第32話 最高の腐れ縁
「買ってきたよー」
パンパンになったレジ袋を両手で持って、七瀬がコンビニから出てくる。
「おいおいどんだけ買ったんだよ」
「いいでしょー。夏だし。アオナツアオナツ〜」
得意げにウィンクする七瀬。
しかし夕食も終えて夜もいい時間。
いよいよ七瀬さんのワガママデーも最終局面だ。
「さあ、走るわよ〜!」
「走るって、どこまで!?」
「そんなの決まってるじゃない!」
戸惑う俺と霧島に、七瀬は数歩先を踊るように走りながら叫ぶ。
「————あの海まで!」
・
・
・
「うい〜、やっと着いた〜」
「はは、七瀬ちゃんといるとやっぱり楽しいねぇ」
下手したら補導されそうなほどに騒がしく走って、走って、走って、ヘトヘトになりながら俺たちはようやく海岸の浜辺にたどり着いた。
「じゃあやるわよ〜!」
さっそくと言わんばかりに、七瀬はレジ袋の中を漁る。
そこには、大量の花火が詰まっていた。
「待った」
しかし俺は、そんな七瀬に待ったをかける。
この頃にはもう、素直になっていた。
今日のこの時間の本当の理由だって、初めから分かっている。
だから、ここにいる最高の腐れ縁2人に、この2人にだけは、俺は言わなければならない。
しんと、静まり返っている夜の海岸。
馬鹿騒ぎしていればただただ楽しい場所なのに、そこは深夜の暗闇を讃えているかのように不気味で、恐ろしいものに見えた。
まるで、俺の心の深淵を映すかのように。
「なぁ、俺……俺、さ」
「ん。なに?」
きょとんとこちらを見つめる七瀬。
無言でこちらに笑いかけている霧島。
「フられちまったよ。完膚なきまでに」
重い重い告白。
こんな話、腐れ縁である俺たちの間でも、初めての話題だ。
「そ。んー、そんなことより花火♪ 花火♪」
「いえーい」
七瀬はレジ袋漁りを再開。霧島はバケツに水を汲みに出かけようとする。
「ちょ、え? え? 待って待って? なに? もうちょいなんかないの?」
「なんかって何よ」
「何よってそりゃあ……その……あー、なんだ?」
たしかに分からんわ。
クソみたいに優しく励まされてもウザイしなぁ。
「そもそも青山が振られたなんてこと、とっくに知ってるしねぇ」
「ほんとそれ」
「は?」
「バレてないと思ってたの?」
またしてもきょとん顔の七瀬さん。
「あんたもだけど……特に聖良ね、分かりやすすぎ」
聖良が分かりやすい?
そんなことあるかよ。ポーカーフェイスの塊みたいな女だぞ。
あいつのせいで、俺がどれだけ悩んだと……。
「とにかく、あんたの不幸自慢なんて知らない聞いてない興味なーい! 言ったでしょ! 今日は私を励ます会なんだから! はい花火持ーつ!」
言って、七瀬は俺の両手に花火を持たせる。
なんなんコイツマジで。
せっかく人が……そう、あの、か、感謝の言葉の一つでもと、思ったのにな……。
霧島に視線を向けると、やはり彼は和かに微笑んだまま。
「ちっ」
ったくコイツらは……やっぱり最高の腐れ縁共だ。
「よっしゃやるぞー!! 今日は俺たちだけの花火大会だ!! ひゃっほーーーい!!!!」
「そうこなくっちゃ!! いやっほーーーー!!!!」
手持ち花火を両手に、俺たちは他に誰もいない深夜の海岸でバカみたいに踊り騒ぐ。
ああ、楽しいなぁ。
めちゃくちゃ楽しい。
昔からそうだ。
これが金色に輝く、最高の時間。
いつから違う関係を、どこかの知らない誰かに求めていた?
ナンパなんてしようと思った?
恋人なんて作ろうと思った?
心のどこかに蟠りを抱えながらそんなものを求めたって、叶うはずはないのに。
本当は分かっていた。
七瀬里桜。
霧島大気。
あの別れ以降腐っていた俺が、コイツらと出会えて、今もこうしてバカをやれる。
恋人なんかいなくても、コイツらが一緒にいてくれる。
そんな仲間がいてくれたことが、俺にとって本当の幸いだ。
俺は、この幸いを、決して見失ってはいけない。
……なぜだろう。
この1ヶ月の出来事があったからこそ、俺はそれを改めて知ることができたような気がする。
「ねぇ青山! 霧島!」
七瀬が夜空の下、叫ぶ。
俺なんかのどうでもいい話より、私の話を聞けと、そう言わんばかりに。
狡く賢くあざとくも、俺たちのアイドルは刹那的な煌めきで語るのだ。
「私、私ね! いつ死んでもいいと思ってた!!」
その言葉に、俺と霧島は一瞬だけ視線を交差させる。
ぞわりと、得体の知れないモノに心が疼く。
「あんたたちに会わなきゃ、私はずっと、病室で、自分の不幸を呪って、迎えが来るのを待ち続けて、生きることに意味を見出せないでいた!」
だけど、と七瀬は繋ぐ。
「私、今、とっても楽しいよ! 心底、生きたいって、思う! この身体、いつまで保つのか知らないけど、でも、あんたちがいるこの世界にずっといたい! ずっとバカなこと、していたい!」
「七瀬ちゃん……」
霧島が、きっと無意識に呟く。
俺もまた、彼女の飾らない本心に、言いようもない感情が湧き出るのを感じた。
「球技大会……私はあの場にいなかったけど、ぜんぶ聞いた。動画も見せてもらった。それでね、たくさん笑ったし、泣いちゃった。嬉しかったんだ。すごくすごく、嬉しかったよ。あんたたちは、やっと認められたんだ」
