第3話 絡まれました
学校の男友達が消えている可能性があるという問題だが、結論から言うと、誰一人いなくなっていた。
教室に着くと、俺以外全員女子だったのだ。どうも、他のクラスは二人いるみたいだが、うちだけ一人らしい。
俺が教室に入ると、ある三人の女子が俺のところにやって来た。
「あ、あの、神田くん」
「私たち……その……本当に取り返しのつかないことをしようとしてました」
「謝って許されるわけじゃないって分かってます。それでも謝らせてください。ごめんなさい!」
突然の謝罪に驚いたが、俺はピンと来ていた。どうやら俺を襲ったのはこの三人みたいだ。幸い(?)、この騒動は広まっていないみたいで、クラスメイトは一体どうしたのかとざわついている。
彼女たちは許されないことをした。しかし、それは元の俺に対してだ。今の俺は彼女たちに何の感情も持っていない。だから、さっきの痴漢みたいに、ここは許しておこう。そう思い、口を開いた。
「っ……あっ……と……」
声が出なかった。なんとか絞り出そうとしたが、体に力が入らない。足が震えていることに気づく。なんだよ、これ。
俺が固まっていると、後ろから奈遊が出てきて、俺を庇うように三人組と俺の間に立つ。
「もう、そういうのいいから。ハルはあなたたちの罪を問わないって言ったんだから、もうこれ以上関わらないで」
「た、高瀬さん」
「わかった……」
「神田くん……本当にごめんね……」
奈遊にすごい剣幕で捲し立てられた彼女たちは、すごすごと自分達の席に戻っていった。
さっきまでとは打って変わり、柔らかい表情を浮かべた奈遊が振り返り、俺に笑顔を向けてくれる。
「もう大丈夫だよ、ハル。私が守ってあげるからね」
先ほどの姿を見て、奈遊は頼り甲斐があるなあと思えた。俺は「ありがとう」とお礼を伝える。身体の震えは、まだ止まっていなかった。
* * * * *
今更だが、こちらの世界の日付と元の世界の日付にズレはなかったため、俺は相変わらず受験期真っ只中だった。
授業の進行具合も一緒で、今は来る共通テストに向けて復習と対策が主だ。
「ねえねえ、ハル。志望校どこにするか決めた?」
授業と授業の間の休憩時間、奈遊は俺の席に来てそんな質問を投げかけてきた。
「うーん、まだ決まってないな」
「国立の工学部だっけ? たしか地元の国立大の教授が有名だよね。そこ目指す感じ?」
「どうだろう。なんとなくで工学部にしたし、あと共通テスト次第かなあ」
「たしかに、共通テストの結果も重要だよね! ハル、決まったら教えてね!」
「あぁ」
志望校かぁ。ちゃんと考えないとな。オープンキャンパスは、さっき奈遊が言ってた地元のところしか行ってないしなあ。問題なければ、結局そこになりそうだ。
「ところで、ハル。もう大丈夫なの?」
「ん? 何が?」
「なんか、今のハル、最近のハルとは少し違うかなーって。堂々としてるというか」
「……あー」
元の世界と同じ感じで過ごしてしまっていた。しかし、こちらの俺がどんな感じだったかなんて分からないし、演技しようもない。ここはなんとか誤魔化そう。
「昨晩さ、あれしたことでちょっと吹っ切れたところがあってさ。生まれ変わったというか、うん、そんな感じ」
「……ヘェ〜なるほどね! 二度として欲しくないけど、ハルが前向きになれたんなら結果オーライだね、うんうん」
なんとか納得してくれたみたいで良かった。これで変に演技しなくても済む。咄嗟に出た理由だったが、いいように転がった。
そこで、次の授業の先生が教室に入ってきた。時計を見ると、休憩時間が終わる1分前だ。
「おっと、そろそろ戻らなきゃ。それじゃまたね、ハル」
「あぁ」
簡単な挨拶を交わして、奈遊は自分の席に戻っていく。俺は次の授業の教科書をカバンから取り出しながら、志望校について考えるのだった。
* * * * *
昼休憩。
元の世界では母さんの手作り弁当を持ってきていたが、こっちの世界の母さんはバリバリに働いているため、基本食堂で済ませているらしい。
