第11話 ランニングマシーン
「そろそろ運動でもしようか?」
「そうね」
うーんと言いながら、伸びをする美羽。
ずっとソファのままという訳にもいかない。
少しは身体を動かさないとなまってしまう。というか単純に身体に悪い。
そう思い、ドアを開ける。
一歩を踏み出し、陽光を浴びて、明るい気持ちになる。
隣の部屋。そのドアをくぐるとそこにはランニングマシーンがある。
俺はマシーンに乗っかると、歩き出す。
「最初はゆっくりと歩くところからね」
マシーンが徐々にスピードを上げていく。
「お。早いな」
ランニングマシーンは父に買ってもらった。なんでも俺一人だと絶対に運動しない、と思われていたらしい。
実際、俺はまだ運動が嫌いだが。
でも健康に悪いってことも分かっているんだよな。
それで気軽に運動ができるようにしてくれたんだ。
毎日ではないが、ラジオを聴きながら歩いたり、電話しながらでもできるから重宝している。
「く。早すぎる」
速度を上げたマシーンに足がついてこなくなる。
「にしし。わたしの方が長く続けられるね」
「何かして欲しいのか?」
「前々から欲しかった〝月とアクトとノスペジー〟を買ってもらうんだ♪」
ライトノベルか。
「いいだろう。俺の方が強いってこと見せる時だ」
かっこつけているが、全然自信ない。
オタクで陰キャな俺よりも、明るく自信満々な美羽の方が有利に思えてしまう。
再び歩き出すと、マシーンは自動でスピードを上げる。
待て待て。そんな余裕ないんだが?
「あと少しで五分だね! 頑張って」
「そう言えば、俺が勝った時の要求はまだだったな」
「……う、うん」
ゴクリと喉を鳴らす美羽。
「……ツーショット写真。撮らせてもらうからな」
美羽はあまり写真が好きじゃない。それを分かっていて、取り決める。
こうでもしない限り、美羽の写真はなかなか拝めない。
「うぅ。分かった。分かったわよ。ツーショットでもなんでも撮りなさいな」
「言ったな!」
俺は段階を上げて歩き出す。
汗腺から流れ出る汗を吹き散らしながら、ジョギングモードに入る。少しずつ走り始める。
そして二十分後。
息切れをし、部屋の端で横たわっている。
「はい。水分補給して」
「ああ。ありがとう」
俺は上体を起こし、コップに入ったミネラルウォーターを飲み干す。
「ほら。慌てないで」
急いで飲んだせいか、気管に入り、ゴホゴホと咳払いをする俺。
「言わんこっちゃない」
「わ、悪い。でもどうしても勝ちたくて」
「そんなに嫌だった? ラノベ」
ふるふると首を横に振る俺。
「いや、俺は一緒に写真が撮りたい。それだけだ」
「もう。それでも無理はダメなんだからね!」
美羽はそう言い、ランニングマシーンに乗る。
「二十分も続けられるかな……?」
「死ぬほど苦しいぞ」
「そんなに苦しいの?」
美羽は苦笑いを浮かべ、こちらに目線をやると、マシーンが動き出す。
それにつられ、美羽の身体が動くが、慌てて歩き出す。
でも普段から運動している美羽にとってはあまり苦手なものではなくて。
途中でミネラルウォーターを渡す。
「ありがと。けっこう余裕ね」
「そ、そうか? きつかったけどな」
俺は無粋とは分かりつつも、マシーンの速度を上げようかと考え出す。
だってそろそろ二十分になろうとしているのだから。
「やっぱり普段の鍛え方が違うのよ」
うんうんと頷く美羽。
「耳が痛いな……」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる。
俺も普段から運動をしていれば、違ったのかもしれない。
でも、運動苦手なんだよな。なんで無理をしてまで自分を追い込むのさ。そんなドMみたいな真似できっこないって。
「そろそろやめない?」
「大丈夫だよ?」
美羽はクスクスと笑うと、さらに走り続ける。
走ってから二十分は経とうとしている。
いよいよ心配になってきた俺は、怪訝な顔を浮かべる。
「二十分経った。そろそろいいだろ?」
「いや。まだ運動足りない」
