第7話 友達と通話

 スマフォに表示される『ミナミ』という名前を見て、少し躊躇った後に通話に出る。


「もしもし」

『もしもし。こんばんは、神田くん。今ちょっと出るかどうか悩んだでしょ』

「うわあ、バレてるよ。怖えな」

『うん、君の誤魔化さないスタイルは嫌いじゃないよ。ところで、彼女との聖夜は楽しめた?』

「彼女? あぁ、奈遊とはそういうのじゃないぞ。奈遊自身も否定してたじゃないか」

『そうだっけ? でも連絡が遅くなったのは、家に帰るのが遅かったからだろ?』

「見通されすぎて怖いですよ、神」

『ぷふふ。君は分かりやいからね』


 分かりやすいと言われても、今日初めて会って、少し話しただけなんだけどなあ。


「親と高瀬親子と一緒にご飯に行ってたんだよ」

『ほう、家族ぐるみの付き合いということだね。もはや高瀬さんとは婚約者と』

「意地でも俺たちをそう言った関係に結びつけたいんだな。それで、どうして通話を?」

『なに、せめて通話でも聖夜を男と過ごしたいという乙女の望みだよ』


 今日だけでもたくさん揶揄われてしまったので、これも冗談かもしれないと疑念を持つが、可愛らしい理由だなと思う。


「それで、神は聖夜に勉強を教えてくれるわけですね。今年のサンタのプレゼントは知識か」

『期待してるところ悪いけど、科目は保健じゃないんだ。ごめんね』

「はいはい。数学だろ、分かってるよ」

πぱいについて教わりたいとか君、スケベだな』

「今日の内容は整数だっただろ! πなんか一度も出てきてねえぞ」

『ぷふふ。君は本当に揶揄い甲斐がある、いい反応をしてくれるね』


 褒めてるのかどうか分からない二神の言葉に、「どーも」と適当に返す。


 結局、それからはちゃんと講義の内容について詳しく教えてくれた。それも二神の説明は分かりやすく、また質問したらすぐに解答が帰ってくるため、二神の賢さを実感した。


「いやー、ありがとう二神。俺はこれでまた一歩、神に近づけたよ」

『あれ、君も神じゃなかったのかい? ツインゴッドは解散かな?』

「二神一人でツインゴッドが成り立ってるしなぁ、俺の出る幕はないみたいだ。神は一人で十分ということか」

『神は一人って、ツインゴッドを更にややこしくさせないでくれないか?』


 怒ったような口調で言っているが、小さく「ぷふふ」と笑う声が聞こえる。


 どうして俺は今日知り合った女の子とイヴの夜に通話をしているんだろうと思いながら、この時間を楽しんでいた。向こうも同じなのか、勉強を教わった後も通話を切るような雰囲気を感じ取れない。


「ところで、二神はどうして医学部志望なんだ?」

『それは単純明快、お家柄ってやつだよ。うちは代々医者の家系でね、自然と医学部志望って流れになってたってわけ。初めは全然興味なかったんだけど、うん、今はちょっと興味あるかな』

