第6話 クリスマスイブ

 ウィース。どうも、遥です。難関大向けの数学の講座を受けたわけですけど、何一つ、分からなかったです。何がいけなかったんでしょうね。予習か、予習なのか?


 まあ原因は分かりきっている。純粋に自分の学力不足だ。数学は得意だと思っていたが、俺は難関大に入れる器ではないのかもしれない。


 でも、諦めるわけにはいかない。折角母さんがお金を出してくれて受講できているんだ。少しでも吸収するんだ。


 俺は分からない点を聞くために、先生の元へ行こうとテキストを持って立ち上がった。すると、隣から「待って」と動きの制止させる声が聞こえてきた。


「質問にでも行くの?」

「あぁ。情けないことに、全然分からなかったからな。少しでも理解できるように、とりあえず聞きに行ってくるよ」

「さっきの講義を受けて分からなかったのに、その先生に質問してもダメだよ。それに、そんな理解度で質問しても先生を困らせるだけ」

「で、でも、俺だけじゃどうにも……」

「ぷふふ。お困りの神田くんに良いことを教えてあげる。なんと、神こと私は今の講義内容を完璧に理解できています。そして、海のように広い心の持ち主こと私は、無料でその内容をレクチャーしてあげてもいいと思っています」


 どうやら二神は本当に賢いみたいだ。


 ドヤ顔は少し腹たつが、ここはご厚意に甘えることにしよう。


「マジか! ありがとう助かるよ、ゴッド・オーシャン」

「何その失礼な態度。教えてあげないよ?」

「自分が始めたネタだろ!」


 そして常に揶揄ってこようとするのも……別に腹が立たない。むしろ楽しい。何だろう、俺を男として特別視していない感じがする。そうだ、元の世界と同じ感覚でいられるのだ。


 二神はルーズリーフに何かを書き始め、書き終えるとそれを俺に渡してきた。


「これ、私のラインIDだから。連絡してよ」

「あ、あぁ。でもどうして?」

「君はあまり私が近くにきて教えてもらいたくないだろうし、それに居残りはしないんだろ?」

「え、どうしてそれを——」

「ハル?」


 突然、背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえて驚きながら振り返る。真顔の奈遊が近くまで来ていた。


「お疲れ様。迎えにきたよ。それで、その子は誰かな?」

「えっと、ゴッド・オーシャンさんです」

「ふざけないで、ハル」

「はい。二神さんです。さっきの講義の隣の席の方です。初対面です。医学部志望です」


 奈遊から強い圧を感じ、俺は早口で二神についての情報を伝える。すると、奈遊はギギギと効果音がつきそうな動きで二神の方を向き、ニコッと笑顔を作る。


「はじめまして。私、ハルの幼馴染の高瀬奈遊です」

「あぁ、私は二神南海だよ。よろしくね高瀬さん。ところで、二人は恋人同士かな?」

「……え? ふ、二神さんは、私たちを見てそう思う?」

「あぁ。随分仲睦まじそうだからね」

「……も、もう! さっき幼馴染って言ったじゃん! 二神さんもしかしてドジっ子さん?」

「む。こう見えて、私はケアレスミスは少ないと自負しているんだけど」

「二神。それはちょっと違うと思うぞ」


 気づけば、さっきまで少し重かった空気はいつの間にか和らいでいた。これも全て二神の策略の上だと思うと、やはり頭の回るやつだと思える。




 * * * * *




 二神と別れ、ご機嫌な様子の奈遊と一緒に校舎を出た。すると、街中が煌びやかになっていることに気づく。これは一体……あっ。


「えへへ、今日はクリスマスイヴだもんね! ……どうする? 今日はちょっと遊んで帰る?」

「そうは言ってられないだろ。俺たちは受験生なんだし、母さんも迎えにきてるだろうし」

「……そうだね、うん。私たちは受験生だもんね。来年に持ち越しだね!」


 どうやら奈遊は来年の冬も俺と一緒にいるつもりらしい。志望大学をしつこく聞いてくるのも、もしかして同じ大学を志望しようとしてたり……するのかな?


