第11話 志望校と母
駆け込むように家の中に入り、「ただいま」と声を中に届けるが返ってこない。そういえばまだ母さんは仕事中なことを思い出し、少し気持ちが落ち込む。
今は誰かと一緒にいたかった。すぐさま心の中で、奈遊を置いてきて帰ってきたやつが何を言っているんだと自嘲する。
「……あいつは、学校かな」
自室に戻り、スマフォの画面を見つめながら、そんな言葉を漏らしていた。
別に会いたいわけじゃない。ただ話し相手が欲しかった。俺の周りには奈遊と母さんしかいないため、他を頼るとなると……
気づいたらラインを起動していた。鬼のように来ているものだと思っていたが、奈遊からの連絡は来ていない。
あいつとのトークルームを開き、一度メッセージを書き込んで、全て削除し、新たに書き込んだメッセージを送信する。
すぐに反応なんてないだろうと思っていたが、すぐに既読がついた。あまりの速さに驚いている間に返事が送られてきた。
ハルカ:志望校決めた?
ミナミ:決めてないよ
ミナミ:そう言う君はどうなんだい?
ハルカ:決まってないから聞いたんだよ
ミナミ:それもそうだね
そこから会話は続かなかった。いつもならポンポン出てくる言葉が、今は出てこない。何故かはよく分からない。会話は続けたい。でも話すことがない。
「……寝るか」
多分、疲れているのだろう。昨日と一昨日は人生の分岐点となるテストがあった。そして今日は幼馴染と喧嘩別れのようになった。疲労が溜まっていてもおかしくない。そんな時は寝るに限るのだ。
スマフォの画面を切って、勉強机の上に置こうとしたその時、スマフォが震えて画面が点灯した。メッセージの通知が表示されている。
ミナミ:それで、本題はなんだい?
「……はは」
何でも見透かされているような感覚に陥るほど、彼女は鋭い。それを言うと、本人は「ただの勘よ」とおちゃらけるのだろうけど。
ハルカ:奈遊と喧嘩してきた
ハルカ:理由は多分、二神もわかってると思う
ミナミ:……そっか
ミナミ:自分の勘違いであって欲しいと思ってたけど
ミナミ:やっぱりそうだったんだね
ハルカ:神の勘には恐れ入るよ。ずっと近くにいた俺が気づかなかったのに
ミナミ:離れた場所からの方が分かるものもあるんだよ
ミナミ:それで、君は彼女のことが嫌いになったのかい?
そこでメッセージを打つ手が止まる。
正直、こちらの俺を自殺に追い込む結果になった奈遊の行動を許すことはできない。また、先ほど糾弾した際の開き直りっぷりには少し幻滅した。
かといって、奈遊の優しさが全て嘘だったとは思えない。そこに下心があったとしても、毎朝俺の家まで迎えにきてくれて、何か揉め事が起きようものなら飛んできてくれていた。結局、俺は奈遊に甘えていたのだ。
ハルカ:奈遊のことは変わらず好きだよ
ハルカ:でも、俺が側に居続けると彼女はこのまま変わらないんじゃないかとも思う
ミナミ:そうだね
ミナミ:少し安心したよ
ハルカ:安心?
ミナミ:君が冷たい心の持ち主ではないってことが分かったからね
ハルカ:温かくもないんだがな
嫌いではない、むしろ好きだ。けど、一緒にいるとお互いにダメになる。それが一番大事な人だったんなら、そりゃこの世から逃げたくもなる。
ミナミ:それじゃあ、彼女とは距離を取るのかい?
ハルカ:その予定
ミナミ:話は戻るけど、君は志望校をどうするのかな?
ミナミ:端的に言うと、地元以外の大学を目指さないかい?