なに、泣いてんだよ。
七瀬の瞳には一筋の涙が伝っていた。
「………………」
何も言えない俺の頭の中には、過去が巡る。
七瀬の境遇は全て、知っている。
彼女はいわゆる普通の身体ではなかった。
そんな彼女が今までどんな想いで生きてきたのか、きっと俺なんかが語っていいものではいのだろう。
それはきっと、一生、誰にも語られることのない物語。
だから、俺には七瀬里桜の感情が分からないと言い切る。
もしかしたら、どこかの未来で、俺は彼女のために生きたかのもしれない。
そういう未来があっても良かったと、心から思う。
だけど、今、それはもうできないと分かっているから。
あの再会によって、俺の物語は決まったから。
俺たちは一生、かけがえのない腐れ縁だから。
「————大好き」
七瀬は泣き笑いする。
「こんなこと言うの、すごく、めっちゃ……恥ずいけど……でも私、やっぱりあんたらが大好きだ……」
あははと、今度は取り繕うように笑って涙を拭う七瀬。
自分でもなぜこんな話をしているのか分からないといった表情だ。
「……それを言うなら、僕もだ」
霧島もまた、心情のままにか、それとも彼のことだから七瀬を気遣ってか、語る。
「キミたちがいなきゃ、変わり者の僕は今でも独りだよ。だから、今がすっげぇ楽しい」
それは滅多に見せない、霧島の満面の泣き笑いだった。
ああ、そうだよな。
そうなんだよ。
俺たちはそれぞれがそれぞれに、普通じゃないものを抱えてしまっていて。
まぁ、俺についてはただ、勝手に腐っていただけなのだが……。
それでも、普通に生きられない俺たちはあの病院で出会って……そしていつしか救われていたのだ。
そうだ。
俺は。
本当に自分勝手ながら。
幼馴染を傷つけたことに悩み、苦しみ、己を嫌悪し、自身を殺しながらも。
彼らの存在によって、救われていた。
そして、今も……。
「ったくよぉ……」
俺は呆れた様子で2人に語りかける。
「おまえら、ほんっとに恥ずかしいな。重いわマジで。きっもちわりー」
本心だ。
そんな言葉も、コイツらにだからこそ口にできる。
もう大爆笑。腹を抱えて笑ってやる。
「うわひっどー。ひどくないこれ? どうしてくれようか七瀬ちゃん」
「せっかく人が腹割って話してるのにー! 人の心がないのかー!」
ぷんすかと七瀬は怒る。
「心がなかったのはてめぇだ!? ってか俺に語らせなかったのもおまえだよな!?」
「うるさいうるさーい! 私に口答えしてはいけない! それが私たち腐れ縁第一の掟よ!」
「んなわけあるかー!?」
「これでも喰らえ〜!」
「ちょ、ま、待て! 待てったら!? 花火は、花火はマジで危ないから!? 追ってくんな〜!?」
「あははははははは! 頑張れ青山〜! 逃げろ〜!」
「てめえ霧島! てめえはいつもいつも傍観者気取ってんじゃねえぞ!? ぎゃー火花! 熱い! マジ熱いからそれええええ!??!?」
叫びながら、俺はガチになって逃げ回る。
そんな俺を七瀬は楽しそうに大はしゃぎで笑いながら追いかけた。
「あんたの失恋話なんて知らなーい! 興味なーい! 甘酸っぱいのなんかいらないのよ!」
そんな七瀬もまた、叫ぶ。
「私が欲しいのは、たった一つのコトバー!」
それさえあれがいいんだと、七瀬は言う。
それは彼女が俺たちにだからこそ見せてくれる、甘えだ。
そして、俺を甘えさせてくれるコトバでもある。
「あーもうわかった! わかったよ! 言えばいいんだろ!?」
背を向けていた彼女らの方へ向き直って、俺は大きく大きく息を吸った。
わかってんだよそんなこと!
もう何年も前からな!
「おまえら2人とも、大好きだあああああ!!!! ずっと一緒にいようぜえええええええええええええ!!!!!!」
だけど、大事なモノだからこそ人間、見えにくくなってしまうもので。
だからこそ、失ってしまってから気づいたりする。
バカな生き物だ。
「あは」
霧島が笑う。
「「いっえーーーーい!!」」
そして七瀬と霧島はやったぜと言わんばかりにハイタッチした。
「なにハイタッチしてんだそこー!! こっちはクソ恥ずかしいんじゃー!!!!」
「なによこっち来ないでよ恥ずかしいやつー! きゃーーー!!!!」
「バカそういうのは俺も混ぜやがれーー!! ほれハイターッチ!」
ドタドタと砂浜を走って2人に近づくと、無理矢理にハイタッチを繰り返す。
「ふふ」
「あはは」
自然と笑顔が重なった。
「————————〜〜〜〜っ!!!!」
この時、3人それぞれが何を叫んでいたのか、もはや分からない。
だけどそれでも、この時の俺たちは世界で一番、通じ合っていた。
そしてきっと、これからもずっと、ずっと、遥か先の未来まで繋がれている。
恋とか愛とかみたいな一過性の勘違いじゃない。
これは、これだけは、一生のキズナ。
あの夜空に浮かぶ一等星に勝るとも劣らない2つの輝きが、ちっぽけな俺に寄り添っていた。
それから遊び疲れて家に帰って、風呂に入って、寝て、起きて。
朝日を浴びる頃にはもう、俺の胸の奥底に巣食う呪いのような赤黒い何かは消えていた。
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