第25話 報告と希望
奈遊と一緒に帰宅した俺は、何故か自宅のリビングで二人の少女を前に正座していた。
「それで、どういうことか」
「教えてもらおうかな」
奈遊と二神に強く突き刺さるような眼差しを向けられ、俺は自宅にいるのにも関わらず居心地の悪さを感じていた。
奈遊が迎えに来てくれた時のことを思い出す。
有紀と連絡先を交換していると、奈遊が到着し、俺と有紀を引き裂くように俺の腕を引っ張ってきた。そのまま連行される形で俺は帰路に着き、家に着くまでの間に奈遊は二神に連絡を入れていた。マンションに着くと、エントランスで二神が待機しており、そのまま一緒に俺の部屋へ、という経緯だった。
「教えるって、何を……?」
「しらばっくれても無駄だよ! さっき、男の人と連絡先交換してたでしょ!」
「してたけど、それの何が悪いんだよ」
「ほら、ミナ! 私の言った通り、ハルは心まで女の子になっちゃんだよ!」
「はぁ!?」
「これは由々しき事態だね。まさか女が苦手すぎるからって、そっちに走るとは思わなかったよ。でも大丈夫。私たちが本来の君を取り戻してあげるから」
「本来の俺!? 俺はずっと変わっていないはずなんだが」
「そんな格好で言われても説得力ないよ!」
「女装は俺の趣味じゃないって知ってるだろ!」
あくまでこの格好は防衛対策だ。決して好んでやっているわけではない。
「でも……格好の変化で、心も変わってしまうって言うから、もしかしたらハルの心も女の子になって男の子のことが好きになっちゃったのかなって」
「いや……あいつとは、そういうんじゃないんだよ」
「じゃあ、教えてほしいな。君がサークルの歓迎会に参加することになったところから、顔を赤らめた男の子と連絡先を交換するとになるまでの経緯を」
「赤らめたって、誰からそんなことを……って奈遊しかいないか」
「私見たもん! あの子、私と同じ顔してた!」
「あいつは確かにイケメンだけど、奈遊は可愛い系だろ。全然違うぞ」
「わ、私って可愛い? えへへ……」
今までぷりぷり怒っていた姿から一転して、奈遊ははにかみ、嬉しそうな表情を浮かべる。
「ちょっと奈遊さん、うらやま……しっかりしてよ。はぁ。とにかく、神田くん。話を聞かせてくれるかな」
調子を崩された感じの二神はため息をつき、俺に改めて説明を要求する。
俺は「わかった」と返事をして、今日あった出来事を思い出しながら話を始める。
「いつまでも二人を頼ってばかりはいられないから、自立するためにも、サークルの歓迎会に参加したんだ」
「そんな! いつまでも私を頼ってくれていいんだよ?」
「それじゃあ……えっと、前と同じような結果になるだろ?」
「あっ……そっか。ごめん。私、同じことを……」
奈遊が言ったことは、元々こっちの世界にいた奈遊が行ってきたことに変わりない。実際は、そういう状態になるよう自ら手を下していたか否かの違いはあるのだが、奈遊自身もそう思えたらしい。
落ち込んだ様子の奈遊に、二神は優しく肩を叩く。二神も奈遊の過去の行いは日記を通して知っており、また、そのことで一度俺と喧嘩して仲直りした経緯も知っている。本当は奈遊の中身自体が変わっているのだが、二神視点では奈遊が反省して心を入れ替えたように見えているはず。だから、落ち込んでいる奈遊に優しく接してくれているのだろう。
「奈遊が俺のことを心配してくれているのも十分伝わってるし、俺も歓迎会に参加することを事前に連絡しておけば良かったと反省している。けど、いつまでも奈遊におんぶに抱っこじゃダメだと思うんだ。だから、一人で行動することもあると思う。何かあったら、迷惑をかけてしまうかもしれないけど……どうか、見守っててくれないか?」
「うん……わかった。別にハルを束縛したいとは思ってないの。ただ心配だから……あはは、結局私は私だったってことだね。うん、ハルのこと応援するよ。でも、もし何かあった時には遠慮なく頼ってね! それが私の本望だから」
「あぁ。ありがとう」
奈遊は「私は私だった」と自虐しつつ、俺を見守ってくれる、そしていざとなった時には頼ってくれと言ってくれた。俺の安全を最優先するなら、奈遊に依存するのが一番だ。自立したいというのは、結局は俺のわがままかもしれない。それでも承諾してくれた奈遊に、俺は感謝の言葉を述べる。