「興味持てたならいいじゃないか。いつから心変わりしたんだ?」

「ぷふふ。今日だよ」

「……今日? まさか。揶揄うなよ」

『本当のことさ。おっと、君は鈍感そうだから伝えておくけど、神田くん、君のせいだからね』


 俺のせい? なおさら意味がわからない。二神が俺に興味を持っているのはわかるが、それが医学部に繋がる道理が俺には見出せない。


「よく分からんけど、俺が二神のためになれたんならいいか」

『ぷふふ。そうだね、君は私は本当に楽しませてくれる』

「あれ? 俺もしかして道化師的な扱いされてない?」

『君がその考えを捨ててくれて、私の言うことを信じてくれるなら、それは気のせいさ』

「それ気のせいじゃないよね? 二神の言葉を鵜呑みにして、それを気のせいだと思うようになったら、俺はまた別の意味で道化師ピエロだよね?」


 また電話越しに小さく「ぷふふ」と笑い声が聞こえる。二神は俺を揶揄うのに余念がないみたいだ。


「ハルちゃーん。お風呂沸いたから入ってー」


 リビングの方から母さんの声が聞こえた。お風呂というワードを聞いて、今は暖房で暖かくなってきたが、一度外で冷えた体はそれを求め始めた。


「悪い、風呂入れって言われた。勉強教えてくれてありがとな。雑談も楽しかったよ」

『……そうか。まあ、私も楽しかったよ。それじゃあまた明日だね、ハルちゃん』

「……あぁ。またな、ミナミ」

『なっ!?』


 そこで俺は通話を終了させた。最後に意趣返しをすることができて、高揚感に満ち溢れる。すると、二神から怒った様子の猫のスタンプが送られてきて、ぷっと吹いてしまう。


 さてと、明日も一日中予備校だ。今日は風呂で疲れを取って、すぐに寝よう。記憶の定着には睡眠が大事、これは向こうの世界で学んだことの一つだ。こっちでも生活リズムは崩さないようにしなきゃな。




 * * * * *




「それじゃあまた明日だね、ハルちゃん」

『……あぁ。またな、ミナミ』

「なっ!?」


 私が動揺した瞬間、通話が終了する音が聞こえた。画面を確認すると、確かに通話は終了されている。


 最後まで彼を揶揄ってやろうと思っていたが、最後の最後に勝ち逃げされてしまった。それが悔しくて、思わず普段は使わないスタンプを送りつけてしまう。


 既読はついたが返事は返ってこなかった。どうやら、今日の彼との会話はあれで最後らしい。


「……残念だと思ってるのか、私は」


 ベッドに倒れるようにダイブして、スマフォを横に置く。もう今日は必要ないもの。必要なくなったもの。


「……でも、一応、充電はしとこう」


 スマフォを拾い直し、ベッド側にある専用の充電器を挿す。充電マークに変わったのを確認して、再びスマフォを置く。


 彼に抱いた第一印象は、なんともアンバランスな心と体の持ち主だと思った。心は堂々としているのに、体は何かを恐れているようだった。


 指定された席に座るために、彼のそばに立ったとき、彼の体が小さく震えていることに気づいた。


 この世界で男である彼が体を震えさせている理由など、容易に想像ができた。おそらく女子が怖いのだろうと。


 だから、私は彼の体に触れないように気遣った。すると、彼は驚いた様子を見せて、その後どうして見抜かれたのか教えてくれと聞いてきた。


 どうして恐れている対象に話しかけてくるのだろうと、当時の私は頭の上に疑問符を浮かべた。だが、私をまっすぐ見つめるその瞳を見て、彼の心は生きているのだなと確信した。


 でも、そんなに会話が続くとは期待していなかった私は、ただの勘だよと適当に返事した。それで話が終わると思ったのだが、彼は会話を続けた。それも、彼は冗談混じりにトークを展開していく。彼は私と雑談したいのだと分かると、胸が弾んだのを感じた。


 正直、楽しかった。こんな世界に加えて小さい頃から女子校通いだったという環境上、同年代の男子とまともに話したのは初めてだった。ちゃんと話せていただろうかと、彼の会話が終わった後は脳内で反省会が行われる。


 本当は今晩通話する気なんてなかった。そんな勇気、私には持ち合わせていないはずだった。だけど、彼からの連絡があまりに遅かったこと、そして今宵はクリスマスイヴであること、その事実が私に襲い掛かり、気づいたら通話を開始していた。


 先ほどの通話も楽しかった。体同士が離れている分、彼も楽なのか、少し声色が高かった気がする。それを私と話ができて嬉しいのだと勝手に変換するこの頭脳は、こんなにもアホだったのかと自嘲する。


 私は家のしきたりみたいなもので医学部を志望していたが、今は本気で目指そうと思っている。心療内科なんて面白そうだ。そう思わせてくれたのは、彼だ。彼が私の将来の意義を与えてくれた、そんな気がする。


 もし、もし望むことができるならば。私の家のもう一つの問題を、彼が解決してくれないだろうか。迷惑ではないだろうか。でも……


 明日、また彼と会えるのが楽しみだ。今度はどんな会話をするのだろう。いくらシミュレーションしてもダメだ。実際に話していると、私は想定外の発言を多くしている。


 ツインゴッド。それが本当の意味でそうなるのであれば、私は幸せになれるかもしれないなんて思うのであった。

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