第12話 お茶
気持ち良く運動した後、俺と美羽はお茶菓子と一緒に緑茶をすする。
パリパリと
お茶をすする。
「うまいな」
「うん。おいしいね」
落ち着いた様子でお茶を注ぐ美羽。
ぐるりと部屋を眺める。
アクアリウムに、ネコのチャオ、ロボット掃除機、それに奥にある部屋にはトレーニングルーム兼倉庫。
ベッドの上に二人座り、目の前にはガラスの机。そしてソファ。その向こうにテレビとノートパソコンが一台。テレビ下にゲーム機がいくつか。
ガラス机の上にお茶菓子とお茶。のんびりとした空気の中、隣にいる美羽は満足げににへらと顔を
「幸せ~♪」
その声を聴いただけでこちらも癒やされる。多幸感を感じ取り、俺は食べ進める手を止めて、美羽の頭をそっと撫でる。
ネコみたいに頭をこすりつけてくる美羽。それだけ嬉しいらしい。
「えへへへ」
恥ずかしくなってきた俺は顔を背け、お茶をすする。
窓の外、ベランダに小鳥が二羽。
チュンチュンと鳴いてまた飛び立っていく。
外に出るのもおっくうな俺にはこの居場所はありがたい。美羽の温もりがここにいていいんだよ、と伝えているようで、安心できる。
気持ちが落ち着く。
俺、昔の夢は「
クスッと笑うと、俺はモナカをかじる。
「なんで笑っているの?」
「いや昔話だよ。俺の幼稚園の夢」
「あー。おじいちゃんみたいなやつ?」
「そそ」
短く肯定すると、俺は改めて思う。
ジジ臭い夢だったな、と。若い子が、いや幼い子がするような夢じゃない。
でも俺にとってはそれが夢だったのだ。これは変えようのない事実だ。
それを覚えていた美羽はすごいと思う。
「大輝くんは前々から発想がすごかったからね。覚えているよ」
「そうかい?」
俺はとぼけるように呟くと、お茶をすする。
「ギャルのパンティくれ、とか」
ブーッとお茶を吹く俺。
確かに言った。
それも小学校の低学年。遠足の日に。
俺は美羽にそう伝えたのだ。
「意味も分からずに言ったのだ。許してくれ」
「俺はでいじょうぶだ」
美羽はくすくすと笑いながらそんな言葉を口にする。
俺はムスッとした態度で、羊羹を口にする。
「よう考えれば美羽とも長い付き合いになったな」
「羊羹だけに?」
「わ、忘れろ」
不意に出てしまったオヤジギャグに薄い紅色を浮かべる俺。
ちょい恥ずい。
「しかしよく告白したよね、大輝くん」
「ははは。何を言っているんだ。告白してきたのは美羽の方じゃないか」
「え。違うよ。大輝くんだよ」
二人の間に溝が生まれた瞬間であった。
『かがく様は告らせて』なら、告白した方が愛の奴隷になると聞いたことがある。
その根幹に触れる大問題が勃発した瞬間である。
「まっいっか」
プライドのない俺はすぐさま負けを認める。
「俺から告白しようとお前から告白しようと変わらないからな」
「むぅ。わたしからじゃないのに」
「そうやって意固地になって関係が崩れる方が嫌だね」
それに稲妻が落ちたかのような衝撃を受ける美羽。
「そ、それもそうね。絶対わたしじゃないけど」
そこまで言うなら美羽からではないのだろう。
ウンウンとうなずいて肯定していると次はずんだの大福をつまむ。
枝豆の爽やかな香りと口いっぱいに広がる控えめな甘み。ずんだのクリームは予想以上においしく、もちもちとした食感の大福にマッチしていた。
「うまいな、これ」
「でしょ? わたしもこれ好き」
吐息たっぷりに言われて、食べる時の美羽に
えっちぃなと思いました。
クリームを頬につけて満足げに平らげる美羽。
「クリームついているぞ」
俺はクリームをすくい上げると、口に運ぶ。もったいない。
かあぁあっと赤くなった美羽を横目にお茶をすする。
美羽はポカポカという擬音がぴったりな拳で叩きつけてくる。
