第31話 お風呂
「そろそろお風呂入るか?」
「ん。そんなに汗は掻いていないけど、入りたい」
「だよな。俺、洗ってくる」
そう言い残し、美羽はテレビを見続ける。
俺はスポンジを片手に狭めなお風呂場を洗い始める。椅子と
『スッポンジ! スッポンジ! スポンジのグアルだよぉっ!?』
テレビから不思議な音と共に声が漏れて聞こえてくる。
なんの番組を見ているんだろう。
その疑問を浮かべながらお風呂場を掃除する俺。
綺麗になったのを見届けて、お湯を入れる。
お湯炊きができないタイプなので、毎回お湯を捨てなくてはいけないが心苦しい。
環境に良くないよな。
最近SDGsが騒がれているが、持続可能な開発はこの先、宇宙で人が暮らすようになっても活躍し続けるのではないだろうか。
限られた資源を元に生き続ける――そんな人類のために。未来のために。
今ある資源を少しでもリサイクルできるように……。
リビングに行くと美羽はこちらを見やる。
「ありがと」
「あと十五分くらいかな。少し待って」
「ん。大丈夫」
美羽はそう言うとニュースを見ていた。
チャンネル変えたんだろうな。
「強盗だって怖いね」
映像には血の付着したアスファルトが映っている。
「東京か。あっちも物騒なもんだな」
俺はテーブルにポテチを広げると、美羽が嬉しそうに食べ始める。
「ここは平和だね~」
「なんかのフラグみたいだな」
「ええ。大丈夫だよ。わたし柔道できるし」
そうでした。護身術は学んでいる子でした。
まあでも。
「可愛いから気をつけろよ」
「もう! でも気をつける」
恥じらう姿も可愛い。
「まあ、今日みたいに無防備だと困るんだがな」
「ん。実家のような安心感だった」
それは男の家に来て言う言葉だろうか。
まあ、安心しているのは嬉しいが。
お陰で俺も楽しい時間が過ごせた。
「美羽と会えて良かった」
「ん」
「だって六十億人、いや半分の三十億人か。その間に生まれた奇跡なんだって」
美羽がポテチを食べる手を止めて、顔を赤らめる。
「うん、めいの赤い、糸、かな」
恥ずかしそうに呟く美羽。
「ああ。運命の赤い糸だ。こうして巡り会えたのも、偶然で、運命で」
うんうんと頷く俺。
「もう。もう。もう!」
やり場のない気持ちを枕を抱きしめてしのぐ美羽。
「そんなん言われたら……ダメ」
美羽はか細い声でそう言う。
「そうか。言われるとダメか」
「うん。ダメ」
短いやりとりでも、俺たちは深く通じ合っているような気がして、嬉しくなる。
美羽が気恥ずかしさからそう言うのも、照れくささがあるのも分かるような気がする。
俺は察しのいい人らしいから。
「そろそろ、お風呂だな。先にどうぞ、美羽」
「あー。うん。分かった。入ってくる」
そう言ってお風呂場にとことこと向かう美羽。
鞄から着替えを取り出し、ドア一枚先に着替える美羽がいる。
そのことに背徳感を覚える。
衣擦れの音。甘い吐息。チャックを開ける音。
「見ないでね!」
そう言ってお風呂場のドアが開く音が聞こえる。
「ああ」
俺はそのまま美羽が上がるのを待ってテレビに集中した。
しばらくしてトイレに行きたくなる。
トイレは風呂場の横にある。洗面所を共有しているから、事故る可能性はあった。
だが、
「やっべ漏れそう」
俺は慌ててトイレに駆け込む。
「美羽。しばらく上がらないでくれ!」
「ん。分かった」
美羽の返事を聞き、俺はトイレを占有する。
トイレが終わると、美羽に話しかける。
「もういいぞ」
「うん。分かった」
そう言ってリビングに戻る俺。
ガチャッ。
お風呂場から出る美羽の音が聞こえた。
バスタオルで全身を拭き、ドライヤーで髪を乾かす音。
なまめかしい音にクラクラとする。
「ん。次どうぞ」
そう言ってリビングに入ってくる美羽。
「おう」
