第21話 真実

「具合はどうだ?」

「だいぶ落ち着きました。足も、たいしたことはないようですし」


 サッカーの決勝を勝利した後、力尽きた聖良は保健室のベッドで横になっていた。

 足の方は軽いねん挫で、2、3日もすれば良くなるとのこと。

 倒れそうになったのは単純な疲労によるもので、今日までに蓄積されたものであるらしい。


 気づけば、バレーボールの決勝が始まっていた。

 聖良の次は七瀬が学園のアイドルにして、ヒロインだ。

 サッカーに勝るとも劣らない声援が寄せられているに違いない。


 俺はと言えばそちらの応援に駆け付けるのも面倒になり、聖良のベッド横の椅子へ腰かけていた。

 保健室はクーラーが程よく効いていて心地いい。

 昼休みが終われば、俺も猛暑の戦地へ出向くのだ。今はこうしているのも悪くない。

 なるだけ涼んでおこう。


 そうして、そろそろバレーボールの決勝も終盤かと言う頃だ。


「は……?」


 おい、どういうことだよ。

 ドタバタと、幾人かの生徒と保健教師がタンカに載せられた生徒を運び、保健室へなだれ込んできた。


「七瀬ちゃん! 大丈夫!? 意識ある!?」

「あ、あはは……ダイジョーブダイジョーブ……。ちょっとクラっと来ただけだからさぁ……」


 運ばれてきたのは2-A委員長、七瀬里桜ななせりおだった。

 俺と聖良の存在を無視して、七瀬はもう一つのベッドへ寝かされる。

 俺は聖良と視線を合わせた後、一連の流れが落ち着いたのを見計らって席を立った。


「おーい、七瀬?」

「んー? あー青山? ここにいたんだ」


 寝かされた七瀬は視線だけをこちらに向ける。


「まぁな。聖良が倒れたんだよ。今そっちで寝てる。元気そうだけどな」

「……そっかそっか。でも、サッカー優勝したんだよね。良かったぁ」


 七瀬は少しだけ安堵した様子で、青い顔ながらも一息を吐く。


「体調、悪かったんだな」

「バレてた?」

「まぁ、なんとなく」


 それでも止めなかった。

 今は少し、後悔している。

 いや、俺が何を言おうと七瀬が休んだとは思えないし、意味はなかった。そんなことは分かっている。


「ごめん。負けちゃった」

「そか」


 べつに謝ることなど何もない。

 俺は元々球技大会の勝利に執着がないのだから。

 七瀬は少しだけ迷ったように視線を逸らしつつ、珍しくシリアスな様子で口を開く。


「ねえ」

「あん?」

「あたしの分まで、勝って。……って言ったら。あんたはどうする? あたしのために、頑張れる?」

「…………さあね」

「そっか」


 七瀬里桜にとって球技大会はどういうものであるか、少しだけ考えていた。

 七瀬はクラス全員――――ハミダシ者でもある俺や霧島、そしてをも含めた全てが楽しめる居場所を求めている。

 球技大会は、4月に編成された各クラスにとって最初の大きなイベントだ。ここで試されるのは、この7月までに育んだクラスの絆。協調性。

 クラスをまとめる七瀬はそれを何より重要視している。

 球技大会の結果は、これからの文化祭、体育祭に対するモチベーションにも影響してくるだろう。

 4冠とはいかなくても、まとめ役である自分が足を引っ張ることなどあってはならなかった。

 親しみやすい委員長としてクラスメイトと同じ視座にいながらも、委員長としての格を示す必要があった。


「まぁ、応援できなくなっちゃったから。今、ダメ元で言っとく。頑張れよ、ナンパ男」


 朝のような勢いがその声にはなかった。


「…………ああ――――」


 最低限の義理として、声援に応えようとしたその時、保健室の扉が再び開かれる。


「――――失礼しまーす。あ、いたいた。姉ちゃん。弁当持ってきたよ」

「は?」


 入ってきたのは、見覚えのある少年。

 聖良の彼氏であるはずの雅史くんだった。


 今、彼は何と言った……?


「ちょ、ちょっとまーくん……!?」


 聖良が慌てた様子で声を上げる。

 雅史くんの視線が聖良から七瀬へ移され、それから俺へ向く。最後に聖良へ戻った頃には、その顔には冷や汗が伝っていた。


「……あー、なんか俺、やっちゃった……よね? 姉ちゃん」

「姉ちゃん言うなバカぁ!」

「……………………ごめん」


 雅史くんが頭を下げると、その場には沈黙が流れた。


「え? え? 何、この空気。その子、聖良の弟さん……?」


 状況を理解できないであろう七瀬だけが、落ち着かない様子で確信をつく。


「……はい。えっと……私の弟、です」

「どうも、篠崎雅史です……あ、あはは……」


 観念した聖良は涙目でそう呟き、雅史くんは非常に居心地悪そうに頭をかいた。


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