第12話 聖良式お礼

「おはようございます、凪月さん」

「ああ、おっす……」


 登校してきた聖良に挨拶を返す。

 初日以降、クラスではただのお隣さんとしての距離を保っていた。七瀬以外に関係を勘ぐられるようなこともなく、表面上は上手くやっている。


 しかし今日は少し、違った。

 席に着いた聖良はクスッと笑みを見せると、俺の耳へ口を寄せる。


「――――昨夜はお楽しみでしたか?」

「……っ、はあ……!?」


 反射的に椅子をズラシて聖良から距離を取る。その瞬間、ガタッと音が響くが、日常の騒音に紛れて注目はされずに済んだ。

 しかし心臓に悪いことこの上ない。

 また何を考えているんだ、この女は。

 なおも聖良は囁く。


「お楽しみじゃなかったんですか?」

「な、何の話だよ」

「何って、分かってますよね? まぁ、あの後お返事がなかったのは、ちょっと悲しかったですけど」


 シクシクと泣き真似する聖良。

 聖良が何の話をしているのか。当然俺はそれを理解していた。

 それは、聖良と成り行き的な勉強会をした日の夜。聖良が帰った後のことだ。


 夕食を食べ、風呂にも入り、後はもう寝るだけというところだった。


 その悪魔の通知は鳴った。


「見たんでしょう? 私の――――」


 メッセージアプリに届いたのは、一枚の画像。

 送り主はもちろんのこと、篠崎聖良しのざきせいら


「――――えっちな……写・メ……♪」


 耳元で囁かれるそれに、思わず背筋がぞわぞわと反り返る。


「み、見てねえ」


 いや、見た。見ましたとも。

 だがそれは事故のようなものだ。

 なにせ通知だけでは画像までは見ることが出来ない。聖良から何らかの画像が送られてきた。その事実だけがわかる。

 もちろんのこと最初は無視してしまおうと思った。聖良のことだ。くだらないことに違いない。

 しかし見てしまわないことには、それも分からない。もしかしたら、重要な内容かもしれない。

 まぁ、要するに好奇心に負けた俺はその通知を開いたわけである。


「うっそだー。だって、既読ついてましたよ?」

「ぬぅ……」


 逃げるように視線を逸らす俺。

 どうせ逃れられないのなら、ムカつくニヤケ面の聖良は無視して画像の話をしよう。

 それは聖良がその夜、おそらく風呂上がりに撮ったと思われる下着姿の写真だ。

 鏡の前で撮られたそれには聖良の下着姿がバッチリと写っていた。

 さくら色とでも言うべき淡いパステルカラーの下着は聖良の白い肌に映えていて、長く黒い髪はそれを一層際立たせる。

 スタイルは言わずもなく高校生とは思えないレベルで、大きく膨らんだ胸に、引き締まったお腹、美しいお臍、ほどよい肉付きの太もも。

 全てが扇情的で、艶やかだ。

 そこに関しては、素直にならざるを得ない。抗えない。

 しかも、それが幼馴染で、今はクラスメイトでお隣席の女だぞ?

 得も言われぬ背徳感が俺を支配した。


 くっっっっっっそエロかった!!


 無意識のうちにも画像を保存していたことは言うまでもない。


「ふふっ。まぁいいです。男の子のプライベートに土足で踏み込むつもりはありませんので」


 聖良はしばらく俺を見つめると、やがて身を引いた。

 やけにあっさりしている。頑なな俺(内心諦めの境地)に、恐れをなしたか。


「一応言っておくと、あれはお礼です」

「……お礼?」

「はい。ノートのお礼」


 なに? こいつに感謝されるとその度にエロ写メが送られくるの?

 それなら、これからも何かと助けてやるのもやぶさかではない――――わけあるか。ああでも、俺の男子高校生な部分がもう飼いならされている。


「ですから、あれは凪月さん専用。凪月さんだけのために撮った写真。凪月さん以外が見ることのない写真です。凪月さんの好きなように使って、いいんですよ?」

「…………」


 ……なんでこいつはここまで男を刺激することばかり言えるんだ!?

 それが天然ではなく創られたものだというのは分かっているのに反応してしまう。やはりお盛んな男子高校生が恨めしい。


「まぁ、本当はまーくんのために撮ったのを間違えて送っ――――おっと、すみません忘れてください。先日はありがとうございました、凪月さん♪ とっても感謝しています♪」


 わざとらしくお礼を繰り返す聖良。

 こいつ、絶対にこれが言いたかっただけに違いない。

 ぶん殴りたいワからせたい。


 しかし教室で声を荒げるようなことが出来るはずもなく、震えて眠ることしかできない。


「あ、そういえば凪月さん凪月さん。今日の授業のことでお聞きしたいんですが」


 しばらくその様子を見てニマニマしていた聖良だったが、それからふと思い出したように言う。

 少し警戒したが、邪気が抜けているので大丈夫そうだ。いや、なんだよ邪気って。

 

「なんだ?」


 ともかく話題が変わることは歓迎だ。


「午後、ロングホームルームがあると思うんですけど、何をするんでしょうか」

「ああ、それか。それはな――――」


 転入生の聖良に話しておくには丁度いい機会だと思い、俺は口を開いたのだった。



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