第28話 クソくらえ

 あークソ、鼻栓用意するの忘れてた。

 あれの欠点は味方にも被害が出ることだからなぁ。

 まぁ、だからこそ霧島はたったひとりのフォワードなのだが。


 なぁ先輩方、そいつはただの綺麗な飾りだと思っていたか?

 違いますよ。

 そいつこそ、うちの主砲だ。


「な、なんだコイツ……いきなりマスク取りやがって……そ、そっこーボール取ってやるぜ!」


 ディフェンスの先輩が霧島に詰める。


「あ、僕に近づかない方が……」

「ヴォエエエエエエエエエ!! くっせなんだコイツくっせヴォエエエエエエエエ!?!? ksmg○snm×odmppy●□aaaaaaabty!?!?!!!?(自主規制)」


 ああ、今日、またここに一人、名も無い先輩が犠牲となった。


「あーあ。だから言ったのに。……とか言ってるけど、僕は僕でこれ辛いんだけど。ねぇそんなに臭い? 倒れるほど? たしかに今日は青山に言われていつもの10倍らっきょう食べたけど……あとニンニクも少し。……うん、ちょっと心折れそうかも……」

「アホ言ってないで早くしろ!?」


 叫ぶ。


「うっわ怖いよ大将……ほんとに余裕なさそうだね……」

「うっせえよ……」


 ぜーはーぜーはー。

 ちょ、マジ息切れ治らねえんだけど。

 余計な体力使わせるないで?

 余裕とか1ミリもないんよお先真っ暗なんよ。


「よし。じゃあとりあえず一点、取らせてもらいまーす」


 霧島がドリブルを開始する。

 先程の光景を見て、誰が彼に向かっていくことができようか。

 周囲の先輩方は硬直していた。

 

「お、オレがすぐに行く! だからそれまで耐えるんだみんな!」


 小早川先輩だけが全力で走りながら叫ぶが……やはり他の誰も動くことが出来なかった。


 気づけばもう、霧島はゴール前。

 キーパーと一対一。


「ちょ、待て。く、来るな。許して、ま、まだ死にたくない。やめて、お、俺この試合終わったら妹と結婚するんだああああああアアアアアアア!!!?!!る?!!??!」


 キーパー死亡。


「ほいっと。はい、ゴーーーーーーーーール」


 静まり返ったグラウンドに響く気怠げな声。


 霧島の活躍によりスコアは振り出しに戻った。


「これでいいかい、大将」

「完璧だ」


 俺と霧島は軽いハイタッチを交わした。


 それから、数分後。


「————フッ!!」

「うわあ!?」


 再びボールを持った霧島はまたしても天下無双の地獄絵図を作り出すかに思われたが……


「やっぱダメかー」


 小早川先輩によってあっさりとボールを奪われた。

 知ってた。


 おそらく彼は、息を止めている。

 

 まぁ、それこそ一瞬あれば霧島からボール奪うなんて出来るしなぁ。

 息を止めることさえ負担になりはしない。


 霧島(核兵器)を有効活用するには、先程のように小早川先輩がマークに付けない状況にする必要があるわけだ。


 しかし、スコアが同点となってから小早川先輩は前半と同じくセンターバックに位置取った。


 残り時間は少ない。

 個人技で突破しようにも俺と細谷さん沢城の3人でマークされれば簡単には突破できない。

 もしもボールをロストすれば霧島で確定演出。


 それならば、俺たちの攻撃を自ら止めた上で陣形が崩れているところにカウンターアタック、ということだろう。

 最悪の場合、PK戦も視野に入れているだろうか。


 小早川先輩の思考トレースはそんなところだ。

 キッツイなぁ。

 知ってます? 

 俺たちったら結局、小早川先輩が守備するゴールは一度も割れてないんですよ……。


 下手に攻めてボールを失えば即ピンチ。

 ボールは持たせてもらえるものの、攻めあぐねている状況だ。

 

 もういっそのことPK戦で……いや、


「それは、イヤだなぁ」


 ここまできて最後は運ゲー?

 今からお祈りでもする?


 ……ざっけんなよ。

 そんなの、ここまで頑張った甲斐がないったら……。


「はぁ……」


 パスを受けてボールを収めながら、思わずため息を吐く。

 しかし、考えてる間に息は少し整ったかな。

 小早川先輩を止めるために体力は使い果たしたので、身体自体はもうクタクタだが。

 

 散々、チームプレーを謳ってきた。

 サッカーはチームスポーツだ。


 だが、即席のそれはもう、使い果たした。

 切り札も、ない。

 ここから奇跡のチームプレーを生み出すには、練習も、関係性も、絆も、何もかも足りない。


 漫画のような必然の奇跡は起こらない。


 だったら、もう、俺に出来ることは……


「っっっったくさぁ……」


 眼前に聳えるのは、この場において最強の個人————小早川柊斗。


 誰かが、彼を個人技で抜き去る。

 それが出来なきゃ、ゴールは奪えそうにない。


 誰が?


