第29話 夕食(ハンバーグ)
「そろそろ、お腹空いたな」
午後7時頃。今から作るとなると8時か。もっと早く言えば良かった。
「ん。わたし、作るよ」
「手伝おうか?」
「そのときがきた頼むよ」
そう言ってエプロンを身につける美羽。
なんだか気合いの入った様子だ。
「わたしの手料理で満足させて あ げ る!」
「お、おう」
タマネギをみじん切りに、その間にサラダと味噌汁を用意する美羽。
「お。ハンバーグか」
俺も料理はできる方だ。
具材で何を作るかは想像できる。
「もう。せっかく秘密にしていたのに……」
「サプライズは苦手だからな」
「わたしも~」
ならなぜサプライズにしようとした?
目で訴えるが、美羽は小首を傾げる。
「ん? どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない」
可愛すぎて俺は目を逸らす。
しかし、女子のエプロン姿も良いものだ。
眼福、眼福。
美羽に
「大輝。手伝って」
「お、おう。なんだ!」
「空気抜くの、手伝って」
美羽が小さい手でハンバーグの種をパンパンと叩く。
俺も叩くが、やや大きめだ。
「やっぱり、手が大きい方が大きく作れるね」
「あー。それで俺を頼ってきたのか」
「うん。だって大きいの食べたいじゃない?」
満面の笑みを浮かべ、頷く美羽。
「あー。それもそうだな。ようし。任せろ!」
美羽に言われてやる気スイッチの入った俺はささっとハンバーグ作りを手伝う。
ジューッとハンバーグが焼ける音と、匂いがする。
なんだか俺が作るよりも美味しそうだ。
そんな感想が浮かぶが、言わないでおこう。
ハンバーグができあがる頃にはシーチキンサラダと味噌汁、ニンジンとブロッコリーの付け合わせ、さらにはゴーヤチャンプルができあがっていた。
「え。すごい。あの短時間で!?」
俺が驚いていると美羽が得意げに笑う。
「ふふ~ん。これでも料亭の娘だからね!」
「さすが美羽。美味しそうだな!」
「雑に褒めないでよ」
「いやいや、そんなことないって。これなら良いお嫁さんになれるな」
言ってから気がつく。
これってプロポーズではないのか? と。
「本当? 本当に良いお嫁さんになれる?」
不安げに見つめてくる美羽。
「ああ。本当さ。俺は嘘は言わない」
「嘘つき」
「
「だって、幼稚園のとき、一緒に結婚するっていっていたじゃない」
いつの話!?
というか、よく覚えているな。そんなこと。
「でも、嘘ではないだろ。まだなだけで」
「ん。期待していいの?」
「それは……」
煮え切らない態度をとるのも無理はない。まだ高校生なのだ。意識はしているが、まだ先のことと思っていたから。
「ええっと……。たははは」
力のない笑みを浮かべると美羽はふくれっ面で尖った唇をして不満を表す。
「い、いや。いずれはするよ!? でもまだちょっと早い、かな……?」
「本当? ならわたしもっと良い女になる。見ていて」
え。これ以上良い女になるの? 美羽はどこを目指しているの?
俺が疑問に思っている間にハンバーグを箸で切り分ける美羽。
「ほら。あーん」
「え。や、やめろって。恥ずかしい」
「いいから、はい。あーん」
口元に運ばれてくるハンバーグ。
俺は
口を大きく広げると、ハンバーグは俺の手前でUターンした。
パクッと口に含む美羽。
「あー。やったな! 美羽」
「へへーん。たまにはからかわれる身にもなってね! 大輝」
ん。からかう?
「待て。俺はからかった覚えはないぞ?」
「え。だっていつも雑に褒めてくるじゃない」
「え?」
「え?」
…………。
「俺、本気で褒めていたのにな……」
残念そうに呟くと美羽が慌てた様子で立ち上がる。
「え、ええ! じゃあ本気で可愛いとか、言っていたの?」
「そうだけど」
「ええ~。なんでそんなに浮いた言葉でてくるの?」
「いや美羽だからだよ」
俺は半ギレで言う。
こいつ、今まで適当に受け答えしていたのか?
