第9話 初詣

 時は流れ、新年を迎えた。


 西暦が変わったことにより、試験日の西暦と同じ年を生きていることになる、焦燥感は一層強まった。


 二神とは毎晩通話するような関係になり、いろいろ勉強を教わっている。例の件についてはあれ以降一切触れていない。


 流石に年末は通話は行わず、各自家族と過ごした。


 そして、元旦である今日の朝、俺は近所の神社へ奈遊と向かっていた。初詣に行くためだ。予備校も休みであるため、時間はある。


 奈遊は家まで迎えに来てくれたのだが、着物を着て来ていたため、もちろん足も草履であったため少し申し訳なかった。


「えへへ、あけましておめでとうハル。今年もよろしくね」

「あけましておめでとう。よろしくな。それ、似合ってるよ」

「ホント!? えへへ、嬉しいなあ」


 はにかんで喜ぶ奈遊。向こうの世界でも、小さい頃は一緒に行ってたんだけどな。いつからだろう、一緒に行かなくなったのは。


 神社はうちのマンションから近いため、歩きで行くことになっている。なんだか奈遊の隣を歩くのも慣れてきたけど、今日は格好が違うので少し緊張する。


 神社が見えてくると、多くの人の姿も見えてきた。見渡す限りに女性が蔓延っているが、たまに夫婦を見ることができる。この世界でも本当にいるんだなあと少し安心する。

 