「ハルー、はやく行くよー。席埋まっちゃうよ!」
自然な流れで奈遊に昼ごはんに誘われる。おそらく、こっちの俺は普段から奈遊と食べているのだろう。
断る理由もないため、奈遊と一緒に食堂へ向かう。結構賑わっているが、やはりほとんど女子生徒しかいない。
なんとか席を確保することができた。何か荷物でも置いて、注文に行くため席を立とうとしたところで、奈遊に手で制止させられた。
「いいよハル。私が注文して持ってくるからさ。その代わり、私の席も見ててよ! A定食でいいよね?」
「あぁ……それなら、お願いしようかな。うん、A定食でいいよ」
「了解! じゃあ、待っててねー」
俺から離れていく奈遊の背中を見送る。こういう時、男が買いに行って、女に待ってもらうといったイメージがあったが、おそらくこっちだと逆なんだろうなあと考える。
軽く辺りを見渡すが、男子が全く見当たらない。もしかしたら、ほとんどの男子は食堂には来ないのかもしれない。だとすると、俺はレアの中でもレアな部類なのでは? スーパーレアだな。そんな馬鹿なことを考えていると、「ねえ」と声をかけられた。
「そこの席空いてるー? てか一人? うちらと一緒に食べようよ」
「なんでも奢ってあげるからさー、ね? 減るもんじゃないしさ!」
なんと人生初の逆ナンに遭遇した。学内でこんなことが起こるんだ。というか、こっちに来てから初体験が多い。
「えっと、友人がここの席使って一緒に食べるので、ごめんなさい」
「えー、でもいないじゃん、そのお友達。てかさ、もしかしてそのお友達も男の子? だったらその子も一緒でいいよ!」
「いえ、女子なので」
「ちぇー。じゃあさじゃあさ、今はうちらと話してよ! てか何年生?」
「三年だけど」
「うわ、先輩だったかー。ごめんね先輩ー、うちら二年なのにタメ使っちゃって。でも今更敬語にするのもアレだし、このままでいい?」
「今日は諦めるからさー、今度一緒に食べようよー。ねね、そうしよそうしよ。そのためにも、連絡先交換しよー」
すごいグイグイくる。俺が先輩だと分かっても怯まない感じも、この子達は慣れてるんだなと感じさせる。
ここはキッパリ断ろう。そう決意した瞬間、一人が俺の太腿の付け根辺りを触ってきた。また俺の体が固まってしまう。
「どこにスマフォあるのかなー。ここかなー、それともこっちかなー」
ズボンのポケットにしまっている俺のスマフォを探している素振りを見せているが、彼女はそれをどこか楽しんでいる様子で、彼女の手はポケット部分から離れた場所も触ってくる。
痴漢の時は動いた体が、今は動かず彼女の思いのままになっている。もしかして、女子生徒に対して強いトラウマを持っているのか?
「ふふ、全然抵抗しないじゃん。じゃあ、こっちの袋のところを探してもいいかなー?」
そう言って、彼女は手をどんどん内側に寄せていく。やめろと言いたいが、声が出ない。もう無理だ、そう思った時だった。
「何してるの、あなたたち」
トレーを持った奈遊が戻ってきてくれた。険しい目つきで彼女たちを睨みつけている。
「は? 何あんた。うちらの邪魔しないでよー」
「今いいところだからさ、お邪魔虫はあっち行ってよー」
「邪魔なのはあなたたち。それ以上ハルに迷惑かけないで。離れて!」
怒気を込めて放たれた奈遊の声は、食堂中に響いた。なんの騒ぎだと周囲の学生が俺たちに視線を集める。
部が悪いと感じたのか、舌打ちをして二人組は俺たちの元から離れていった。
奈遊はトレーをテーブルに一旦置いて、俺の顔を覗き込んで「大丈夫?」と聞いてくる。
「ありがとう、奈遊。助かったよ」
「ううん。それこそごめんね、すぐに助けてあげられなくて。やっぱり
ハルを一人にしたら危ないね」
こうして、もう一つのトレーを取りに行く際、俺は奈遊に同行することにした。結局、最初から二人で行けば良かったねと奈遊と笑い合った。
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