第20話 広義では同棲?

 奈遊と外出するために一緒にマンションを出ようとしたら、エントランスで二神と遭遇してしまいました。


「き、君たち、も、もしかして、同棲、してるのかい?」


 狼狽している二神に、エレベータから降りた俺はその誤解を解こうと口を開く。


「いや、俺たちは——」

「そうだよ! 私たち一緒に住んでるの!」

「……そ、そうなんだ。あ、あはは、君たちは本当に仲が良いんだね……」


 奈遊が誤解を肯定するようなことを言い、二神の表情が更に暗くなっていく。


「おい、奈遊。否定しろよ。二神、俺たちは同棲とかしてないぞ。さっきまで奈遊がうちに遊びに来てただけだ」

「いいんだ、神田くん。私を憐れんでくれているのは分かるが、そんな優しい嘘をつかなくても……」

「おーい、あの鋭い女の勘はどこいったんだよ。本当に誤解なんだって。ほら、奈遊もちゃんと訂正して。じゃないともう家に入れないよ」

「えっ、それは困る。……ごめんね、二神さん。さっきのは嘘。私たち残念ながらまだ同棲してないよ」


 まだってなんだよとは思ったが、ここはツッコまないでおく。


 奈遊の言葉を受け、今まで下がりに下がっていた二神のテンションが復活していく。


「ふ、ふふ。まぁそんなことだろうと思ってたよ! あまりにもつまらない冗談だったから、思わず絶句してしまったけどね! それに同棲しているのであれば、神田くんに触れても大丈夫なことは知ってただろうから、昨日の高瀬さんの反応はおかしかったからね!」


 表情も明るくなり、ハキハキと喋り始める。


 そういえば、先ほどの発見について二神に報告していないことを思い出す。


「あぁ、その件についてなんだが。さっき、通常の格好の状態で奈遊に触れられたら、前みたいに体が硬直したんだ。それを緒形さんに相談したら、この格好になることで心構えが変わってるんじゃないかって言われて、もしかしたら俺は心のどこかで女性に怯えてるかもしれないって考えに至ったんだ」

「そうなんだよね〜。今は、ほら、大丈夫みたい」


 先ほど自分の身に起きたことと、緒形さんの意見を踏まえて自分たちがどう考えたかを伝えると、奈遊は実践とばかりに俺の体を触る。やはり、多少体に力が入るだけだ。


 二神は顎に手を当て、少し思案顔になって考えをポツリポツリと漏らす。


「ふむ……つまり、神田くんの自覚していない心の状態が、体に現れているってことだね。でも、これは私の考えと違う……私は、君の体と心は別々だと思っている。まるで、他者の体に君の魂が入り込んでいるような、そんな感じ」

「……二神さん、鋭すぎない?」


 二神の考察を聞いて、奈遊が俺にそう耳打ちする。俺もそれに同意し、小さく頷く。


「だから……まずは、その体は君のものだと自覚することが大事だと考えてたんだ。いや、私の言っていることが荒唐無稽だとは分かっているだけど、一応真剣に考えた結果なんだ」

「ううん、荒唐無稽なんて思わないよ。俺のこと真剣に考えてくれてありがとな、二神」

「っ……ま、まあ? 友人の悩みだからね。それに、私は将来医者になる女だよ? 悩んでいる人を助けるのが義務みたいなところもあるしね、うん」

「医者は立派な仕事だ、対価が発生する。でも俺はそれ相応のものを返せる気がしないよ」

「……そんなことは心配しなくていいよ。君が私と一緒にいてくれる、それだけで私は満足さ」

「……そうか。ありがとう」


 二神には出会ってからずっとお世話になり続けている。今後、どうすればこの恩を返すことができるだろうか。少なくとも4年間は同じ学舎に通うのだ、機会は多くあるはず。長い年月をかけて恩返しするのもありだな。


