第23話 作戦会議
「諸々の説明は省くがこの男子サッカー、勝ちにいく。でも、俺一人じゃ無理だ。おまえたちのチカラを貸してほしい」
一旦教室に集まってもらったサッカー参加のクラスメイトに頭を下げる。
球技大会のサッカーは半コート8人制の試合だ。
ここにいるメンバーは俺と霧島に加え、ベンチ要員も合わせた合計10人。
「やる気、でたんだねぇ」
「うるさい茶化すなやめたくなる」
「あらら。じゃあしばらく黙るよ」
なおもニヤついている霧島だが、無視する。構っている暇はない。
第一試合の開始は迫っているのだ。
俺は霧島以外の8人へ視線を戻した。
「頼む。どうしても、俺は勝たなくちゃいけない」
虫のいい話だと、自分でも思う。
俺は霧島や、クラスの中心である七瀬が友人であることにかまけて他のクラスメイトとの交流を図ってこなかった。七瀬がクラスにおける俺という存在を繋いでいたにすぎない。
彼らを最初から切り捨てて、俺は外へ希望を抱いてナンパしていた。
いきなり頭を下げられたからなんだというのか。
友人ですらない。まともに話したこともない。ただのクラスメイトに。
その上、元より男子サッカーへのモチベーションは低いはずだ。
だから……
「……いいぜ」
ひとり、体格の良いツンツン頭の男子が呟いた。
「……え?」
その男子は勢いよく、俺の眼前へ拳を突き出す。
「やってやろうぜ! 男子サッカー優勝!」
「……いい、のか? なんで……」
「クラスメイトじゃねえか! そんなもん、無条件に協力するに決まってんだろ!」
「お、おお……」
なんだコイツ……いい奴かよ……。
たしか、名前は……。
あやふやな記憶を探る。
「サンキュー、助かる……細川……!」
「細谷だバカ野郎! おまえ7月にもなってクラスメイトすら覚えてないのかよ……まあいいけど。あんま話してねえしな。これから覚えてくれよ!」
「ああ、分かった。覚える。おまえいい奴すぎるな、細山田!」
「だからおまえな……わざと……? それはそれで面白いな!」
コイツ何言っても許してくれそう!
と、興奮しすぎた。
俺は細谷にしっかりと視線を合わせる。
「マジで助かる、細谷」
「いいってことよ」
まずは一人。無理やりにでも手伝わせる霧島を入れて二人か。
「ボクもいいよ。役に立てるかは分かんないけど」
「ほんとか沢田!」
「沢城だ……」
許してくださいマジで覚えてない。
あらかじめサッカー参加者の名簿くらい見ておけばよかった。
「正直言って、これは妥協だ。お前みたいなやつが篠崎さんと付き合ってるとか、未だに信じたくない」
「あ……?」
沢城は妙に複雑そうな顔で語り始める。
そうか、クラスメイトは昨日のことを知っていた。
俺と彼らの間では少しだけ事実の認識にズレがあるんだ。
「でも、あんな三年のイケメンに篠崎さんを奪われるくらいなら……せめておまえであってほしい。青山に勝ってほしいって、ボクはそう思った」
「……そう、だな……そうだよ! 俺もそう思う!」
沢城の告白に、もうひとりが続く。
そして、それは波紋のようにメンバー全員へ波及した。
「俺らの天使をクソイケメンに渡してたまるか!」
「イケメンはいつもそうだ! 俺たちから何もかも奪っていく!」
「それに考えてもみろよ! 青山みたいな冴えないやつが篠崎さんと付き合ってるって言うなら、俺たちにだってそんなチャンスがあるかもしれないって思えるだろ!」
「青山は俺たち非リアの星だ!」
「そうだそうだ! 非リアの夢を、俺たちで手助けしてやろうぜ!」
「これは非リアの非リアによる非リアのための下剋上じゃー!」
「三年ぶっ潰ーす!」
もはや俺を無視して、盛り上がってゆくメンバーたち。
変な方向に話が進んでいる気がしないでもないが、大きな問題はなかった。
「おまえら……」
