第9話 幼馴染の彼氏

「あ、このオムライス美味しい」

「でしょ~? ウチで一番人気なんだから!」

「しかもしかも、この子のクラスメイトだとおじさんマけてくれるから~。おすすめだよ~」

「そうなの? ふふっ。それなら私も通っちゃおうかな」 

「ぜひ来てよ! 待ってるね!」


 笑い声の絶えない会場。

 幹事七瀬による歓迎会はつつがなく進行していた。

 幸い常にクラスメイトに囲まれる聖良とは会話する暇もなく、俺は会場の端で飲み食いしていればいいだけの簡単なお仕事。

 聖良とて、今はクラス内の地位確立に必死だ。俺のことを構う様子は見せなかった。

 昔は、俺の後を金魚のフンが如くつき纏っていたくせに。たとえ突き放そうと、しがみついてきたくせに。

 聖良は本当に変わったのだ。

 俺の思い違いでなければ、昔の告白が原因で。

 それは聖良にとって転機でもあったのだろうか。

 しかし彼女が少なからず俺に対して負の感情を抱いていることは間違いないはずだ。それ以外に考えられない。そうでなければ、こんなことにはなっていないのだから。


 それにしても聖良のやつ、俺にだけ他人行儀な敬語のままなんだよな。

 やはり何もかもが不可解だ。


「人気だねえ、彼女」


 隣の霧島が見つめる先にはやはりクラスメイトの過半数以上に囲まれる聖良の姿。天使のような笑みを見せながら見事に応対を続けている。

 ここまでくると化けの皮もたいしたものだと思えてきた。

 

「さすがの青山もこれじゃ隙なしって感じ?」

「そうだな。俺なんかじゃとてもとても」


 大げさに手を振り、興味がないことをアピールする。


「あら、そうなの? 聖良の方はあんたにちょっとは興味あるみたいだったじゃない?」


 ドリンクを持った七瀬がクラスの輪から離れてこちらへやってきた。彼女もまた、聖良に負けず劣らずこのパーティーの中心で、忙しそうに会場を駆け回っている。


「お疲れ、休憩か?」

「ありがと。まぁそんなとこ。それで? あんたら知り合いなの?」


 七瀬は気軽に空いている席へ座りながら、霧島がここまであえてスルーしていたであろう質問を容赦なくかましてくる。


「いや? 初対面」

「そうよね。あんたたちに接点とか全くなさそうだし。月とスッポン?」

「それなー。まあ大方、教室の隅っこ暮らししてたお隣さんが憐れになったんじゃないか? お優しい姫様だ」

「まぁ、そんなところよね」

「そんなもんだよ」


 ある程度の納得がいったようで、七瀬はすぐに興味を失ったようにテーブルの料理へ視線を移したのだった。



「だーれだ♪」

「はぁ?」


 歓迎会が終わると、夏といえど陽は完全に沈んでいた。

 その帰り道で、他のクラスメイトと別れひとりになった頃、背後の襲撃者に視界を奪われる。


「はーやーくー。答えてくださいよー。この態勢……ちょっと……つら……凪月さんおっきぃですよぉ……」


 つま先立ちになっているらしい襲撃者はこちらの背中に寄りかかる形で、豊満な胸が押し付けられている。


「辛いならやらなきゃいいだろ……」

「いいですからー。役得でしょー? だーれだー。ヒントはー、凪月さんのー、大好きなー」

「聖良だろ。さっさと手をどかせ」

「あら。認めちゃいました。でもごめんなさい。そういう告白の仕方はちょっとズルいのでトキメキません。ノーカンということで。こう見えて私はもっと直球勝負が好みですよ♪」

「はいはい言ってろ」


 背後から姿を現すと、聖良は自然に隣へ並ぶ。肩が触れ合わないギリギリくらいの距離だ。

 わざわざ俺を追いかけていたのだろうか。

 当然ながら聖良は俺の家を知っているため、ストーキングも難なくこなせたことだろう。


「何しに来た」

「もう少しお話したいなと思いまして。ほら、歓迎会では構ってあげられなかったので拗ねちゃったかなぁって」

「はっ」


 俺からしてみればむしろ有難いの間違いだろう。


「凪月さん、変わりましたね」

「そりゃこっちのセリフ」


 それは聖良自身がはっきりと自覚しているほどに。


「昔は逆でした。あなたが真ん中で、私が隅っこ」


 懐かしむように語りながら、聖良は夜空を見つめて手を伸ばす。

 