「えぇ~」
俺は困ったようにガシガシと頭を掻く。
「きっつ……」
三十分経った頃、美羽はマシーンから降りる。
「はい。水」
「ありがと」
受け取ると、ごくごくと飲み干す美羽。
「ぷっはー。うまい!」
「女子力!」
男みたいに飲む美羽も俺は嫌いじゃないが。
「うん。おいしいね」
「今更だけどな」
「そうだね」
今になって女の子ぶっても遅い。俺はそんな美羽を十年ほど見続けてきたのだから。
「じゃあ、これで買ってもいいよね? ラノベ」
「ああ。いいが……」
俺の財布がピンチになるが、仕方ない。
これも彼女へのプレゼント。
そう言い聞かせて諦める道を選ぶ。
そんな当たり前の日常が続く。
これからは美羽と運動の勝負はしないと心に誓い、俺はスマホを操作する。
【月とアクトとノスペジー】を購入すると、住所をここに設定する。どうせすぐに会うだろう。なにせ恋人なのだから。
「楽しみ♪」
上からのぞき込んでいた美羽が弾んだ声で呟く。
「でも、楽しいのか? これ」
俺が読んでいるラノベとは毛色が違いすぎて評価できずにいる。
だが、美羽は嬉しそうにしている。本気で楽しみにしているのだ。
それはそこに価値があると見いだしているからそうなるのだ。
「うん。面白いよ。試し読みして惚れたね」
そう言われると、俺は気が気ではない。同じ小説を書く者として――。
簡単に言ってしまえば、彼らの作品に嫉妬しているのだ。
俺も書く者として、その難しさとまとめ上げる技術力。そして表現力。
俺にはないからこそ、嫉妬する。勉強と言ってもその方法も分からない。なんとか、それっぽいものは書けるが、みんなからは評価されない。
分かっている。
全てが足りていないということは。
自分でもどうしようもなく足りないと分かっているのだ。
でも、それでも、作家になる夢は諦めていない。
俺はそんなに諦めが良くない。
「ふふ。そんなに気を落とさなくても、大輝くんの作品も面白いよ」
「ありがとう」
嘘だと分かっている。社交辞令と。
でも、それでも気遣いを
俺だって賞を取りたい。書籍化したい。
なのに、どうしてこうも足掻くことしかできないのだろう。
もどかしい気持ちが膨れ上がり、胸いっぱいに広がっていく。
「こら、考えすぎない」
美羽がこちらを見て、顔を近づける。
「いい? 焦って書くのも悪くないけど、それだけじゃダメなの。きっと余裕を持たせて書くといいのよ。だから落ち着いて」
「……うん」
「そうだ! 写真、撮ろう?」
「え」
写真嫌いな美羽が意外な言葉を口にする。
スマホを持って俺の前にかざす。
「ほら。もっと寄って」
「あ、ああ……」
初めてのツーショット写真。
付き合ってから二週間。
初めての写真に戸惑いながらも、俺は受け入れていく。
ピースをしてカメラの前に立つ。隣には美羽がいる。
これだけで満足じゃないか。
今はこれでいい。
そうなのかもしれない。
劣等感や嫉妬が湧いてくるが、それでも、こんなに可愛い彼女がいる時点で勝ち組なのかもしれない。
いや、勝ち組という言い方は悪いか。
とにもかくにも、俺は今、幸せを噛みしめている。
なのに、ふてくされた顔をしていては美羽にも悪い。
俺はそんな多幸感を浴びながらカメラに目線を向ける。
「行くよー!」
三
二
一
シャッター音が鳴り響く。
「俺に送ってくれ」
「うん。あ……」
写真を確認していた美羽が驚いたように顔を歪める。
「どうした?」
「汗ばんでいる……」
そりゃそうだ。運動した後だもの。
「ちょっと汗を流してからでいい?」
「いいよ。そのままで。楽しい思い出じゃない」
「やっぱり流してくる」
頑固な美羽だ。一度決めたことをやめるはずがない。
俺は美羽の画面を見て微笑む。
そこには飛びっきりの笑顔を見せる美羽がいる。
これでいいだろう。
写真を俺のスマホに送ると満足げに部屋を出る。
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