第30話 歯磨き
「食べ終わったら歯磨きしないとね」
「ええ、もう少しあとでいいよ」
俺がごねている間に洗面所に向かう美羽。
ブツブツと文句を言いながら俺も向かう。
「さあ、歯磨き粉の味は何がいい?」
「へ。何言っているんだ。あるとすればミントとか、だろ?」
「何を言っているの。全部で十二種類持ってきたんだから」
そう言って鞄から取り出す美羽。
ミント、ヨーグルト、緑茶、ローズ、あまじお、バナナ、はちみつ、リンゴ、バニラ、コーラ、カレー、白桃。
「え。歯磨き粉ってこんなに種類あるのかよ!?」
驚いている間に歯磨きを始める美羽。
その手にはカレー味が握られていた。
「いや、それ?」
こくこくと頷く美羽。
洗い終える頃には俺も選ばなければならなくなる。
「じゃあ、コーラでいくか」
黒っぽい歯磨き粉を歯ブラシに乗せて歯を磨く。
コーラのシュワシュワ感と甘さがいい感じに口に広がる。
が――。
気持ち悪い。
こんなコーラで磨かれていると思うと、変な気分になる。
すぐにペーして洗い終える俺。
「もう。もうちょっと丁寧に磨きなさいよ。はい、あーん」
美羽は歯ブラシを奪い取り、俺の顔に歯ブラシを近づける。
ちなみに味はバナナである。
「え。いや、いいって」
「恋人の口が臭かったら幻滅しない?」
「あー。確かに……」
俺は仕方なく顔を寄せて、口を開く。
美羽が歯ブラシで丁寧に磨き始める。
まるで俺が子どもに戻ったみたいに。
彼女は気にする様子もなく、丁寧に磨いていく。
「うん。だいぶとれた」
そう言ってあとは洗浄するだけ。
ちなみにバナナ味はけっこうバナナ味だった。
ペーしたあと、俺は歯磨き粉を眺めてみる。
「なんで十二種類も買ったんだ?」
「ん。なんだか楽しそうだから」
「ほーん。でもミントがあるのが
美羽は疑問符を浮かべて問う。
「ミントきらい?」
「ああ。歯磨き粉のミントのせいで、チョコミントは歯磨き粉の味とか」
「あー」
踏んではいけない地雷を踏んだ美羽は遠い目をした。
「だいたい、なんでチョコミントが歯磨き粉みたいな味だと思うんだ? ミントは完全に劣化品じゃないか。味も違う。チョコミントは甘さと爽やかを両立した、最強の味だ。それを分からない愚民どもが、〝歯磨き粉〟と
怒りのままに歯磨き粉ミント味について語り出す大輝を見て、美羽はさっと目を落とす。
今度から違う味にしよ。
「だいたい、ミントは爽やかを求めてなのだろが、歯磨き粉にとってそれは最善だろうか? 否、違うのだ。爽やかさを求めるのなら、他の味でもいいのだ!」
俺が熱弁していると美羽が苦笑いを浮かべる。
しばらくして落ち着いた俺は話を止める。
「あー。すまん。語りすぎた」
「ふふ。いいよ。大輝の熱弁久々に聞いた」
好きなことがあると、熱弁してしまうのが俺の悪いクセだ。
「でも、あれだね。子どもに歯磨きを教えるときみたいで、すごく楽しかった♪」
俺の歯磨きをして何かに目覚めてしまった美羽。
「え。ああ。うん」
歯切れの悪くなる俺に対して美羽も熱弁を始める。
「子どもならもっと嫌々すると思うけど、それも含めて子育てなんだろうなー。なんだか、幼稚園の時のおままごとを思い出した。でも可愛いんだろうなー」
美羽も美羽で色々と思うところがあるらしい。
「子ども、いいなー」
そう言われても、俺にそんな
というか生活できないだろう。
「俺が働き始めたら、な」
「それっていつなのさ?」
美羽は唇を尖らせて言う。
「まだ早いって」
俺たち高校生だぞ。
何を血迷ったのか、美羽は不満げに口を開く。
「もう。わたし待てないかも」
「なんでさ」
俺はしょんぼりした気分で答える。
「だって。今日のデートがすっっっごく楽しかったんだもん」
もん、ってお前。
「可愛いな!」
「いいじゃない。わたしだって甘い恋を楽しみたいの!」
「いや、なんの言い訳だよ」
俺は突然の美羽の発言に困ったように眉根を寄せる。
「困ったな。甘い恋か。どうすればいいんだ?」
「うーん。分からないけど、ギュッとして?」
「……分かった」
それくらいならいいだろう。
俺は美羽をそっと抱きしめる。
「もっと強くていいよ?」
「そうか? きつくないか?」
「ん。大丈夫」
俺は少し強めに抱きしめる。
すっぽりと収まった美羽はニヘラと笑うのだった。
「可愛いな。美羽は」
「ん。もっと言って」
「可愛い。世界一可愛い」
顔をふるふるさせて、リンゴみたいに耳までまっ赤にする美羽。
「可愛い……」
ほうっと呟くと美羽は耐えきれなくなったのか、手で突き放す。
「もう。もう。もう! なんて声で言うのさ!」
あー。声音が良かったのかな?