「もう。もう。もう!」
相変わらず語彙力のない照れ隠しで声を上げる美羽だった。
美羽はもっと語彙力を増やす努力が必要なんじゃないか。そう思えてならない。
そのための教材なら
なんなら『感情類語辞典』『トラウマ類語辞典』『性格類語辞典』などもある。
将来有望な小説家を生むにはそれなりの努力と日々の研鑽があってこそだ。
……ちなみに小説家は俺だ。
この物語を始めたのも俺だ。そして俺だけが待つハッピーエンドへと向かっている。
そんな気がする。
仮にこの物語がラブコメなら、どこが終着点かわからない。
それはラブコメというジャンルの得意性にある。
付き合えば。
キスすれば。
結婚すれば。
あるいは一線を超えれば。
様々なエンドがあり、過程がある。
あまり見かけないが、おじいちゃんお婆ちゃんになっても好きあっているのならそれも一つのラブコメである。
今生の別れまで描き切るラブコメはそうそうないが、それも一つのラブコメの形である。
この物語は果たしてどこを終着点にするのか、俺にだって分からない。
でも一つだけ言える。
どんなに長いときの中でも、俺は美羽を好いているし、美羽も俺を好いている。それは異性としての範疇ではなく、人としての領域だ。
だから維持できる関係でもある。
人として好き。異性として好き。
どっちも持ち合わせている俺と美羽だから成り立つ関係性なのだ。
これは俺たちの自慢できる点でもある。
今までも、これからも。俺たちは支え合って生きていくのだろう。
「なあ、俺たち。嫌いになることあるかな?」
一抹の不安がよぎる。
俺はなんの保証もなしに、手放しに喜んでいる場合なのだろうか?
ホントはもう美羽とは離れているんじゃないか? そんな疑問が浮かぶと途端に不安になる。
「何言っているの。もうとっくに腐れ縁でしょ」
「せめて幼馴染と言ってほしかったなぁ」
俺の小さな自己肯定感は、美羽によって支えられているとはっきりと分かった瞬間でもあった。
俺はそんな美羽を撫でる。
「ありがとうな」
「な、なによ。突然」
言葉では嫌そうな声を上げるが実際は満更でもない様子の美羽。
お茶をする。
それだけで人はこんなにも落ち着けることができるなんて。
俺は恵まれているのかもしれない。
また機会があればぜひお茶をしたい。
しかし、まさか俺の頭の中は煩悩でいっぱいらしい。
無にしようと思いお茶をしたが、全然頭の活動は緩まなかった。
なんなら余計なことを考えてしまうほどだった。
くるみゆべしを食べるともちっりとした食感に頬が落ちそうになる。
「今日のお菓子は和風に寄せていたのか」
「今更……!?」
美羽はツチノコでも見たかのように目を丸くする。
そんなに驚かなくてもいいのに。
ちなみに美羽は子どもの頃、ツチノコを見た、と言っていた。
ホントかどうかは分からないが、それがホントなら探して見る価値はあるのかもしれない。
俺は絶対に探さないが。
しかし美羽が嘘をつくとも考えられない。
嘘をつくメリットがない。唯一のメリットである注目度だが、美羽はそんな目立ちたがり屋ではないのだ。
だから嘘をつくわけがない。
となると短い
俺はそう解釈した。
「何よ。変な顔して」
「いやツチノコはいるんだよな?」
「当たり前でしょ。この目で見たんだから」
そう言う美羽の目は混じりっけのない純粋無垢な色をしているように思えた。
まあ思い出補正もあるか。
思い出が美化されるというアレである。
「捕まえていたなら信じるんだけどなー」
「むぅ、いじわる」
ケラケラと笑い合う俺たち。
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