第33話 生意気ガール

 バスに乗って15分くらい揺られていると、そこそこ大きい駅の前にあるバス停に到着した。


 バスから降りた俺たちは、奈遊のバイト先である塾……の近くにあるファミレスに向かった。


「流石に塾でお話はできないからね」


 奈遊はシフトが入っていないだけで、今日もその塾はやっている。他の生徒や講師の邪魔になってしまうので、この場所を選んだらしい。


「ところで、外で生徒と会っていいのか? こういうのって厳しいって聞くけど」

「うちは本当に小さい塾だから、その辺は塾長の匙加減って感じかな。もちろん、今日のことは許可もらってるよ。よろしく頼むってさ」


 どうやら塾長も、その生徒の扱いに困っているようだ。


 ファミレスに入り、出迎えてくれた店員さんに奈遊が「待ち合わせしてます」と言い、辺りを見渡す。


「あ、いた。あの奥の席だよ」


 奈遊が指差した先には、黒いセーラー服に身を纏った女子が二人、テーブル席に着いていた。俺たちはそのテーブルへ近づいていく。


 一人は、白銀の髪を腰辺りまで真っ直ぐ伸ばし、前髪のパッツンが特徴的な少女。その青色の瞳は鋭く、近づいてきた俺を見てギロっと睨んできた。その排他的な視線とかち合った瞬間、「あ、この子だな」と確信した。


 もう一人は、肩まで伸びたゆるふわな栗色の髪の毛が可愛らしく、くりっとしたまん丸な目も相まって、非常に柔らかい空気を纏っている。隣にいる子とは正反対だが、一緒にいるということは仲が良いのだろうか。


 ゆるふわガールは俺たちと目を合わせると、ぺこぺことお辞儀をし始めたので、俺も軽く会釈を返しながら席に座る。


「おまたせ。今日は会ってくれてありがとね」

「別に暇潰しだからいいよ。てか、本当に男連れてきたんだ。で、レンタル代いくらだったの?」

「ハルはレンタルじゃないもん!」

「はいはい。こんなこんな馬鹿な話に付き合ってくれて、しかも私がちょっっっとだけいいなって思うくらいの男を、あんたが都合よく連れてこれるわけないって」


 あれ。俺、ちょっと好評価じゃん。睨まれたんだけどな。


 てか、生徒に対して「もん」って。これは学力以外の部分にも舐められてる要素はありそうだな。


「本当だもん……」

「高瀬先生。今日はわたしも同席してごめんなさい」

「ううん、大丈夫だよ。甘中あまなかさんは、今日は授業ないの?」

「あ、はい。今日のために調整してもらいましたぁ。若菜わかなちゃんを止める人が必要かなって〜」

「あんた、のどかにも心配されて、情けなくないの?」

「わ、若菜ちゃん! 先生、わたしはそんなつもりはなくて……」

「わかってるよ、甘中さん。来てくれてありがとね」


 奈遊が大人な対応を見せると、若菜と呼ばれている生意気ガールは面白くなさそうに「ふんっ」と鼻を鳴らす。そして、ジロリと俺の顔を見てきた。


「それで、あんたは誰? 源氏名でもいいからさ、自己紹介してよ」

「生憎、本名しか持ち合わせがないな。奈遊とは幼馴染で、今は彼氏の神田遥だ。どうもうちの奈遊がお世話してるみたいで」

「は? お世話してあげてるのは私の方なんだけど。そいつからちゃんと話聞いてないの?」

「生意気なJKの相手をしてるって聞いたが、間違ってたか?」

「なまッ……はぁ。はいはい、弱者はいつもそうやって、相手を下げるようなことを言うのよね。そうでもしないと自分の精神が保てないのかしら。負け犬の遠吠えってやつ?」

「相手を下げるような事してるのはお前だろ。生意気ってのは俺が受けた印象で、奈遊はお前のこと、一人の生徒としてどうやって向き合えばいいか悩んでいて、その悩みを聞いただけだ」