いかん。ニマニマしてきた。
「なによ。なんで笑っているのよ!」
「だって恥ずかしがる美羽も可愛いんだもの」
「~~~~っ!!」
美羽は言葉を失い立ち尽くす。
気恥ずかしさが頂点に達したのか、洗面所からベッドへと向かう。
そして布団をかぶり、ベッドのスプリングをきしませる。
なにやらパンチしているみたいだが、ネコっぽくて可愛い。
美羽がベッドを叩いている横で、ネコのチャオも一緒にネコパンチを繰り出している。
いや、ネコと一緒かよ……。
可愛いけども。
悲報。俺の彼女がネコだった件。
なんだかラノベのタイトルにありそうだな。
でも可愛いことに変わりない。
WEB小説で書いてみるか。
パソコンを起動し、少し書いてみた。
「んー。どうかな」
俺の行動に気がついたのか、美羽は布団から降りて、こちらにトテトテと駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「美羽をモデルにしたネコ耳彼女。良きかな~」
俺はそう言い投稿する。
「あー! そう言うのは本人の許可がいるでしょう!?」
「でも、フィクションだし、本人と分かるのは俺と美羽だけだし」
「もう。すぐに削除して」
美羽は少し甘い声音で呟く。
「大丈夫だって。ほら」
俺が小説の内容を美羽に見せると、ちょっと頬が緩む美羽。
「あー。これならいいわ」
美羽はそう言って作品を見やる。
「ん。まあいいっか」
「この元ネタは俺たちだけの秘密だからな」
「ん。分かった」
美羽はすっかり得心いったのか、興味を失っている気がする。
「でも、大輝はすごいね。小説書けるんだもの」
「そうかな。美羽でもできそうだけどな?」
俺には分からないが、小説を書ける人ってあんまりいないらしい。
出会い。すれ違い。盛り上がり。仲良くなる。
この四つを主軸に自分の好きなキャラを書く。
これだけでも小説は書ける。
プロット(骨組み)をもっとしっかり書けば、ちゃんとした小説になる。
とは思うのだが、それ自体が難しいのかもしれない。
最近、武雄や飯田、美羽などに言われて気がついた才能なのかもしれない。
美羽も全知全能ではないということだ。
俺にも一つくらい才能があるのだ。それは嬉しいことだし、大事にしないといけないことでもある。
「ん。大輝のこの作品が好き」
「え? どれ?」
「〝高報酬の佐々木くん〟。これ面白い」
「あー。これは俺にとっても力作だな。ひねくれ主人公、書くの大変だったけどな」
うんうんと赤べこのように頷く俺。
「わたしには書けないよ~。大輝すっごい」
「まあ、そう言われると、たははは」
笑みが零れ落ちる。嬉しい。
美羽はいつも褒めてくれる。
俺自身、褒めて伸びるタイプらしく、どんどん小説はうまくなっていると思う。
自信がついてきたのは確実にある。
お陰でWEB小説は今や俺の趣味になっている。
「美羽だって音楽があるじゃないか」
「ん。そうね」
俺がパソコンに向き合っていると後ろからギュッとし、耳たぶを甘噛みしてくる美羽。
恥ずかしさのあまり、爆発しそうになった。
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