第28話 お化け屋敷

「美羽。ちょっとこれやらない?」

 俺が提案したのはVRゲームのホラーもの。その名も『忘却の彼方へ』。

 一人また一人と消えていく。

 選択肢を間違えたり、アイテムが足りないと、すぐに詰むホラーゲーム。

 自由に探索できる時間があるので、その間にアイテムや隠れる場所などを探す必要がある。

 そんなホラーゲームだ。

 美羽は意外とホラーゲームが好きなのだ。

「ん。やってみる」

 そう言ってVRヘッドセットをかぶる美羽。

 拳銃を片手に暗い夜道を歩きだす。

 ゾンビが両脇から出てきて、襲いかかってくる。

「きゃっああぁ!」

 悲鳴を上げて、拳銃を撃ち放つ美羽。

 俺が見ていると袖を引っ張ってくる。

「怖かった」

 そう言ってゾンビを一人残らず倒している美羽だった。

 美羽って怖がるけど、直感で倒していくんだな。

「ひぇえぇぇえぇ!」

 再び迫り来るゾンビたち。

 撃ち放った銃弾がゾンビたちを倒していく。

 連射していると、弾がなくなる。

「え。弾、どうしよ……」

「ナイフがあるじゃないか」

 俺が提案すると美羽は即座に反応する。

「ん。ナイフ」

 ナイフに持ち帰ると、ゾンビにヒットアンドアウェーで斬りかかる美羽。

 いや、プロ並みの早さだな。本当にこのゲーム初めてか?

 ゾンビを倒し終えると、探索を開始する。

 学校の中らしく、机の上や引き出しなどに弾丸やアサルトライフル、手榴弾しゅりゅうだんなどがあり、自分のものにする美羽。

「この学校ってなんでこんなものあるんだろ?」

「さあ? 軍事学校だったんじゃないか?」

 俺はテキトーに答えていると、美羽は得心いったのか頷く。

「これは?」

 サファイヤの宝石を見つける美羽。

「きれー。もっとおこうと。あれ? 重要アイテムに指定されている」

 このゲーム、なぜか宝石が鍵になっていることが多い。

 弾丸を補給し終えた美羽は、再び拳銃を構えて探索する。

 窓ガラスを割って入ってくるゾンビ犬。

「きゃぁあぁあぁあっ!」

 叫びながらも銃弾を撃つ美羽。

 そのままゾンビ犬を圧倒し、先へと進む。

 体育館にたどり着くと、鍵がかかっている。どうやら先ほどのサファイヤを使うらしい。

「えー。もったいない。これ綺麗なのに」

 自分のものじゃなくなるのが悲しいのか、嘆く美羽。

 サファイヤをくぼみにはめると体育館のドアがぎぃっと開く。

「お、お邪魔しまーす」

 美羽はそう言い体育館の中を見渡す。

 ゾンビが5。ゾンビ犬が3。

 美羽は冷静に長距離から拳銃を放つ。

「え。この距離あたらなくない?」

 俺が心配そうに呟くが、そんなのは関係なく銃弾は目標にヒットする。

「ええ。マジかよ……」

 俺がいつもやるときは近寄ってから撃つのに。

 そうこうしている間に目に見えるゾンビは制圧した。

 美羽がほっと一息吐いていると、上から何やら液体が垂れてくる。

「なに?」

 美羽は気になり、カメラを上に向ける。

 そこには八本腕のゾンビがいた。

 その腕で天井にへばりついている。

(さて。ここのボスだ。どうする? 美羽)