「あの一等星のように輝くあなたに、かつての私は憧れ、その星に、この手で触れてみたいと願ったのです」


 暗闇でよく見えないが、珍しく聖良の顔には笑顔が張り付けられていないように見えた。


「何が、あなたを変えましたか?」

「さあ、なんのことやら」

「答えてはくれませんか。でも……」


 それから、ようやく笑う。


「私は、今のあなたも嫌いじゃないですよ。見栄を張らない、自然なあなたです」

「はぁ」

「でも、同時にムカつきますけどね♪ 殴っていいですか?」

「なんだよ、それ。少しはいい話ふうだったのに」

 

 意味が分からない。

 聖良が変わったように、何年も時間が経てば人は少なからず変わる、当たり前のことだ。誰しもそこに大きな要因があるわけではない。


「さあ、面倒くさいお話はこの辺で終わりにしましょうか。これからどうします? どこかお店に入りましょうか。それとも凪月さんの家でお泊り? 夜遊びなんてテンション上がっちゃいますね~♪」

「ざけんな。帰れ」

「え~、もっと一緒にいましょうよ~」

「い や だ」

「むぅ~……あ、じゃあじゃあ家まで送ってくださいよ。私の家、ここから逆方向なので」

「ヤだよ面倒くせえ」

「何を言ってもイヤイヤイヤイヤ。そんなんじゃモテませんよ?」

「べつにおまえにモテたくない」

「そんなこと言って、この前はとってもとっても紳士だったのに」

「五月蠅い。彼氏持ちの癖してナンパにホイホイついてくビッチが。てか彼氏に送ってもらえよもう」

「あ、それいいですね。そうします」

「え?」


 適当な思い付きだったのだが、聖良はすぐさまスマートフォンを取り出し、通話を始めたのだった。


 そして、


(本当に来やがったよ……)


 彼氏は思いのほかすぐにやってきた。

 2人は何やら仲睦まじそうにゴニョニョと俺には聞こえない声で話すと、こちらへやってくる。


「パンパカパーン。こちら、私の大大大好きな彼氏、まーくんです」

雅史まさしです。……よろしく」

「まーくん、いつも話してるから分かると思うけど、こちら私の初恋の幼馴染、青山凪月さん」

「よろしく……」


 なんだこの会合。

 気まずいにもほどがある。この中で楽しそうに悪戯な笑みを浮かべる聖良の精神構造が分からない。

 雅史……くんも非常に複雑な表情だ。顔はかなりのイケメンだけど、幼い。俺たちより一つか二つは年下だろう。

 この状況を思うとなんだか少し、彼が可哀想になる。


「ほらほら二人とも、何か言わなくていいんですか~? 恋敵ですよ、恋敵!」


 煽るなよ。

 彼氏をフォローする気は微塵もないらしい。

 俺たち、篠崎聖良被害者の会として仲良くできるのではないだろうか。

 

「あの」


 雅史くんがしわがれているかのような低い声で口を開く。


「あ、はい。なんでしょうか」


 俺は俺で上擦っているし敬語だし。

 男ってこういう時、不器用でコミュ障だ。距離の詰め方が下手とでも言おうか。


「やめてくれませんか、――――せ、聖良に近づくの」

「いや、寄ってくるのはそちらの彼女さんでしてね」


 雅史は忌々しそうに眉をひそめる。

 まぁ、そうなるか。被害者の会、儚い夢だった。

 そして俺、なぜかモテ男っぽい台詞。やっぱヒールじゃん。実際はそうでもないはずなのに。

 

「もし……もしそうだとしても。あんたがはっきり拒絶すればいいだけでしょう」

「ああ、そう。まぁ、そうね」

「聖良は俺の彼女ですから」


 その通りすぎる!

 なんだよこの修羅場ほんとやめてくれよぉ……帰りたい。

 心の中でおちゃらけたくもなるというもの。


 緊張が走る中、聖良だけは忍び笑いを堪えるのに必死な様子だ。本当にいい性格してやがる。


「じゃあ、聖良は俺が送りますから」

「よろしくね、まーくん」


 雅史は慣れた動作で聖良の肩を抱く。


「ではでは。今日はありがとうございました、凪月さん。また明日、です」


 2人はまさに恋人の距離感で触れ合いつつ、夜道に消えていった。

 暗闇の中、ひとり取り残される。


「くそっ」


 思わずそこらの小石を蹴っ飛ばすと、野良猫に威嚇された。


「なにイラついてんだ、俺……」


 聖良に彼氏がいようと知ったことじゃない。むしろ雅史くんのこの牽制は聖良から離れたい俺に都合がいいはずだ。

 それなのに、心はモヤが掛かったように落ち着かなかった。

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