「へへ。よかったな! 青山!」
細谷が俺の肩に手をかけ、ニカッと笑みを見せる。彼だけはまったくの善意で、俺に手を貸してくれるつもりらしい。
イケメンすぎかよ……。モテるんだろうな。
尊敬の意を込めて、細谷さんと心の中で呼ばせていただこう。
「で? 話は決まったみたいだけど、勝算はあるのか? すまねえが、俺は陸上部だ。サッカー経験なんてない。体力とガッツだけは、任せてくれって感じだけどな、ははっ!」
騒ぎが落ち着くと、細谷さんが話を切り出した。
自然に進行の手助けもしてくれる……素敵。
残念イケメンしかいないこの学園の真のイケメンが決定した瞬間だ。
細谷さんの問いかけに、全員の視線が俺は寄せられる。
「勝算は……ある。勝てる」
言いきると、メンバーから「おお……!」と声が上がった。
「ひとつ言えるのは、この球技大会において各クラスの戦力差なんてそうそうないってことだ」
出場できるサッカー部員はひとり。
他の選手は7人。多少は元サッカー経験者がいるかもしれないが、試合を揺るがすほどの実力はないだろう。
「得点を量産しているようなチームがあるとしたらそれは現役のサッカー部員が独りよがりな活躍をしているだけとか、そんな表面的なもんだ。サッカーは一人でできるスポーツじゃない。工夫次第で、いくらでも試合はひっくり返る」
サッカーはチームスポーツ。
この球技大会において最も重要なのは、サッカー部自身の活躍ではないと俺は考えている。
女子サッカーの場合は圧倒的な1で圧倒できるゲームだった。
しかしそれは帰宅部や文化部など運動とは疎遠な人間が集まっていたからだ。
そんな場ではそもそも、サッカーというスポーツがうまく機能しない。
しかし男子の場合は違う。
もちろん帰宅部、文化部もいるが、女子に比べれば全体として運動部の割合がはるかに多い。
男子サッカーは運動能力の低い人間が集う試合ではないのだ。
これはサッカーを知る人物が、どれだけ初心者を、ひいては細谷さんのように他に専門分野がある人間を上手く使うかという戦いなのだ。
個人の強さではなくチームの強さで勝敗が決まる。
「そのために、まずはみんなのことを知りたいが……」
それよりも、俺のことか。
思えば、こういうことをクラスメイトの前で話すのは初めてで少しだけ、緊張する。
だが、自分を晒さなければ。今日は進めない。
「……俺は小学の途中までサッカークラブに通っていた。一応は経験者だ」
「おお! イケるじゃねえか!」
「だが、今日までずっと、まともな練習なんてしていない。特に体力面は絶望的だ」
「おお……それは……ドンマイ! そこは気合でカバーだ!」
「お、おう、まぁ……そうだな。そうなんだけど……」
気合にも限界がある。
特に俺みたいな温室育ちにとって、できればそんな展開は勘弁願いたい。スポ根反対だ。
「俺は決勝まで司令塔に徹したい」
「司令塔?」
「ああ。軽い指示だけを出す。指示は初心者でもこなせる簡単なものだ。それだけできればいい。だから決勝までに、それぞれが自分の役目を理解して欲しいんだ」
「なるほどな」
「そのためにまずは、おまえたちのことを教えてくれ」
慣れない司会を務めつつ、急ごしらえの作戦会議が始まった。
「はは」
静かに傍観していた霧島がふいにくすりと笑う。
「んだよきもいな」
「いーや? ただ、今の青山、七瀬ちゃんにも見せてあげたかったなぁって」
「……ふん」
申し訳ないが、これは七瀬のための闘いではない。
俺のための、闘いだ。
「おまえにも働いてもらうからな」
「わかってるよ。好きに使ってくださいな、大将」
相変わらずの飄々とした態度で、霧島は笑った。
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