 俺は内心、子を見守る親の気分になった。

「や、やってやるわよ」

 恐怖心はないらしく、拳銃を構える美羽。

 銃弾をボスに撃ち放つと、ヘッドショット――頭を撃ち抜くのを繰り返す。

「やぁあ!」

 まずは八本の腕を止めないといけないのに。

 外した弾丸がボスの腕にヒットし、悲鳴を上げる。

「ん。攻撃パターンが変わった!」

 美羽は声をあげて銃を撃ち続ける。それも八本の腕に向けて。

 それが弱点と気がついたのだ。

 銃弾を受けたボスは地上に叩きつけられる。

「今よ!」

 ヘッドショットを綺麗に決める美羽。

 ボスが悲鳴を上げながら再び天井へと戻る。

「効いている。効いている~♪」

 美羽は楽しげに銃弾を撃ち続ける。

 攻略法が分かってしまえばこちらのもの。

 美羽に軍配が上がるのは時間の問題だ。

 数分にわたる攻防ののち、美羽はボスを倒す。

「やった。次は大輝の番ね!」

 そう言ってVRヘッドセットを渡してくる美羽。

「大輝の怖がる姿、見てみたいなー」

「いや、俺は……」

「何怖がっているのよ。ほら」

「え。いや……そういうわけじゃ」

「男のくせにうじうじしないの。ほら、ほら、ホラ貝を吹くよ!」

 俺はしたかなくゲームを再開する。

 スタート地点から少し行った先に村がある。ゾンビの村だ。

 拳銃片手に、俺はそこを練り歩く。

 ガラスを破って現れるチェンソーを持ったゾンビ。

「…………」

 無言で撃ち抜く俺。

 次いで床下から突き上げてくるもりを持ったゾンビ。

「…………」

 回避し、冷静に目標を捉え、射撃。

 次々と現れるゾンビを打ち倒しては、前に進んでいく俺。

「え。こ、怖くないの? びっくりしないの?」

 美羽の方が焦っていたり、怖がっている。

「きゃっ。今のはびっくりしたね」

「…………」

「ちょっと! 少しは怖がってよ!」

 ギュッと俺の袖を引く美羽。

「ああ。悪い。集中していた」

「す、すごい集中力ね……」

 再び現れるゾンビたち。

 無言で冷徹に拳銃を放つ俺。

 一匹も逃さない――。

 暗く冷たいものを感じ、俺はすぐに深呼吸する。

 息が詰まるような思いに、俺はむせかえる。

「ど、どうしたの?」

「集中しすぎた。少し休憩したい」

 敵を倒しセーフティエリアに入る。

「す、すごい。スコアが最高得点だ」

 このゲームは世界中とつながっている。

 リアルタイムで成績優秀者を選定するのだが、俺はトップ三位に入っていた。

 そんなことはどうでも良い俺は美羽の湧かしてくれたお茶を飲み、いったん落ち着く。

「ありがとうな。美羽」

「へ。あ、うん。でも大輝はすごいね。このゲームは楽勝?」

「あー。だな。そんなに難しくないな」

 俺はおとがいに手を当てて考える。

 これなら最初の設定をベリーハードモードにするべきだったか。イージーにしたのは美羽が初体験だからだ。

 まあ、でも美羽は楽しそうにしているし。いいか。

 俺はいつの間にか美羽の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でていた。

「もう。もう。もう! どうして撫でているのかな?」

「あー。悪い。可愛くて、つい」

「か、」

 言葉に詰まる美羽。

 顔を赤くして、そっぽ向く美羽。

 心なしか画面の中のゾンビたちは呆れたように両手を挙げているようにみえた。

 いや、気のせいだよな。そんな機能があるはずないものな。

 うん。何も見なかった。

 俺はゲームを再開すると、ゾンビたちを再び撃ち倒していく。

 ボスは巨躯で、長い腕を持つゾンビだった。通常、ボブゾンビ。

 ボブゾンビは周囲にあるドラム缶や木材を投げて攻撃してくる。

 その投げたものが火に着火すると爆発したり、延焼したりするので、だんだんとこちらが追い詰められていく。

 それを防ぐにはボブゾンビがドラム缶や木材を持った瞬間に腕を撃ち落とすこと。

 腕を失ったボブゾンビは落下物の衝撃で余計にダメージを受ける――というのが一般的な攻略法だ。

 俺はそれを実行し、すみやかにボスを倒していく。

「すごい。早い……!」

 難なく倒すと、俺はVRヘッドセットを外す。

「ふぅ。終わった」

「ん。でも簡単そうだったね」

「あー。イージーモードだったからな。ハードだと、モーションとかが違って大変なんだ」

 俺は言い終えると、ゲームをやめるを選択する。

「でも冷静で余裕ある大輝が好き」

「な、なんだよ。急に」

「わたしならびっくりして冷静にできないもの」

 美羽は軽く首を振るとギュッと俺を抱きしめてくる。

「ん。だから危ないときは助けて、ね?」

「ああ。もちろんだ」

 いい匂いがする。

 暖かくて柔らかい。

 男とは違う匂い、感覚に少しくらっとくる。

 これが幸せなのだろう。

 離れた俺はそう噛みしめ、ゲームの電源を落とす。

 テレビに一瞬、ゾンビが砂糖を吐いているようにみえたのは気のせいだろう。

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