第21話 大学初日

初日の授業は、まあなんというか、生ぬるかった。


ほとんどが授業のオリエンテーションで、この授業では何を学ぶか、必要な教科書は何か、はたまた担当の先生の自己紹介など。残り時間でちょろっと授業内容に触れて終わった。


意気込んで来たからこそ、なんだか肩透かしを食らった気分になった。


講義室の席は自由席だったため、常に奈遊は俺の隣席をキープしていた。そのため、他の同期にたまに話しかけられても、ほとんどの会話に奈遊が介入してきた。


どんな会話があったかを思い出してみる。


「ねえねえ、あなたたち仲良いけど同じ高校出身なの?」

「あぁ」

「うん、そうだよ!」

「やっぱりね! それでさ、あなた……かっこいいよね。わたしね、別に女の子が好きなわけじゃないんだけどね、あなたが少し気になって」

「あ、ダメだよ! ハルはもう私のだから!」

「いや僕は男の子が好きなので……」

「え!? ハルってそっちなの!?」

「……そうだよ? 当たり前じゃん」

「え、え、じゃあ私はどう足掻いてもダメじゃん……私、ハルに弄ばれたんだ……」

「うぅ、あなたもわたしの仲間だったのね。男が少ないんだから、イケメンな女を好きになってもいいじゃない! わたしたちはおかしくない、この世界が狂ってるの! ねえ、あなた、わたしと友達になりましょう! わたしの名前は——」


いや、これは大分レアな会話だった。もっと普通の会話もあったはずだ。しかし、この会話が衝撃的すぎて他を思い出せない。


奈遊は俺が女装だと知ってるから、男が恋愛対象という設定にしていることくらい分かるだろうに、なぜか本気で信じてしまって、このような会話が生まれたのだ。


結局、彼女——森崎もりさき千紗ちさと奈遊は連絡先を交換し、その後も仲良く雑談していた。俺は時折相槌を打つだけ。


なんというか、大学という慣れない環境に戸惑っているのもあるが、この女装状態の俺はどう振る舞えばいいのかが分からず、ずっと困惑したままだった。


果たして大学の友人はできるのだろうか。少し不安になってきた。


しかし、大学には授業以外に出会いの場所というものがある。部活やサークルだ。特に狙い目はサークル。その活動自体を目的とした人が部活より少なく、交流の場として扱われることが多いと聞く。


今日の最後の授業を終え、帰り支度をしていると、奈遊が突然手のひらを合わせて謝ってきた。


「ごめん、ハル。チサにバイトの相談したら、チサのバイト先紹介してくれるみたいで。向こうの都合で今からお願いしたいんだって。だから、一緒に帰れないの……大丈夫?」

「あぁ、そんなことか。大丈夫だよ。徒歩5分だし、そんな気にしないで」

「うぅ……本当は一緒に帰りたいけど、バイトしないと所持金がカツカツで……ごめんね! 明日は一緒に帰ろうね! それじゃあまた明日!」

「またな」


こうして俺は一人になったわけだ。二神でも誘うか……と思ったが、登校中に今日は最終コマまであると言っていたのを思い出した。俺はその一つ前のコマで終わったので、合流するならもう1コマ待たなくてはいけない。それなら先に帰ろう、そう決めて正門へ向かう。


正門までは、朝もやっていたが、夕方もサークル勧誘が行われていた。今度は帰ろうとしている新入生を捕まえる算段だろう。むしろこっちの方が捕まえやすいかもしれない。朝は「授業があるので」と断ることができるが、夕方はほとんどの学生が暇を持て余している。そしてお得意手段、飲み会への誘いをシームレスに行うことができる。


「ねえ、そこのカッコいいお姉さん! あなた、新入生よね? うちバスケサークルなんだけどさ、どう? 興味ない? 今から新入生歓迎会するからさ、食べに来るだけでもいいから来てよ! あなたみたいなカッコいい女の子が好きな子もいる……ゴホンゴホン。とにかく楽しいからさ!」


早速、バスケサークルの勧誘に捕まってしまった。しかも、まだ入ると言ってもないのに歓迎会に誘われてしまった。歓迎会とはなんだろう。


しかし、これは良い機会かもしれない。さっきまで考えていたが、大学で友人を作るならやはりサークルに参加することだ。バスケに興味はないが、食べるだけでもいいと言ってるし、歓迎会くらいなら参加してもいいだろう。