 ここの神社はそこそこ大きく、お正月シーズンは参拝客を対象とした出店が立ち並んでいる。


 参拝客が作っている列の最後尾に並んでから約15分後、ようやく自分達の出番が来た。


 色々な語呂合わせがあるが、100点満点にかけて100円をお賽銭箱に入れる。二礼二拍手し、心の中で願いを唱える。


——志望大学に合格できるよう頑張りますので、見守っていてください


 そして一礼して、列から外れる。奈遊はどうしても叶えたい願い事があるのか、まだ熱心に目を瞑って願い事を神様に届けている。


 すごい熱意だなあと思って見ていると、「ねえねえ」と隣にいた女性から声をかけられた。


「お兄さん、一人? 参拝済んだみたいだし、ワタシたちと一緒に出店回らない?」

「なんでも奢ってあげるよ! その代わり、ワタシたちといいことしよ?」


 本当に一瞬隙を与えただけで逆ナンされるレベルだ。この世界は肉食系女子が多いのだろうか。


「いえ、友人と来ていますので。それに自分は受験生なので、この後すぐに帰る予定です」

「え、受験生? じゃあ高校生なの? ワタシたち現役大学生だし家庭教師もやってるからさ、色々教えてあげられるよ!」

「もちろん、勉強以外も教えてあげる! ねね、うち近いからさ、行こうよ!」


 友人と来ていると言ったのに、見事にスルーされてしまった。こう言った人たちに対して言い負かそうとしてもダメなのだと、こちらの世界に来て学んだ。


 スルーしたと言うことは、友人は向こうにとって厄介な存在なのだろう。ならば、その友人を召喚するまでだ。


 俺はさっきまで参拝していた奈遊の方を見る。参拝を終えて少し位置がずれていたが、なんとか見つけることができた。


「おーい、奈遊ー」


 こっちに来てもらおうと声をかけた。声に反応してくれたのか、奈遊の視線がこちらを向く。そして、目が合った——のだが、すぐに目を逸らされてしまった。


「あれ……?」


 たしかに目が合ったはずなのだが、気づかなかったのか? でも、そこまで距離はは離れていないし、男は珍しいから見落とすこともないはずだが……


「なんかお友達呼んでるみたいだけど、全然来ないじゃーん」

「もしかして、ワタシたちを騙そうとしてたのー? もう、悪い子だなあ。これはお姉さんたちがお仕置きしてあげないとねぇ」

「え、いや本当に一緒に来てるんですって」

「もう騙されないからね〜」

「ほら、一緒に来るの!」


 全く取り合ってくれない女子大生たちは、ついに痺れを切らしたのか俺の腕を掴んできた。瞬間、俺の体が強張ってしまう。やはりまだ回復していないみたいだ。


「っ…………」

「あれ? 抵抗しなくなっちゃった」

「ふふふ、ツンデレってやつだね。素直になっちゃったほうが楽だよー」


 勝手な解釈により、俺をそのまま連行しようとする女子大生。万事休すか、そう思った瞬間にヒーローがやってきた。


「何やってるのよあなたたち!」


 そんな怒声と同時に現れた奈遊が、俺を掴んでいた女子大生の腕を引っ剝がし、俺と彼女らの間に立つ。俺はその構図にどこかデジャヴを感じる。


「誰? あんた」

「私はハルの幼馴染。あなたたちこそ誰! 無理やりハルをどこかに連れていこうとして!」

「は? 彼、最後は抵抗してなかったんだけど? これって合意の元じゃない?」

「そうなの? ハル」


 奈遊の問いに、俺は必死にかぶりを振る。


「ほら、ハルは違うって言ってるよ」

「チッ、何よいきなりやって来て。あんた生意気なのよ!」

「ね、ねえ、もうやめようよ。周りの視線がヤバいって……」


 気づけば野次馬が多く集まっていた。これだけ揉めていたら、そりゃ視線が集まってしまう。


「……チッ。行こ」


 分が悪いと感じたのか、女子大生たちは退いてくれた。俺が安堵の息をついていると、奈遊が心配そうな表情で顔を覗き込んでくる。


「ハル、大丈夫? ごめんね、すぐに気づいてあげられなくて」

「……ううん。大丈夫だよ。ありがとね」

「当然のことをしただけだよ。ほら、もう帰ろう? 家に着くまでずっと傍にいるから、安心して」

「……あぁ」


 奈遊の優しさに心が温かくなり、頼りになるなと、今までの俺なら思っていたかもしれない。


 詳細は違えど、これはあの日の食堂での出来事の焼き直しだ。そして、母さんと二神の注告。


『あんまり奈遊ちゃんを信用しすぎないようにした方がいいかなって、お母さん思うの』

『高瀬奈遊。彼女には気をつけたほうがいい』


 言われた当初は、何を言っているんだと思っていた。しかし、俺も最近何か違和感を覚えるようになってきた。


 クリスマスで街が変わっていたことに気づいた時に学んだこと。今まで意識していなかったため見えていなかったが、意識して見ると気づくものだ。


 高瀬奈遊は、危険だ。




* * * * *




 神社から帰ってきて、俺は自室に篭って考え事をしていた。


 あの日、二神に「高瀬奈遊には気をつけたほうがいい」と言われた時、どうしてか理由を聞くと、いつものごとく「勘よ」としか返ってこなかったが、おそらく彼女は何か根拠があって言っている。


 彼女がそれを口にする前に何をしていたか。俺が送った日記の写真を見ていたのだ。つまり、あの日記に、彼女がそう考えるに至った根拠があったのだ。


 あの日記には、こちらの世界で生きていた俺が受けてきた酷い仕打ちが連ねられていた。そして最後の日、俺がこっちに転移してきた日はそれまでの内容とは違い、この世界を去ることを母さんに謝る内容だった。


 俺が初めてあの日記を読んだ時、衝撃的な内容ばかりが目に入ってきて、あまり最終日のことに関しては、最後の挨拶程度としか捉えてなかった。しかし、あの日も酷いことを受けたという内容が盛り込まれていたのだ。


『x月14日

 もう何も信じられない。この世の中が怖い。母さん、大好きだよ。ごめんね』


 一見、前日に受けた暴行で嫌になってこの世を去ろうとしている内容だが、少しおかしいのだ。


 まず、どうして暴行された当日ではなく、翌日だったのか。気が保たなかったのだろうと考えることもできるが、そうではなさそうだ。


 前日の日記で、暴行されそうなところから助けてくれた奈遊のことをヒーローだと記している。それなのにも関わらず、最終日、奈遊についての記述がない。


 奈遊は基本的に俺と一緒にいたことがここ数日で分かった。そしてヒーローだ。なのにも関わらず、母さんにだけ別れの挨拶をして、奈遊に対しては何もない。


 そして、『もう何も信じられない』と言った記述。これは信じていた人に裏切られた人が言うセリフではないだろうか。


 先ほど、俺も少し裏切られた感覚があった。そう、女子大生たちに絡まれてる際に、奈遊と目が合ったはずなのに目を逸らされた時だ。


 俺がこちらに転移してきて初めて登校した時にも同じようなことがあった。電車内で痴漢を受けている際、助けを求めて声をかけたのに、奈遊はそれに気づいてくれなかった。


 もしかすると、奈遊は……。

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