第24話 デジャブ

「なんだこの通知の数……」


 通知欄に夥しいメッセージ通知が表示されており、俺は店先で戦慄してしまう。自慢ではないが、俺が知っている連絡先の数は少ない。そのため、多くの人が俺にメッセージを飛ばしてきてるわけではない。主に二人、そして一部が一人によるものだ。


ナユ:バイトの面接終わったよ!

ナユ:早速来週から来て欲しいんだって〜

ナユ:バイトって大学生っぽいよね! 私がんばるよ!

ナユ:ハルー?

ナユ:どうして返事くれないのー?

ナユ:今どこ?

ナユ:今からハルの部屋行っていい?

ナユ:どうしてインターホンにも出ないの?

ナユ:まだ帰ってないの?

ナユ:ハル?

ナユ:大丈夫? どこにいるの?


 どうやら奈遊は、返事をなかなかしない俺を心配してくれて、わざわざ俺の部屋まで来てくれていたらしい。申し訳ない気持ちになり、すぐさまメッセージを返そうとすると、新しい通知が来たので反射的に開いてしまう。


ミナミ:先に帰ったんだね

ミナミ:君は薄情だなあ、待っててくれてもいいじゃないか

ミナミ:奈遊から話は聞いたよ。確かに一人で待つのも忍びないね

ミナミ:まあでも、私としては、行きは一緒なのに帰りは違うというのも、なんともね

ミナミ:私の時間割のせいなのは分かってはいるんだけどね

ミナミ:何か集中しているの?

ミナミ:君が夢中になるもの、少し興味深いね

ミナミ:どうして返事くれないの?

ミナミ:私、君に嫌われることした?

ミナミ:こういうのは自分から気づくべきなのは分かっているけど、教えてほしい

ミナミ:私は何をしてしまったの?

ミナミ:分からないままなんて嫌だよ

ミナミ:返事が欲しい

ミナミ:せめて読んで


 二神は、俺が返事をしないのは自分が嫌われているからだと勘違いをしてしまっている。


 というか、奈遊も二神も、俺がちょっと返事遅れただけで焦りすぎじゃないだろうか。迂闊に寝落ちなんかできないな。


 既読をつけてしまったので、俺がメッセージを読んだことも向こうはわかっているはずだ。早く返事しないと……と、メッセージを打ち込んでいると、突然画面が切り替わった。一瞬ビックリしたが、通話の着信だと理解し、応答する。


『もしもし!? ハルちゃん? 大丈夫?』

「母さん。急にどうしたの?」

『だって、さっきから連絡してるのに返事がないから! 何かあったんじゃないかって……』

「ごめん、サークルの歓迎会に参加してたんだ」

『サークル? ハルちゃん、何かサークルに入るの?』

「考え中。多分、今日行ったところは入らないかな」

『あら、そうなの? ……もしかして、何かあった?』

「母さんは鋭いね。うん、まあちょっとね」

『そう……。大学のコミュニティって、今までと違って自由が多い分、危険なことも多いの。そして、逃げるのも自由だよ。ハルちゃんにとって居心地のいい場所が見つかるといいね』

「……うん。そうだね」


 サークルの歓迎会で何かがあって、俺が居づらくなったと聞いて、母さんは俺が何かやらかしたのではないかと疑うこともなく、はなから俺のことを信じてくれていた。それが嬉しくて、照れ臭くて、簡素は返事になってしまう。


 それからしばらく、大学の感想を軽く話して、通話を終了した。この通話に出なかったら、こっちに来ようとしていたらしく、危機一髪のところだった。


 母さんとの通話で心がほっこりしたのだが、再び通知欄を見て背筋が凍るのを感じる。


「そういえば読んでから放置してたな……これって既読無視になる、よな……」


 メッセージと着信の通知が入り乱れる通知欄を見ながら、俺は深いため息をつき、暗夜に光り輝く満月をなんとなしに眺めるのだった。




 * * * * *




 歓迎会の会場から出てしばらく経つが、俺はその店先から未だ離れていなかった。なぜなら、奈遊が迎えに来てくれることになり、待ってろと言われたからだ。


 別に家までそこまで遠くないのに……と思ったが、もう暗くなってきたから、だそうだ。あと、しばらく連絡に出なかったことについて色々聞きたいらしい。歓迎会に参加したこと以外話すことはないのだが。