 そんなことを考えていると、奈遊が頬を膨らませて「むー」と隣で唸っている。


「それで! 二神さんはどうしてここにいるの?」

「どうしてって……ふふ、ここは私の住居でもあるからね」

「な、なんだってー!? つ、つまりハルと二神さんは同じ屋根の下に住んでるってこと!?」

「まあ、流石に下の階だけどね。そうとも言えるかな」

「その屋根、俺と二神との間で何重もの差があるんだが」

「そうだね。神田くんの住まうエリアは、私の屋根の一つでしかないんだよ」

「なんて嫌な言い方をするんだ」


 そう言って、二神はいつものように、「ぷふふ」と俺を揶揄うとき特有の笑い声を漏らす。


「それじゃ、俺たちは今から外出するからさ。二神は今外から帰ってきたところだろうから、ここで——」

「私もいくよ」

「え?」

「ふ、二神さん? 今からハルと私は仲を更に深めるために出かけるんだけど?」

「ふふ、だったら尚更私も行きたいね。私は神田くんとも君とも仲良くなりたいんだ。だから、ね? いいだろ?」


 そう言って、蠱惑的な笑みを見せる二神。俺は二神のその同意の求め方になぜか弱い。


「……そうだな。二神も行きたいなら、一緒に行くか」

「ハル!?」

「ふふ、嬉しいよ。少し散歩に出てきただけだったから、私はすぐに出かけられるよ」

「お、そうか。それじゃあ行くか」


 こうして、三人で外出することになったのであった。


 奈遊のふくれっ面が収まらなかったので、後日埋め合わせをするからと耳打ちしてやると、なんとか機嫌を取り戻してくれた。少しちょろいなと思ったが、その言葉は胸の内に収めておく。




 * * * * *




 奈遊と二神と出掛けた日から数日が経った。


 結局、あの外出を機に二人の仲は深まったようで、互いに下の名前で呼び合う仲になっている。良い結果に落ち着いたみたいでよかった。


 さて、本日は授業初日である。


 暇だなと思っていた休日は一瞬で過ぎ去っていたのだ。もし、大学生活が充実したものになれば、この四年間という長いようで短い年月は一瞬で過ぎ去ってしまうのではないかと思えた。


 悔いのない日々を送れるよう、気を引き締めて大学へ向かう……前に念入りに女装手術を施す。一番怖いのがウィッグがずれることだ。俺は今後帽子をかぶることはないんじゃないかなと思う。既にかぶっているようなものだが。


 スマフォに届いているメッセージに軽く目を通し、急いで部屋を出る。


 エレベーターに乗り、エントランスに着くと既に二人の姿がそこにあった。


「ハル、おはよー!」

「おはよう、神田くん。ふふ、今日もきまってるよ」

「なんて嫌味なやつなんだ。……はぁ。おはよう」


 早朝から弄ってくる二神に悪態をつきつつ、二人に挨拶を返す。


 高校時代、元々こっちの世界にいた奈遊が俺を迎えに来てくれていたことを話すと、奈遊は大学に行く時も迎えに来てくれると言い出した。


 大学は徒歩圏内だし、申し訳ないなと思うのだが、奈遊の本心を知っているため俺はその厚意に甘えることにした。


 二神はそれに乗っかる形で一緒に行くことになった。同じマンションなので断るのもおかしいため、そのまま承諾したのだ。


「二神も一限からあるのか?」

「あぁ、確かに今日は一限からだよ。でもそこは気にしないでくれ。空きコマは図書館にでも行くから」

「無理して早起きしなくてもいいんだよー?」

「ふふ、私は朝には強いから大丈夫だよ」


 二人は仲良くはなった……のだが、時折バチバチとした雰囲気になるのはやめてほしい。それに挟まれる俺の身にもなってくれ。


 うちのマンションから京西大学までは徒歩五分。素晴らしい立地だ。春先の暖かくなってきた風を感じながらしばらく歩いていると、俺たちはキャンパスに到着する。


「バスケ部! 全国目指してます! 未経験者も大歓迎です!」

「バトミントンサークルでーす! 運動不足解消にどうですかー? 飲み会も頻繁にやってまーす」

「お嬢様部ですわ。わたくしたちと一緒に、淑女を目指して日々研鑽する方を募集しております。どうぞご興味のある方はお話でもお聞きなさってくださいましー」


 門を潜ってすぐのところで、新入生を待ち構えるように学生がビラを配っている。最後の部活は少し興味がそそられるが、俺が入っていいところではないだろう。


「奈遊たちは何か部活とかサークルとかに入るのか?」

「うーん、テニスは続けたいかなあ。でも本気でやってたらそれこそ留年しそうだから、サークルくらいかな」

「私は特に興味はないかな。やりたいことがあれば自分で調べて自分でやればいいだけさ」


 奈遊は高校ではテニス部に所属していて、活動にかなり熱を入れていた。大学でもやりたいと思うのは当然のことだろう。サークル程度の本気度にしておくのは英断かもしれない。


 二神は……なんとも、二神らしいというか、ソロプレイヤーだなぁと思う。そういえば、同じ高校で友達はいたのだろうか。あまりそう言った話は聞いたことがないが……藪蛇を突くようなことはしないでおこう。


「そういう君はどうなんだい?」

「お……僕は、どうしようか。あまり考えてないや」


 一人称に気をつけながら、二神の質問に答えになっていない返しをする。


 いつまでも二人に頼ってばかりいられない。この世界で自立すると決めたのだから、経験として一度参加してみるのもいいかもしれないな。


 何か気になるところがあったら積極的に参加してみることにしよう。ただし、お嬢様部は除く。

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