むこと……
「————っ!?」
その時、俺の間違いを正すかのように背後を大きな影が走り去った。
「小早川先輩……!?」
まずい。まずいまずいまずいまずい!
そうだ、この試合ディフェンスに専念していたせいで忘れかけていた。
小早川柊斗のプレイスタイル。
それは、恵まれた身体能力、フィジカルによる圧倒的で無慈悲な蹂躙————!
彼なら、容易くヘディングシュートが撃てる。
「小早川だ! 全員で小早川をマークしろ!」
「え? でもそんなことしたら他がノーマークに……」
そんなこと分かってる!
しかし、小早川先輩を止めなければそれ以前に全てが終わるのだ。
「ちぃ……!」
チームメイトは動けない。動けるわけがない。
たった1日だけのチームに臨機応変なんて言葉を求める方が間違っている。
俺がいくしかない……!
走り出す。
同時、予想通りにハンドボール部の先輩は大きな助走を駆け抜け、豪快なロングスローを放った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「く、う、ぉ……!」
小早川先輩が猛獣のごとき唸り声を上げてボールめがけて飛び込む。
俺も一歩遅れてジャンプし、小早川先輩に身体をぶつけるが……
「(でけぇ……っ)」
そして、硬い。
まるで鋼のような肉体だ。
————ドン‼︎‼︎
次の瞬間、俺は無情にも突き飛ばされ、地面に尻もちをついていた。
「いってぇ……っ!」
くっ、頭がグラグラする。
意識飛ぶかと思ったぞこんにゃろう……善良な帰宅部に何してくれてんだ……!
って、そんか場合じゃねぇ。
「……ぼ、ボールは!?」
慌てて視線を巡らすと、ボールは見事に自陣のゴールネットを揺らしていた。
「っ…………あ〜、……きっつ」
前半終了間際————1-1。
同点。
「立てるか?」
こちらを見下ろし、小早川先輩が手を伸ばす。
「ああいや、だいじょぶっす」
「そうか」
少しばかり強がって、俺はズボンの泥を払いながら立ち上がる。
「……今回は、キミのやり方に少し倣ってみた」
「は?」
ロングスロー。
不意打ちという意味で、だろうか?
「だがやはり、これは俺の道じゃないな」
「はぁ」
真の強者に策などいらない、か。
「次こそは、俺のやり方で。正々堂々いかせてもらおう」
まもなく、前半戦が終わった。
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