「わかりました。バスケには興味ありませんが、ぜひ参加させてください」

「わお、正直な子だねぇ。それにしてもあなた、声もカッコいいね。中性的というか……女の子にモテない?」

「そうですね。授業前にナンパされましたし、今もされてます」

「……え? あはは! 私は違うって! でも……本当にナンパしていいの?」


瞬間、先輩の目が獲物を狙うそれになった。俺は背筋が寒くなり、「冗談じゃないですかー」とこの話をなかったことにしようとする。


すると、先輩の表情は「なーんだ」とケロッとしたものに変わるが、目だけは鋭かった。


これからは迂闊なことは言わないでおこう。俺はそう肝に銘じた。




* * * * *




先輩に教えてもらった歓迎会の会場、つまりは居酒屋に到着した俺は店内に入り、店員に代表者の名前を告げると、広めの座敷へ案内された。


「お、来たね! 話は聞いてるよ、新入生だよね! カッコいい女の子が来るって聞いてたから、すぐに分かったよ!」

「あ、どうも。適当に座っていい感じですか?」

「うんうん! 今は適当でいいよ! 後でこっちが指定するかもだけど、その時は従ってね!」

「わかりました」


俺は座敷をざっと一望して、空いている適当な席に座る。隣に座っていた金髪の女性が、俺の前にメニュー表を置いてくれる。


「ほい、メニュー表。まずは乾杯のドリンクを選んでだって」

「あぁ、ありがとう。酒はダメだから……無難にコーラにするか」

「……ねえ、あんた、本当に女? あいやごめん、あたし失礼なこと言った! ごめんね! あたし、気になったことすぐに口に出しちゃうんだよね!」


その女性の質問にドキッとしたが、すぐに凄い勢いで謝られたため、「よく言われるから大丈夫だよ」なんて適当に返して、そのまま質問を誤魔化した。


「あたし、天使あまつか羽衣うい天使てんしって書いて『あまつか』、羽のころもって書いて『うい』だよ。ちょっとあたしにしては可愛らしすぎる名前だよね……あはは」

「いや、その明るくて気遣いのできる性格は天使って感じするし、綺麗な白い肌も天使の羽衣はごろもって感じするから、結構ぴったりじゃない?」


名前は体を表すってやつだな。天使は名前に恥じない容姿と性格を持っているように思える。ただ、軽くウェーブがかかった金色に染めた髪、綺麗にデコられた長い爪、春先でまだ肌寒いのに肌面積の多い派手な服。つまり、彼女はいわゆるギャルだ。ハーフパンツからのぞく白い脚に目がいきそうになるのを必死で抑える。


そんな彼女は今、真っ赤にした顔を両手で隠している。指の間から目が見える。


「……あ、あんた、性格までイケメンなわけ……?」

「僕も思ったことを口に出しちゃう性格なんだよ」

「あはは、なにそれ。あたしの真似じゃん! ……もうっ、この話はおしまい。あんたの名前も教えてよ」

「神田遥。工学部の一年。以上」

「急にクールキャラになった!? あんたの性格は絶対それじゃないでしょ……まあいいけど」


こちとら女装姿の時の性格を模索中でな。不安定になるのは仕方がない。


「あたしも一年だよ! 心理学部だけどね」

「へー。どうしてYouは心理学部に?」

「……うーん、他と比べて倍率が低かったから!」

「ユングに謝ろうか」

「心理学の大先生に喧嘩売るほどのことだった!? うぅ、そういうあんたはどうなのよ。なんで工学部なの?」

「就職率いいからなあ」

「あんたも学問に対して敬意がないじゃん!」


天使は見た目通りノリがよく、適当に返してもしっかりとツッコミを入れてくれる。二神と一緒に組めば神と天使てんしで天界というグループができるな。別に芸人を目指してないけど。


気づけば、座敷はそこそこの人数で埋まり始めていた。やはりほとんどが女子なのだが、少なからず男子もいる。仲良くなりたいところだ。


「ところで、歓迎会はいつ始まるんだろ。まだ早いよね?」

「あたしを勧誘してきた人によると、明日も授業があるから早めに始めて、後から合流できる形にしてるらしいよ」

「なるほど。じゃあそろそろ……」


始まるかな、と言葉を続けようとしたところで、サークルの代表者っぽい人が立ち上がり、みんなに声をかけ始める。


「今日は我がバスケサークル、バスプリの歓迎会に来てくれてありがとう! 今日参加したからって強制的に入会とかはないから! たくさん楽しんでたくさん友達作っていって! それじゃあかんぱ……あっ、まだドリンク頼んでなかったね! 注文集めまーす!」


なんとも締まらない開始の合図で歓迎会は始まった。

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