 やっぱり母さんはもう迎えに来てくれていて、俺たちは車に乗り込んだ。外は寒かったため、車内の暖気に包まれてホッとする。


「二人ともおつかれさま。どうだった?」

「もうボコボコにされましたよー。でも、これを乗り越えたら試験本番は無双できそうです!」

「無双できるかは分からないけど、独学じゃ得られないものがたくさんありそうだったよ」

「うんうん、それならよかったぁ。そうだ、今日はクリスマスイヴだしこの後みんなでご飯に行こうか。奈遊ちゃんのお母さんも呼んで」

「えっ良いですね! 行きましょう! ね、ハル?」


 正直言うと、家に帰って今日の復習がしたかったが、迷惑をかけてしまっている母さんからの誘いだったため、俺は「うん」と答えた。


 車を出した母さんは、その間に奈遊が電話をして承諾を得た奈遊のお母さんを拾い、俺たちはホテルのレストランへ向かった。どうやら事前に予約を入れていたらしく、すぐに席に案内された。


 三人の話を聞いていると、どうやら奈遊にも父親はいないらしい。というか、この世界ではそれが普通らしい。こっそりスマフォで調べたが、どうやら国営の精子バンクがあるらしく、子供が欲しい人はそこに依頼できるらしい。進んでいるというか何というか、こちらの感覚にまだ馴染めていない俺にとっては衝撃的だった。


「奈遊が作る家庭にはお父さんがいるかもね〜」

「お、お母さん!? も、もうっ」

「いいな〜お母さんも欲しかったな〜旦那さん」


 高瀬親子がそんな会話をしていたが、やはり世の中の女性は結婚欲が強いらしい。しかし、そもそも男性が少ないこと、女性からの猛アプローチに辟易して結婚したがらない男性が増えていることで、婚姻数が減っているらしい。


 そもそもどうして男性が少なくなったのか。それは未だに原因がわからないらしく、ただただ産まれにくいみたいだ。


 まあ、急にこんな世界に放っぽり出された一学生である俺がどうすることもできないことは自明なため、それ以上考えることはやめた。




 * * * * *




 高瀬親子を家に送った後、自宅に着いた俺は、自室に戻って荷物の整理をしていた。すると、テキストの間から一枚の紙が出てきた。


 そういえば、講義後に奈遊がやってきた時、二神に渡された紙を咄嗟にしまったのだった。


 紙に記載されている英数字をスマフォに入力すると、『GOD』と書かれたアカウントが表示された。何だよこれと笑いながらメッセージを送ると、すぐに既読がついた。


ハルカ:これが神のアカウントですか

GOD:私が神だ

ハルカ:偶然だな。俺も神なんだ

GOD:お前もだったのか

ハルカ:なあ、話の終わりが見えないんだが

GOD:なに急に梯子を外してるのさ。私が馬鹿みたいじゃんか

ハルカ:医学部志望が馬鹿なわけないだろ、ふざけんな

GOD:なんで君が怒ってんのさ。はぁ。君は正真正銘、神田くんだね


 こんなアホなトークで俺だと確信を持たれるのは不本意だが、分かってくれたのならそれでいい。


GOD:いつまで経っても君から連絡が来ないから、私はこのまま一生GODでい続けないといけないのかと思ったよ

ハルカ:普段からGODじゃないのか?

ミナミ:君は私を何だと思ってるんだ


 あ、名前が変わった。というより戻したのか。


ハルカ:それはもう、神様だと思ってます。神様は講義についていけずに困っている迷える子羊を救ってくださる慈悲深きお方。めっちゃ敬ってるぜ

ミナミ:ぜ、じゃないのよ

ミナミ:はぁ。それで、どこが分からなかったの?

ミナミ:ていうか、今どこ? 家? 部屋?

ハルカ:自室だけど

ミナミ:了解


 どうしてそんなことを聞いてくるんだろう、そう思った瞬間、俺のスマフォの画面が着信に切り替わった。そこに表示されている名前は——ミナミだ。

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