「で、でも可愛いか。えへへへ」
嬉しそうに頬を緩ませる美羽。
「あー。まあいいや」
そんな美羽を見ていたら怒りもどこかへ吹き飛んでしまった。
まったく可愛い奴だな。
俺は微笑みながらハンバーグを切り分ける。
「ほれ。あーん」
俺が一口大のハンバーグを美羽の口元に運ぶ。
「え。あー。はい。あーん」
からかわれていると思ったのか美羽は小さな口をめいいっぱい広げる。
その口に運ぶと、美羽はびっくりした様子で頬張る。
「まさかホントにするなんて。うぅ」
恥ずかしそうに顔を伏せる美羽。
「俺はいつだって本気だからな」
そう言って自分でもハンバーグを食べてみる。
「うん。うまい、うまい、うまい!」
どこかの鬼退治みたいな声を上げ、食事を続ける。
美羽はまだ復帰できそうにない。
「もう。大輝は~!」
少し恨み言を言っているが気にしてはならない。
俺はシーチキンサラダに箸を伸ばす。
「栄養まで考えてくれて、ありがとうな! 大好きだよ」
「もう、もう、もう! そう言うところだよ。大輝」
恥ずかしそうにパタパタと両手で顔を扇ぐ美羽。
二人だけの空間に、甘いソースの匂いがたちこめる。
「このハンバーグのソースは美羽が作ったのか?」
「うん。といっても市販のソースを混ぜて隠し味で整えただけだけど」
「なるほどな。俺が作ってもこうならないからな」
俺が作るともっと男飯みたいな形になる。豪快にできるのだが、美羽のハンバーグは繊細な味わいがする。
これならどこのお店に持っていても受けるだろう。
「タマネギがいくつか種類あるな?」
「そう。シャキシャキ感を残したものと、甘さを引き立てるようのを用意したよ!」
嬉しそうに語る美羽。
こっちまで嬉しくなる。
おいしさの秘訣を聞くと、俺もチャレンジしてみようと思った。
「しかし、美羽はなんでもできるな。羨ましいぞ」
「大輝だってなんでもできるじゃない。小説のこととか」
「そうか? 試してみていないだけで、美羽も小説書けると思うぞ」
うんうんと頷きながらハンバーグを口に頬張る。
「そう? 頭良いからできると思うのだけど……」
美羽はそう呟くとご飯を口に運ぶ。
ああ。なんだか良いな。この空気。この食事。
甘く美味しいソースに包まれたハンバーグ。香ばしさもあり、味に深みがある。
それにさっぱり目のシーチキンサラダ。
薄味で、白菜とニンジン、タマネギを煮込んだ味噌汁。ダシがちゃんときいていて美味しい。
最後にゴーヤチャンプル。副菜に位置するのだろうけど、これもうまい。苦味が効いているから、他の食材の味を際立たせている。
「いいな。うまいな~」
「ん。完璧にできた」
「やっぱり美羽の料理はうまいな」
「ふふーん。これで嫁にしたくなったでしょ?」
「そうだな。来てくれるか?」
「~~~~っ! もう!」
美羽は顔をまっ赤にして、食事を進める。
「なんだよ。本気なのに」
「さっき、早いって言ったじゃない」
「まあ、どっちも本音だな」
そんな彼女も愛おしい。可愛らしい。
食べ終えると、俺と美羽は皿洗いを始める。
「いや。美羽の料理はうまいな~。俺も頑張らないと」
「ん。頑張る?」
「いやだって、俺ってば美羽と釣り合いとれていないもの」
「そう、かな……?」
美羽はおとがいに指を当てて考える。
「でも、そんな謙虚な大輝も好きだよ」
「へ」
今度は俺がまっ赤になる番だった。
気恥ずかしさで目をそらす。
まあ、悪くない気分だ。
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