「二神も。俺が二神のことそう簡単に嫌いになるわけないから、返事が来ないからって心配しないでくれ」
「簡単にって、決してとは言ってくれないんだね」
「絶対の保証はできないってだけだ。余程のことがない限り、嫌いになんかならねえよ」
「そ、そうか。まあ、私は? 別に心配などしてなかったけどな? ただ無視されるのは癪だったから、同情を買わせて返事をさせようとしていただけさ。君はまんまと私の策略に嵌ったわけだ。ぷふふ」
「なんだ、俺に嫌われたのかと思って健気に返事を催促す可愛らしい二神はいなかったのか」
「少しは心配していたかもな、大事な友人を失うのは嫌だからな、うん」
素直になりきれない二神の様子に、俺が思わず笑みを溢すと、二神は顔を赤くしてそっぽを向いた。
少し話が脱線してしまった。改めて、歓迎会であったことについての報告を再開する。
「まあ、そんなわけで、放課後に誘われたバスケサークルの歓迎会に参加してきたんだ。会場に着いて、隣になった同じ新入生の奴としばらく話してたら、歓迎会が始まった。先輩らが指定する席に各自移動して、各テーブルで楽しもうといった感じだったんだが、隣のテーブルの一人の男子が先輩らに絡まれて弱ってたから、俺が助けに入ったんだ。その時に助けたのが、奈遊が迎えに来てくれた時に俺と一緒にいた有紀だよ」
俺のある程度の説明を受けて、奈遊は「そうだったんだね! 人助けするなんて、ハルはやっぱり優しいね!」とご機嫌になっていた。
一方で、二神はどこか思案顔になっていた。そして、その表情は晴れないまま、疑問を俺にぶつけてくる。
「それで、助けに入った神田くんは無事だったの? 私はどうも平穏に終わったとは思えないんだけど」
さすが二神。鋭い洞察をしている。
「二神の言う通り、ちょっといざこざはあったよ。俺がトイレから帰ろうとしたら、その先輩らに問い詰められてさ」
「ハル、その先輩たちの名前何? 何学部?」
「私の知り合いの弁護士を紹介するよ。安心して、彼女はとても優秀だからさ」
「待て待て、大事にしようとするな。
「天使? 誰それ?」
「最初に話した、会場に着いたときに隣になった新入生だよ。彼女も有紀のことを心配してくれていて、そこに割り込んだ俺のことも心配してくれていたらしい」
「ふーん、天使さんね。覚えておくね」
「必要なのは弁護士じゃなくて探偵だったみたいだね」
「おーい、天使は助けてくれた人だぞ。なんかターゲットみたいになってるけど」
天使のことを説明すると、二人から何か不穏な空気を感じたので、一応重ねて説明しておく。特に二神の発言についてはよく分からない。
そういえば、歓迎会での出来事を報告していて思い出したが、あの件について相談しておくべきか。
「そういえば、その先輩らに詰められた時にな、ちょっと身体を触られたんだけど、女装姿なのに体が硬直したんだ。どうしてだと思う?」
「やっぱり何かされてるじゃん! ハル、その先輩の情報ちょうだい!」
「だから教えてないって。奈遊、落ち着いて。二神も頼むよ」
「……まあ、その件は一旦置いておこうか。そうだね、その時、神田くんはその人に対して恐怖を覚えていたんじゃないかな」
「まあ、あれだけ詰められたらな。少しは怖がってたかもな」
「と言うことは、君の体質はやはりメンタルが影響するってことだね。私が最初に考えていた、体と心がバラバラという点は、改めて観察すると、最近の神田くんはその体を自分のものであると認識してきていると思うんだ。だからこそメンタルが体に影響している、というのが今の私の考察かな」
俺はこの体を自分のものであると認識してきている。だからメンタルの状態によって、体に異変が起きなかったり起こらなかったりするってことか。
それは、一歩前進できたと言えるのではないだろうか。体を自分のものではないと認識していない内は、手の施しようがないと思ってたからだ。
「ありがとう、二神。少し希望が見えてきたよ」
「あくまで私の考えだけどね。でも、君のためになれたなら嬉しいよ」
俺が礼を言うと、二神は少し照れた表情で笑顔を見せてくれた。
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