振り返るとそこにはバスタオル一枚の美羽がいた。
「って! なんで服着ていないんだよ!?」
「ふふ。誘っているのよ」
「バカ言うじゃないよ!」
俺は近くにあったワイシャツを投げる。
「あ。彼シャツの方が良かった?」
「ちっげーよ! バカ!」
一瞬でも彼シャツ姿を想像した俺がバカだった。
いや、男はみんなバカなもんだ。
少し興奮してしまった俺がいる。
そんな罪悪感を消すように俺は風呂場に向かう。
「もう。誘ったのはホントなのに~」
か細い声で聞こえていなかったが、美羽はそう呟いた。
かぽーんっと音が鳴りそうなお風呂で、俺は心を
「あー。びっくりした……」
まさかタオル一枚でくるとは。
それほど安心している証拠なのかもしれないが、童貞な俺には厳しい状況だった。
もっと自分を大切にしろよ。とも思う。
美羽は見た目もいいから、しゃれにならないのだ。
ブツブツと文句を言いながらお風呂から上がると美羽はすでに着替えていた。
ネグリジェという奴か。
ワンピースよりも部屋着らしい姿だ。
少し無防備な感じもする。そんな彼女が俺を見てこてっと首を傾げる。
俺は、というとジャージ姿だった。
「ん」
美羽は駆け寄ってきて俺のジャージをめくる。
そして内に隠していた筋肉を撫でる美羽。
「やっぱり、大輝の筋肉いいよ」
「あー。そうか?」
「そうだ」
美羽が一通り筋肉を触ったあとに、座布団の上に座る。
満足いったのか、顔は
反対側の座布団に座ると、美羽は不満げに唇を尖らせる。
「もっと近くに来てよ。ね?」
「ああ。悪い」
立ち上がり、美羽の隣に座る。
シャンプーの匂いだろうか。いい匂いがする。
「ふふ。おんなじ匂いだね」
「ああ。そうだな」
「いいなー。嬉しいなー。こういうの憧れていたんだー」
「あー。まあいいよな。こうして二人だけで」
お家デートの真骨頂かもしれない。
美羽は長い髪をひとまとめのお団子ヘアーになっている。
それもまた可愛い。
普段は髪で隠れて見えないうなじがしっかりとみえる。
レア感があって嬉しいポイントでもある。
「そういえば、ニュースの前に何を見ていたんだ?」
「ええっと。アニメを……」
歯切れの悪い美羽に、疑問を浮かべる俺。
「なんだよ、アニメか。隠す必要なんてないじゃないか」
俺は自他共に認めるオタクだ。それを美羽も知っているはずだ。
だからアニメごときで後れを取るわけがないのだ。
「続きは帰ってからみるから大丈夫」
「まあ、ならいいけど……」
美羽は頑固だから一度言わなくなったら、言うことはほぼない。
「タイトルだけでも教えてくれないか?」
だが、オタク心に火がついた。楽しいアニメなら共有したい。
「スポンジ・グアル」
「あー。海外アニメか。俺の
スポンジ人間グアルが繰り広げるギャグアニメ。
俺はもっとシリアスな方が得意だから、あまり注目したことはない。
名前は聞いたことがあるが、それほど好きなタイプのアニメではない。
「やっぱりそういう態度じゃん」
美羽の言葉にうっと言葉に詰まる。
「まあ、美羽が好きならみようぜ?」
「……ん。分かった」
見てみると意外と楽しかった。
食わず嫌いは良くないというのを再認識した。
でも今から追いかけるのはなー。
全部で四百話近くあるからな。
「美羽はどのくらい見たんだ?」
「ん。五話」
「あー。最近見るようになったんだな」
納得した俺は、テレビに視線を向けた。
ポップなキャラが織りなすギャグコメディ。
これはこれで面白いんだけどね。
美羽はぼーっとした様子で眺めている。
楽しそうにはしているからいいか。
うんうん。
楽しければそれでいい。
それがデートってやつなのかもしれない。
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