第19話 女子サッカー
「わぁ。すごいねえ、篠崎さん。七瀬ちゃんといい勝負なくらいじゃない?」
一緒にグラウンドへやってきた霧島が少し興奮気味に呟く。
女子サッカーの第一試合が終わったグラウンドは騒然としていた。
それはもちろん、ノーマークだった
第一試合、一年生のクラスを相手にした聖良は3得点――――ハットトリックを見事達成した。
「よっ」
試合後、一応と思って霧島といったん別れると、俺は聖良に声をかけた。
昨日の件は学校中に広まっているため、それだけでも注目が集まるのだが、今更気にすることでもない。
「あら、応援ですか? 私の」
「……まぁな」
「どうでしたか?」
「文句ないな。この調子で行け」
「そういうことではないのですが……まぁいいです」
「あ?」
「もっと釘付けにしますから、見ていてください」
会話もそこそこに、聖良と別れた。
まぁ、第一試合はさすがに上手く行き過ぎたというべきなのだが、それでも好調な出だしだ。
このままなら問題ないだろう。
第二試合が始まる頃には、バレーボールからかなりの人数の観客が流れてきていた。聖良の活躍を聞いてやってきたのだろうか。男子の数がヤケに多い。
そして第二試合のホイッスルが鳴った。
第一試合を見た者なら、まだまだ聖良の一人舞台は続くと確信していた。
しかしそう上手くいかないのが、勝負事の常だ。
第二試合、対戦相手の3-Bは聖良を徹底マークした。
2人の選手を聖良に常についていかせる形だ。
荒療治ではあるものの、聖良という突出した選手への対応を見せたのだ。
だが所詮は応急処置にすぎない。
聖良に二人の徹底マークを付けるということは、単純だが三年クラスは選手を一人少ない状態で戦わなければならないということに他ならない。
逆に言えば、聖良一人で常に二人の選手を封じているんだ。たとえボールに触れられずとも、それだけでも聖良の価値は大きい。
それはまさしく、俺が想像していた泥試合の様相を呈した。
だが終了間際、ボールが零れた一瞬のチャンスを逃さなかった聖良により貴重な一点が挙げられ、2-Aクラスの勝利に終わったのだった。
そこからは順調の一言。
危なげなく、聖良たちは決勝進出を決めたのだった。
「ふぅ。なんとかここまで来れました……けっこう疲れるものですね」
「お? お? 走り込みやらなかったのがここで響いてきたか? お?」
「いえそんなことは。私はもっと、スマートに勝ちたいので」
せかせかとタオルで汗を拭きとる聖良の頬は暑さと疲れで朱に染まっていた。
ウチのクラスは良くも悪くも聖良のワンマンチーム。
七瀬などの主戦力はバレーボールに出ているのだから当然だが、その負担の大きさについては俺も見誤っていたかもしれない。
「大丈夫か?」
「ここまで来て負ける選択肢なんてありません」
「だな。頑張れよ」
そろそろ別れようか、そう思ったところで見覚えのある人物がやってきた。
「篠崎聖良。先ほどの試合、見事だった。キミは運動神経もいいんだな」
小早川先輩だ。
当然のこと、聖良の試合を見に来ていたらしい。
「サッカー部の先輩にお褒めいただけるなんて光栄です」
「いやはや。本当に素晴らしかった。特に第二試合、俺はてっきりPK戦にもつれ込むものと思っていたよ。だが、あのこぼれ球を拾ったキミからは執念を感じた」
「執念……そうですね。そういうものも、あったのかもしれません」
「キミの雄姿に、賛辞を。そして決勝も期待している。とは言っても決勝の相手は俺のクラス、3-Aだ。一筋縄ではいかないだろうが、キミならいい戦いができるだろう。俺はあくまで公平に、キミを見ている」
「あは。ありがとうございます。頑張りますね」
愛想良く応じる聖良に満足したらしい小早川先輩は機嫌良さそうに帰っていった。
案の定だが、今回は俺のことが目に入っていなかったらしい。
俺に宣戦布告したんじゃなかったんかい。
いや、彼の中では自分が勝つことまでが既定路線。約束を取り付けた今、俺という個人に用はないのか。
「じゃ、俺も行くわ」
素っ気なくそう言い残して、俺は霧島と合流した。
まもなく、女子サッカーの決勝が始まる。
女子バレーボールの決勝とは時間がずらされているため、そちらに参加する生徒以外はほとんどが応援に駆けつけていた。
当然のように七瀬たちは決勝に進んだらしく、2-Aメンバーは男子がほとんどだ。
しかしそれでも、これまでとは応援の熱が違う。
「がんばれー篠崎さーん!」
「またハットトリック見せてくれよー!」
「応援してるぜ~! まずは一冠~!」
「強さも可愛さもナンバーワンだ~!」
「はぁはぁはぁはぁ……せーらたんせーらたんかあいいマジ天使」
野太い応援に応えるように、聖良はこ笑顔でひらひらと手を振った。それによってまた歓声が大きくなる。
「……嗚呼……あの笑顔だけであと100年は生きられる……ありがたやありがたや。あとでグラウンドから汗を採取しなければ……っ」
とりあえずさっきから性癖拗らせている奴らは後で廃除しておこう。俺が知らない間に不気味なファンが生まれていたようだ。
ほどなくして、選手たちがグラウンド中央へ並ぶ。
「こんにちは。あなたが篠崎さんね。私は3-Aの
「篠崎聖良です。どうぞお手柔らかに、よろしくお願い致します」
「それはどうかな~。私らも最後なんでね。思い出作りに必死なんだ」
「それならよかった。敗北も、とっても素敵な思い出になると思いますよ?」
「言うねえ。けっこう上手いみたいだけど、私も昔は男子に混ざってサッカーやってた身でね。女の子には負けないよ」
「それは楽しみですね」
早くも火花を散らせる両クラスの中心選手ふたり。
闘志は十分、ふたりのやり取りにグラウンド中がざわついた。
しかしまさか経験者がいるとは。
聖良は余裕な顔しているが、厳しい戦いになりそうだ。
「それでは、2-A対3-A。女子サッカー決勝戦を始めます」
いよいよ、試合開始のホイッスルが鳴らされた。
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