第10話 高峰聖良の純情

 今でも、幼い頃のことは鮮明に覚えている。

 それはきっと、そこが私の原点であるからだ。

 私はずっと、私だけの一等星を見つめていた。

 

 それはみんなが帰った後の教室で。


「ねえねえなつくん、何やってるの?」

「算数。先生にもらった難しいやつ」

「お勉強? それより一緒に遊ぼうよ」

「ヤだ」

「じゃあ、私は応援するね。なつくんがんばれ、がんばれ」

「いやうっせえよ集中できないだろ……」 


 それは休日の河川敷で。


「聖良はサッカーやんないのか?」

「うん。見てる方が好き」

「ふーん」

「がんばれ、がんばれ」


 それはみんなが集まってサッカーをする公園で。


「ぎゃー!? またやられた~!」

「凪月くん強すぎ~」

「へへっ。楽勝だってこんなん!」


「がんばれ……がんばれ……っ」


 彼を見るのが好きだった。

 努力を欠かさない彼が好きだった。

 そんな彼を応援するのが好きだった。

 日に日に増してゆく彼の輝きを見つめるのが好きだった。


 どんどん遠くなってゆく彼の後ろから、ずっと見つめていた。


 でも、それがそもそもの間違いだったのだと、今では思っている。


 ――――ある日、両親が離婚することになった。


 特に驚きはなかった。

 両親は昔から仲が悪かったから。

 不思議だね。

 小さい頃の私だってよく読んだ、たくさんの物語。

 王子様とお姫様が出会って、いくつもの困難に見舞われながらもふたりは永遠の愛を誓うの。そして、結婚するの。

 2人は一生、幸せに暮しました。

 めでたし。めでたし。


 どうしてお父さんとお母さんは、幸せそうじゃなかったんだろう?

 私が読んでいたそれはやっぱり、ただの綺麗なおとぎ話でしかなかったのかなぁ?

 それでも、多くの人は一人の人と一生を添え遂げるのに。おかしいね。


 まぁ私には、そんなこと関係ないけれど。

 両親が離婚して、私にとって重要だったことはひとつだけ。


 なつくんと、一緒に居られなくなってしまう。


 私はお母さんに連れられて、隣町にあるお母さんの実家に行かなければならない。隣町と言っても、幼い私には随分な距離だ。


 だから、コクハクした。

 彼と別れたくなった。

 コクハクして想いが届いたって何がどうなるわけではないけれど、離れ離れは必然だけど、幼い私にはそんなこと分からなかった。

 こんな時、大好きな人にできることはこれしか知らなかった。

 焦りに呑まれるまま、勢いのまま、私は本で見たコクハクを実行したのだ。


 結果は知っての通り。

 あまりにも拙い初めてのコクハクは、彼を怒らせただけだった。


 それもそのはずだ。

 彼と私では、立っている場所が違いすぎた。

 聡い子供だった彼は、毎日誰よりも努力して、どんどん前に進んでいく。


 それに比べて、私はどうだった?

 一度でも、彼に追い付こうとしただろうか。

 彼と同じ景色を見ようとしただろうか。

 ただ、応援を繰り返すばかりで。


 コクハクしようって一念発起。

 いきなり夜空に輝く一等星へ手を延ばしたって、そこに梯子は用意されていない。

 そこまで連れて行ってくれる電車も、切符すらも、何もない。

 届くわけが、ないのだ。


 彼は私にとっての一等星で。眩しい人で。輝いていて。尊敬する人。

 だけど彼にとって、私は、ただのつまらない幼馴染だった。


 そうして私は耐え難い失敗を胸に――――彼の元を去った。


「なんで……どうして……?」


 分かってる。

 おバカな私でも、ぜんぶ分かっているよ。

 でも、分かっても、分かるはずがなかった。

 理解で押さえつけられるほど、感情は安くない。



「…………大嫌いだ」



 高峰聖良の復讐は、ここから始まることになる。

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