「俺が————」


 覚悟を決めろ。


 非常に遺憾だが、この球技大会において最後に全てを決めるのは、個だ。


 結果として、そうなってしまった。

 

 俺がクソで、陰キャで、クラスの関わりを絶っていたばかりに、俺たちはチームとして完成できない。


 これからいつか、もしかしたらコイツらとならとか……今日試合をして思わなくもなかったが、それはやはりいつかの話で、今ではない。


 だから。


「よっと、ほっ、おおう、あっぶねっと」


 一人、二人、ひょいひょいとドリブルでかわしてみる。


 初心者相手なら、問題ねぇなぁ。


 長年試合なんてやってないから、感覚的なモノは薄れている。

 だけど、シュートばかりしていたとはいえボールには触っていたし。


 練習して。

 練習して。

 練習して。

 練習して。


 あいつに笑ってほしくて。

 あいつに喜んでほしくて。

 心のどこかでそんなことを思いながら、いつかのあの日に身につけた技術は、そう簡単に衰えない。


 裏切らない。


「やったるか」


 数十メートル先の小早川先輩を睨みつける。


 憎ったらしいほどにイケメンだ。

 滴る汗も、泥だらけの体操服も、全てが芸術的にさえ映る。

 今すぐ、ぶん殴ってやりたい。


 ああ。

 そう、そうだよ。

 そうだった。

 元々これは、俺と小早川柊斗。

 俺たちの賭けから始まった闘い————いや、俺がふっかけられたケンカだった。


「小早川先輩!」


 もしかして、初めてかな。

 俺は自ら、彼へ向かって叫ぶ。


「今度こそ、正々堂々やりましょう。一対一の勝負。これが、最初で最後です」


「…………臨むところだっ」


 あんたなら、ノってくるよな。

 そういうところがバカで、アホで、クソ真面目で、少し羨ましい。


 何を言わなくとも、霧島(すごく臭い)が先輩たちを威嚇するように立ち回ってくれる。


 そして、ゴール前。

 小早川先輩までの道が真っ直ぐに空く。


 邪魔は入らない。


 俺と小早川先輩以外の全てが観客に成り下がっていた。


「いくぞ!」


 応援さえも鳴り止む静寂の中、俺はドリブルを始める。


 小早川先輩はまるで聳え立つ壁のように、俺を待ち構える。




 あと一歩、



 いや、二歩、



 三歩……。



 ここだ————!



 小早川先輩まであと数メートル。


 俺は小難しいフェイントをかけるでもなんでもなく、ただ、左脚を踏み込み、右足を振り上げた。



「むっ………………シュート!? 青山凪月————貴様ぁぁぁぁ!?」



「————————へ」



 正々堂々勝負?

 笑っちまうねほんと。


 言ったろ。


「クソくらえって」


 凄まじいキレ味で俺はボールへ向かって右脚を振り下ろす。


「俺の勝ちだ!!」

「させるかああああああああああ!!!!」


 小早川先輩は決死の覚悟で、こちらへ飛び込む。


 そうだろうな。


 そういう位置を、選んだ。

 アンタがカラダを張れば、俺のシュートコースはほとんど塞がれる。


 だから。


「ふっ」


 ボールに触れる直前、俺は右脚をピタリと止める。

 迫真のフェイク。


「キック……フェイント……」

「じゃあな、先輩」

 

 前半、ファーストプレー。

 疲れ果てた今の俺にあんなシュートはもう打てない。間違いなくゴールの枠を大きく外れる。そんなビジョンしか見えない。


 だけど、あのシュートはさぞ脅威に映ったことだろう。

 だからこそ、本気でカラダを投げ出した小早川先輩は当然止まれない。


 俺は冷静にそれを見定めながら、右のつま先でボールの下を軽く持ち上げループさせる。すると、ボールは小早川先輩の頭上をふわりと通り過ぎていった。


 地面へ転がりゆく小早川先輩の横をすり抜け、俺は走り出す。


 ……やった。やったぞ。


 あとは、キーパーを抜き去るのみ……!


 ループの力加減は絶妙。


 キーパーは飛び出すべきか、待ち構えるか迷ってしまい一瞬のラグが生じる。


 もう、俺の勝利は決まったようなもの。


 ————そのはずだった。


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