 俺がそう言うと、若菜は顔を歪ませ、腕と脚を組み始めた。明らかに機嫌が悪くなっている。


「へぇ、ここまで言わせるなんて。バイトの給料使って、結構お高めのコース頼んだの?」

「わ、若菜ちゃん。高瀬先生の初任給はまだだと思う……」

「悠! そんな細かいことはいいのよ!」

「う、うぅ。ごめんね?」


 若菜は髪をかきあげ、更なる苛立ちを見せる。まさか友人からも攻撃されるとはな、少しいい気味だ。


 多分、彼女は少し天然が入っているんだろうな。今の攻撃はナチュラルなものだった。


「……あんたたち恋人なんでしょ? じゃあ手ぐらい繋げるわよね」

「えっ」


 可愛らしい要求だと思ったが、奈遊の困ったような声を聞いて思い出した。今の俺は男の姿だ。つまり、女に触ったら硬直が起きる。


 奈遊は困った表情を浮かべ、俺と自分の手を交互に見ている。その様子を見て、若菜はニヤリと笑った。


 彼女がその笑みを浮かべたまま、何かを口にしようと口を開く寸前に、俺の体は動いた。


「えっ!」

「ほら、これで……いいんだろ?」


 膝の上に置かれていた奈遊の右手を掴み、それを見えやすいようにテーブルより上の位置へ上げていく。


 おそらく、俺の背中は汗でべったりだろう。手汗もやばそうだ。でも、今は意識を目の前の憎たらしい少女に集中させよう。


「っ。な、なによ……」


 若菜の目をまっすぐ見つめながら、俺は奈遊の手を弄り……恋人繋ぎを作った。


「は、ハルぅ」


 俺に睨まれて固まっていた若菜が、奈遊の蕩けた声を聞いて我に帰り、繋がれた俺たちの手を見る。


「はわわわ、恋人繋ぎだぁ。ドラマや漫画以外で初めてこんなに間近で見ちゃった……!」


 興奮気味の悠とか対称的に、若菜はつまらなさそうに舌打ちをした。それを確認したところで、俺は奈遊の手を離す。「あっ」という寂しげな声が聞こえた。


「ふん、そんなの付き合ってなくてもできるわよ」

「お前の要求通りだぞ」

「これだから京西大生は。順序ってものがあるのよ。まずは、あんたたちが私の言うことを聞くかどうかを試したのよ」

「さいで。それで、本命はなんなんだ?」


 余裕な感じを出しているが、無理矢理な言いがかりをつけてくるあたり、彼女の予定通りではないのだろう。


 次こそは生易しいものではないだろうなと思っていると、彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。


「今ここで、き、ききききき、キスをしなさい!」


 顔を真っ赤にして言い放つ若菜。それを聞いて、赤くなった顔を手で隠しながら、指の間から俺たちの動向を観察する悠。赤顔しながら、期待のこもった目でこちらをチラチラと見てくる奈遊。


 俺以外の全員が顔を赤くする中、俺は大きなため息をついた。


「するわけねえだろ、こんな公衆の面前で。そういうのは見せ物じゃねえんだぞ」

「あら? できない言い訳かしら。そもそもしたことあるの?」

「恥ずかしながらまだなんだ。俺たちが付き合うようになったのも、大学に入ってからでな。如何せん幼馴染の期間が長かったから、なかなか踏み出せない状況でな。だから、俺たちのファーストキスが人前ってのは気が引ける」


 付き合い始めというのは、バスの中で奈遊と話し合って決めた設定だ。あまりに現実と離れた設定にすると綻びが出やすいからだ。そして、あえてまだキスしたことないと言ったのは、現実味を出すためだ。実際にしたことないし、どんなものかと聞かれると困るからな。


 俺の返答を受けて、意外にも若菜は「あっそ」と簡単に引き下がってくれた。言い訳ばっかりと難癖つけてくると思っていたため、拍子抜けだった。


 ここで話が止まった。そういえば、俺たちはファミレスに来ていたのだ。流石に何も注文せずに出るわけにはいかないので、テーブル上にあるメニュー表を開く。


「とりあえず、何か頼もう。二人のも奢るから、好きなの頼みな」

「え、いいんですか〜? ありがとうございます!」

「ふん。呼び出したのはそっちなんだから、それぐらい当然よ」


 生意気なことを言う若菜に、悠は「めっ」と注意している。若菜はそれを嫌がるわけでもなく、「なによ」と軽口を叩くだけで受け入れていた。さっきまでの彼女の様子からして、それが少し奇妙に思えた。


「ね、ねえハル。ここは私が出すから、ハルは払わなくていいからね?」


 触れない程度に近づいてきた奈遊が、こそこそと話しかけてきた。


「いやいいよ、俺が言い出したことだし。会計も面倒だから奈遊のも出すよ」

「そ、そんなの悪いよ。私がお願いして来てもらったんだし」

「いいって。ここは男の俺が出すよ」


 そう言うと、対面の席から「へぇ」って声が聞こえてきた。声の方を振り向くと、若菜が面白そうに口角を上げていた。


「あんた、前時代的な考えを持ってるのね」


 しまった。この世界では、女性の方がお金を出すのが主流なのだろうか。


 とりあえず、適当に誤魔化すことにする。


「性別自体が希少なんでな。いっそのこと究極のレアキャラを目指そうと思ってるんだ」

「ふーん。よかったわね。あんたはとっくに変わり者レアキャラよ」


 なんか素直に褒められた気がしない。彼女の表情を見てみると尚更だ。


 対角の席に座っている悠は俺と奈遊の会話が聞こえていなかったみたいで、なんのことだか分からずに首を傾げていたのだが、その姿がやけに彼女のキャラと合っていて様になっていた。あれが天然物かと、キャラ作りの難しさを痛感する。

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