「地元以外……」
今まで考えていなかった選択肢に少し動揺してしまう。でも奈遊と距離をおくと決めたのであれば、地元の大学を選ぶのは悪手かもしれない。おそらく奈遊もまずはそこを志望しているはずだ。
ハルカ:少し考えてみる
ミナミ:そうするといいよ
ハルカ:相談に乗ってくれてありがとな
ミナミ:私なんか力になれたのならよかった
ミナミ:お互いあともう少し、最後まで受験がんばろう
ハルカ:おう
これで本当に会話は終了だ。二神に心の内を話したおかげか、少し気分も軽くなってきた。
しかし、やはり体は少しだるい。疲れは確かに溜まっていたみたいで、眠気も襲ってきた。まだ受験は終わっていないのだ。むしろここからが本番。勉強しなくてはいけないが、疲れた脳にいくら叩き込んでも吸収しないだろう。
俺はスマフォを勉強机に置いて、倒れるようにして体をベッドに任せる。目を瞑ると、いよいよ眠気がピークになった。
机の方からブーブーと震える音がした。何の通知だろう。でも、もうこの眠気には逆らえない。起きたら確認することにしよう。
俺は睡魔に身を委ね、そのまま睡眠に突入した——。
ミナミ:私は
ミナミ:君と同じ大学に通いたい
* * * * *
「ただいまー。ハルちゃんもう帰ってるー?」
帰宅した母さんの声が聞こえてきて、意識が覚醒する。あれからだいぶ寝ていたみたいで、部屋は真っ暗になっていた。
ベッドから出て、眠気まなこを擦りながらスマフォを手に取る。何も通知は来ていなかった。寝る前の通知音は夢だったのかもしれない。
自室を出て、「おかえり」と少し遅れた返事をすると、母さんは俺の顔を見てクスッと笑う。
「ハルちゃん寝てたの? もー制服のまま寝ちゃってたんだねー。そこ置いといてね、後でお母さんアイロンかけちゃうから」
最近見慣れてきたスーツ姿の母さんはそう言って、ジャケットを脱いでいる。
母さんは朝から仕事に行ってくれている。俺の前ではあまり見せないようにしているが、ふとした時に疲れが顔に出ている。そして家事も……俺はこれ以上、この人に迷惑をかけたくない。そのはずなのに、俺はまた負担をかけようとしている。
「母さん」
「んー? どうしたの、ハルちゃん」
柔らかく笑う母さんに、俺は唾を飲み込み、何とか声を絞り出すようにして言う。
「俺、県外の大学を考えてるんだ」
すると、母さんは少し驚いた表情を見せた後、少し寂しそうに笑った。
「そっか。奈遊ちゃんとはうまくいかなかったんだね」
奈遊のことは話していないのにどうして。そんな俺の気持ちが顔に出ていたのか、母さんは俺の顔を見てクスクスと笑う。
「18年もハルちゃんのお母さんしてるんだよ? 分かるよ、それくらい。……でも、そっか。やっぱりダメだったんだね。昔から奈遊ちゃんはハルちゃんのこと好き好きってオーラ出してて可愛かったんだけど、最近は、なんだろう、ハルちゃんを見ているようで見ていない感じがしてたんだよね」
「見ているようで見ていない……?」
「お母さんにもよく分からないけどね」
そう言って、母さんは可愛く舌をペロッと出す。いつまでもお茶目な人だ。
座って話そうと母さんに促され、食卓の椅子に座り、母さんと対面になって話す。
「それで、どこの大学に行きたいとか決まってるの?」
「えっと……今日、判定用に学校に提出した大学が……」
俺は記憶を掘り起こしながら、今朝学校に提出したいくつかの大学名をあげた。すると、母さんは少し思案した後に口を開いた。
「それじゃあ、
「京西!? 今あげたところの中で一番難しいところだけど、どうして?」
「だって、お母さんの会社の支部が近くにあるんだもん!」
「……へ?」
話が理解できていなくてポカンとしている俺に反して、母さんはキラキラした目で
話す。
「もちろん、お母さんも一緒に行くよ。お引越ししなきゃだね!」
「え、いや、俺これ以上母さんに迷惑は……」
「何言ってるの! ハルちゃんと離れ離れになる方がストレスだよ! ねえねえ、次はどんなところに住んでみたい? お母さん的にはねー」
スマフォを取り出して、物件情報を見始める母さんを俺は呆然と眺める。
そういえば、元の世界の母さんって父さんにベッタリだったな。もしかしてその分が俺に来てるのか……?
大学進学で親子で引っ越しなんて聞いたことないけど、今の母さんの楽しそうな顔を見ていると止めることはできない。
俺は「まだ受かってもないのに」と苦笑しながら、物件情報の話を聞くのであった。
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