 二神も来ようとしたらしいが、奈遊から断りを入れたらしい。迎えに来てくれるなら、帰る場所が同じ二神の方が楽なのでは? と思ったが、二人で話し合ってそう決まったらしい。詳しいことは知らない。


 奈遊は既にアパートを出たらしいので、もうしばらくしたら到着するだろう。早くこの場から離れたいなと思いながらスマフォを弄って暇を潰していると、後ろのドアが開けられた。


 サークルの人だろうか、だったら少し面倒だと思い、振り向かないでいると、「あの」と声をかけられた。その声は低く、親しみの持てるものだった。ほとんど反射的に振り向くと、そこには先ほど先輩らに絡まれていた男子——有紀がいた。少し照れたように顔を背けた際に、彼の耳にピアスが見えた。


「どうしたの?」

「あ、あの、さっきは助けてくれてありがとう。オレ、何にもできなくて……あのままじゃ多分、先輩たちのいいようにされていたと思うんだ。だから、本当にありがとう」

「どういたしまして。別に気しなくていいよ。気持ちは分かるからさ」

「神田、だよな? やっぱり神田も……その容姿だから、女子に絡まれたりしてたのか?」

「ん? んー、あー、そうだな。うん。女子が多いとどうしてもな、男役にされるんだ。あはは」


 そういえば今の俺の格好は女だった。相手が男だったので、つい気を緩めてしまった。


 俺が下手くそな誤魔化しを口にすると、有紀は口をモゴモゴさせた後、一呼吸入れ、ゆっくりと口を開く。


「……オレは、神田は素敵な女性だと、思う」


 一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静な自分が「いや俺、男」と脳内でツッコミを入れる。おかげで表情に感情が出ることはなく、ニッコリと笑みを作って「ありがとう」とお礼を言った。有紀には顔を背けられた。


「しかし、よくあそこから抜け出せれたね。あの先輩らも座敷に戻ったでしょ?」

「あ、あぁ。確かにしばらくは先輩の一人に絡まれたけど、天使が助けてくれたんだ。それに、今はみんな天使の話に夢中だからさ」

「天使の話……? 何を話してるんだ天使は」

「っ……えっと、神田はさ、天使と付き合ってるんだよな?」

「……あー」


 そういえば、俺があの先輩らに問い詰められてた時、天使が助けてくれる際にそのような嘘を言っていた。今、あの会場でそれが事実として広まっているのか。まあ、今後関わらない人たちだろうから、別にいいか。


 とりあえず、今この場ではそういうことにしておこう。


「あぁ、そうだよ」

「……そっか。うん、二人はお似合いだと思う。で、でも、神田は本当に好きで彼氏役を……いや、忘れてくれ。これは二人の問題だよな。オレが口出ししていいことじゃないはずだ」


 有紀が一人で重たい空気を出して喋っているが、俺は迂闊なことは言えないと思い、苦笑を浮かべながら話をひたすら聞いていた。


「まあ、そのことが会場中に広まってさ。どうやったら男をモノにできるのかって先輩らが天使に聞きまくってるんだよ。天使は神田は彼氏にしたわけだし、見た目からも経験豊富そうだしな」

「なるほどね。理解した」


 天使の見た目は完全にギャルだし、確かに経験豊富そうだ。数少ないチャンスをモノにするスキルが、この世界の女子には必要だ。あの男に飢えている先輩たちが、それを実践している(ように見える)天使に教えを請うのは納得がいく。


「……そ、それでさ、神田。今度改めてお礼したいから、連絡先交換してくれないか?」


 有紀はスマフォをおずおずと取り出しながら、そう訊ねてきた。お礼は別にいいのだが、連絡先を交換することに特に断る理由もないため、「気にしなくていいけどね。いいよ、交換しよう」と答えると、有紀の表情はパァと明るくなった。


 そして二人でスマフォを操作して、連絡先を交換し合っていると、道路側から女の人の声が聞こえた。


「ハル。そのひと、誰?」


 この時、俺は酷いデジャブを覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る